かぁちゃん、腹へった。
―ちぃとばかり待ってけろ。用意するすけ
かぁちゃん もう 食うもんねぇべ。
―あるよ。おめえの大好きなリンゴがある。
nextpage
はぁ。リンゴは、とっくに食ってしまってねぐなったんでねぇが。
―まだある、まだある。裏の小屋さ とっておいだのがある。
リンゴ あるんだば、早ぐ持ってきてけろ。
―あいよ。わがった。ちょっと、待ってろ。
その前に、ちゃんと囲炉裏(いろり)の火を見張っているんだど。
火は、落とすなよ。
nextpage
separator
母親は、そういうと、板戸を開けて外に出た。
びゅうびゅうと音がして、冷たい雪と風が中に入り、張り裂けんばかりに顔を叩いだ。
子どもは、母親にいわれたとおり、囲炉裏(いろり)の火を絶やさぬよう枯れ枝を火にくべた。
やがて、火を見ているうちに、急に眠気が襲ってきて、ぐらりと床に倒れこんだ。
nextpage
separator
さ、さむいじゃ。
気が付くと、外はとっくに暗くなっていて、板戸の隙間から雪が風とともに びゅうびゅうと音を立て入りこんでいた。
囲炉裏(いろり)の火は、消えかかっていた。子どもは大慌てで そこら中にあった枝をかき集め全部放り込んだ。
nextpage
separator
その時だった。
―おーい。こっちだ。裏の小屋さこーい。
かすかに 母親の声がした。子どもは、板戸を開けて、声のする方へと向かって行った。
真っ暗でなんも視えねぇ。かぁちゃんどこだ。
nextpage
―ここだここだ。ほら、おめえの好きなリンゴだ。
子どもは、手探りで 吹雪の中 母親の声のする作業小屋の裏手に回った。
どん、音がして、雪の積もった地面の上に、大きくて真っ赤なリンゴが、子どもめがけて落ちて来た。
nextpage
かぁちゃん、食ってもいいのが。
―あぁ、食え。腹いっぱい食え。
子どもは、リンゴを手にすると、大きな口を耳まで開けて、ガツガツと食らい始めた。
nextpage
かぁちゃん、これリンゴか。こったらうめぇリンゴ食ったごとねぇよ。
―そりゃ、いがった。いがった。
nextpage
separator
食べ終わると、子どもはふと我に返り、母親の姿を探した。
かぁちゃんよぉ、どごさいる。
―おめぇの腹の中だよ。
(天保3年大飢饉より)
作者あんみつ姫
天明・天保の大飢饉は、当時の北東北の人口を三分の一から半分まで減少させたと言われています。
特に天保3年の大飢饉は、人と人が殺し合い、人肉を喰らうといた悲劇が各地で起こりました。
祖母は、飢餓ほど恐ろしいことはないと常々語っておりました。
そんなことを思い出し、また、母子のやり取りを通して、何かを感じてくだされば幸いに存じます。
北東北の方言を用いております。
昔語のようにお読みいただければと思います。
お分かりにならないところは、おっしゃっていただければ、解説いたします。
また、忌憚ないご意見やご感想をお寄せいただければ嬉しく存じます。