中編3
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ある旅館

F県k市の有名な温泉地

晩御飯は有名な郷土料理に舌鼓を打つ

宿泊は老舗の旅館の別館

本館のフロントで部屋の鍵をもらい

同じ敷地内の別館へ

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何階建てだろう。

本館の華やかさが微塵も感じられない建物である。

かろうじて玄関と廊下の明かりがともっているが、うす暗い。

足元がやっと見えるぐらいだ。

自分以外に人の気配は感じられない。

5階の部屋に向かうため、エレベーターに乗る。

ーぶう~ん

重苦しい空気を感じながら部屋に向かう。

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502

あった。

ーがちゃ

部屋に入る。

湿っぽい少し黴臭さを感じる。

手狭なシングルルーム。

そういや本館は和室だけど別館は洋室だから、あえてお願いしたんだっけ。

予約したときの自分に小一時間説教したい気分だ。

ベッドは真白いシーツとふわふわの羽毛布団。

若干湿っぽいのは気のせいと自分に言い聞かせ、テレビをつける。

部屋にお笑い番組の観覧席のわざとらしい笑い声が響く。

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「明日も早いし、ねるか」

誰が聞いてるわけでもないのに、わざと明るい大声で言ってみる。

なんとなく感じる違和感を払拭するために。

コートやスーツケースをクローゼットにしまおうと開ける。

クローゼットの壁面には、何かの飛沫が広範囲に広がっている。

ーごくっ

唾を呑み込み、冷静になろうと思い、足元に視線を向ける。

入室した際には気づかなかったが、足元にも何かの飛沫が。

その色は、褪せているが、吐しゃ物とは考えられない。

どう見てもふき取った後の血が残って、そのまま酸化し、月日が経ったように思えた。

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頭を冷やしたくて、ユニットバスに飛び込む。

蛇口をひねり、水で顔を洗おうとすると

血が勢いよく水道から流れている。

思考が停止した。

排水溝に流れる血を見ていると、いつしか水に変わった。

錆だ。

だが、こんなに血と見まごうような水が出るということは

短期間、客が入らなかったとは考えにくい。

「だめだ」「帰ろう」

今からなら高速を休みながらでも行けば、朝には自宅に着く。

宿代は仕方ない。

厄落としと思おう。

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震える指でフロントに電話をする。

ーぷる ぷるるるる・・・かちゃ

「はい」低い男の声がする。

「この部屋、どのぐらい使われていないんですか。

 水も赤さびがひどいし、なんかあった部屋なんですか!?」

「そんなことはないです。」淡々と男は答える。

「とにかく、もういいです。フロントでお支払いすれば・・・」

「お代は結構です。」淡々と男は答える。

奇妙に感じたが、もう一秒でもこの部屋にいたくなかった。

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コートをつかみ、スーツケースを乱暴にひっぱり、部屋の外へ。

ドアの鍵をかけようとするが手がふるえて、なかなか鍵穴に差し込めない。

焦燥感が募るなか、何とか鍵をかけて、エレベーターに乗り込む。

視線は一点をみつめたまま。

何かがいそうで視線を動かせない。

ーぶうん

エレベータが1階に着く。

なぜか廊下の明かりがない。

非常灯を頼りに玄関へ。

足元を確認すると、なぜかスリッパがそろえてある。

もう何も考えられなかった。

急いで建物を出て、本館までの砂利道を足早に歩みを進める。

走りたいが、走ったら、もう一つの足音が聞こえそうで走れない。

やっとの思いで、たかが5分されど5分、フロントに着く。

浴衣姿の大勢の客の姿やにぎやかな話声やざわめきにホッとする。

フロントに鍵を返す。

代金を支払おうとすると

「結構ですので」女将の一言。

何かが背筋を伝う。

お辞儀だけして、車に乗り込もうとすると別館の玄関が目の端に見えた。

男が立っている。

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車のエンジンをかけて、私は暗闇にハンドルをきった。

Concrete
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