F県k市の有名な温泉地
晩御飯は有名な郷土料理に舌鼓を打つ
宿泊は老舗の旅館の別館
本館のフロントで部屋の鍵をもらい
同じ敷地内の別館へ
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何階建てだろう。
本館の華やかさが微塵も感じられない建物である。
かろうじて玄関と廊下の明かりがともっているが、うす暗い。
足元がやっと見えるぐらいだ。
自分以外に人の気配は感じられない。
5階の部屋に向かうため、エレベーターに乗る。
ーぶう~ん
重苦しい空気を感じながら部屋に向かう。
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502
あった。
ーがちゃ
部屋に入る。
湿っぽい少し黴臭さを感じる。
手狭なシングルルーム。
そういや本館は和室だけど別館は洋室だから、あえてお願いしたんだっけ。
予約したときの自分に小一時間説教したい気分だ。
ベッドは真白いシーツとふわふわの羽毛布団。
若干湿っぽいのは気のせいと自分に言い聞かせ、テレビをつける。
部屋にお笑い番組の観覧席のわざとらしい笑い声が響く。
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「明日も早いし、ねるか」
誰が聞いてるわけでもないのに、わざと明るい大声で言ってみる。
なんとなく感じる違和感を払拭するために。
コートやスーツケースをクローゼットにしまおうと開ける。
!
クローゼットの壁面には、何かの飛沫が広範囲に広がっている。
ーごくっ
唾を呑み込み、冷静になろうと思い、足元に視線を向ける。
!
入室した際には気づかなかったが、足元にも何かの飛沫が。
その色は、褪せているが、吐しゃ物とは考えられない。
どう見てもふき取った後の血が残って、そのまま酸化し、月日が経ったように思えた。
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頭を冷やしたくて、ユニットバスに飛び込む。
蛇口をひねり、水で顔を洗おうとすると
!
血が勢いよく水道から流れている。
思考が停止した。
排水溝に流れる血を見ていると、いつしか水に変わった。
錆だ。
だが、こんなに血と見まごうような水が出るということは
短期間、客が入らなかったとは考えにくい。
「だめだ」「帰ろう」
今からなら高速を休みながらでも行けば、朝には自宅に着く。
宿代は仕方ない。
厄落としと思おう。
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震える指でフロントに電話をする。
ーぷる ぷるるるる・・・かちゃ
「はい」低い男の声がする。
「この部屋、どのぐらい使われていないんですか。
水も赤さびがひどいし、なんかあった部屋なんですか!?」
「そんなことはないです。」淡々と男は答える。
「とにかく、もういいです。フロントでお支払いすれば・・・」
「お代は結構です。」淡々と男は答える。
奇妙に感じたが、もう一秒でもこの部屋にいたくなかった。
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コートをつかみ、スーツケースを乱暴にひっぱり、部屋の外へ。
ドアの鍵をかけようとするが手がふるえて、なかなか鍵穴に差し込めない。
焦燥感が募るなか、何とか鍵をかけて、エレベーターに乗り込む。
視線は一点をみつめたまま。
何かがいそうで視線を動かせない。
ーぶうん
エレベータが1階に着く。
なぜか廊下の明かりがない。
非常灯を頼りに玄関へ。
足元を確認すると、なぜかスリッパがそろえてある。
!
もう何も考えられなかった。
急いで建物を出て、本館までの砂利道を足早に歩みを進める。
走りたいが、走ったら、もう一つの足音が聞こえそうで走れない。
やっとの思いで、たかが5分されど5分、フロントに着く。
浴衣姿の大勢の客の姿やにぎやかな話声やざわめきにホッとする。
フロントに鍵を返す。
代金を支払おうとすると
「結構ですので」女将の一言。
何かが背筋を伝う。
お辞儀だけして、車に乗り込もうとすると別館の玄関が目の端に見えた。
!
男が立っている。
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車のエンジンをかけて、私は暗闇にハンドルをきった。
作者さとまる
何だったのか、さっぱりわかりません。
今でも営業されています。