中編4
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天国への階段

 あまりの騒音に目を覚ませば、そこは雑踏の中だった。

 どこからかクリスマスソングが聞こえてくる。

 冷たいタイルの上に転がり、眠気と酒が抜けないままぼんやりしていると、いろんな色の靴が目の前を横切っていく。

 その向こうに開店準備をはじめた喫茶店が見える。ということは、ここはどこかの繁華街らしい。

 また飲み過ぎたのか。何度目だろう。

 友だちからは酒乱とかアル中とか言われてるけど、飲み出したら楽しくなって止まらないからしかたない。

 女一人で飲んでいれば、声をかけておごってくれる男はいくらでもいるし。

 で、思い出した。

 パンツはいてんの、私?

 コートをかきわけながら尻に手をやると、布越しにさらに布の感触。

 よかった。今日のは高かったんだ。

 ほっとして目を閉じると、また眠くなってきた。

 それにしても、自分で脱いだパンツはちゃんと見つけられるのに、他人に脱がされるとよく無くなるのは何でだろう?

「そりゃあ、置いた場所を自分で把握できないからじゃない?」

「うわ」

 上からの声に驚いて飛び起きた。

「やっと起きた?」

 歩道脇のガードレールに腰かけた男の子が、私をのぞき込んでいた。

「今の、声に出してた?」

「ううん。テレパシー」

 白いジャケットの男の子はにっこりした。

 中学生くらいだろうか。砂糖菓子みたいに甘い顔をしている。

 でも多分、変なやつだ。

 小鳥が枝を渡るようにガードレールから下りると、男の子は断りもなく私の隣に座り込んだ。

 やっぱり。

 こういうのには下手に反応してはいけない。目を合わせてもいけない。無視が一番。

 私はジーンズのポケットから潰れた煙草とライターを取り出し、火をつけた。

「ねえ、おねえさん」

 無視。

「まだ気づいてないの?」

 無視、無視。

「自分が死んでること」

 無視、無……何だって?

 指から煙草が落ちた。

 隣でにんまり笑った気配がする。

 いかんいかん。平常心平常心。

 聞こえなかった顔で、新しい一本をくわえる。

 逃げ出すのは逆効果だ。犬と一緒で、喜んで追っかけてくるだけ。

 だけど、これを吸い終わったら移動しよう。

「こんなとこで目が覚めるなんて、いくらなんでもおかしいと思わなかった?」

 それはちょっと思った。

 飲んで目が覚めると、ホテル、だれかの部屋、どこかの店、警察、病院。そんなところで、さすがに路上は初めてのはず。

「死んでるから誰にも見えないんだよ、おねえさんは」

 ふうん。死んでても煙草吸えるもんかね。

「人間っておかしなもので、死んだ後も生きてた頃の習慣に縛られるんだ」

 また。

 ほんとに心が読めんの?

「うん。僕、天使だから」

 ちらりと隣を見た。確かに邪気はなさそうな顔はしてるけど。

「僕はね、おねえさんを天国に連れていくために来たんだ」

 天国? 私が?

 煙を吐き続ける私の前を、たくさんの人が通りすぎていく。けど、誰とも目は合わない。

「ほとんどの人間は死んだら天国に行けるんだ。おねえさんだってそう」

 男の子が立ち上がった。

「だけどその行き方を知らなくて、彷徨っている魂は多いんだ。ほら」

 自称天使が指をさす先には、何か薄黒いものがたたずんでいる。

 目を凝らすと、色と表情が抜け落ちた女の姿になった。流行遅れの半袖のワンピースを着ている。冬なのに。

「死んでから時間が経ち過ぎた人だよ。ああなるともう手遅れ。天国へは連れていけない」

 それは本当に悲しそうな声だった。

 私はちびた煙草を落として、踵で踏みつけた。

「お願いだから……僕についてきて」

 いつだったか、そんなことを言われたような気がする。

 そんな悲しそうな声で。

 お願いだから、と。

 もう顔も思い出せない誰かと目の前の声が重なる。

 差し出された手をとって、私は立ち上がった。

******

 ひとけのないビルの非常階段を、私は天使に導かれて登っていく。

 これがいわゆる、天国への階段ってやつ?

「そう。ここのてっぺんから飛んでいけるんだ」

 いいことなんかしてないのに、むしろ人に迷惑ばっかりかけてるのに、私なんかが天国行っていいのかな?

「人は誰でも行けるんだよ、天国に」

 錆びついたドアを開けて、屋上に出た。

 あたたかな光に満ちたその場所には、無粋な金網もなく、縁が四十センチばかり盛り上がっているだけだった。

 その上に立つと、青空が目の前いっぱいに広がる。

「さあ、行こう」

 天使が隣で微笑む。

 私は目を閉じて、思い切り飛んだ。

 後ろへと。

******

 くわえ煙草でビルの外に出ると、路上に血まみれの天使が倒れていた。

「おねえさん、何でわかったの?」

 黙って通り過ぎようとしたとき、声をかけられた。

「私には影があったから。あんたにはなかったけどね」

 残念そうなため息が、後ろから聞こえてきた。

「あーあ。失敗しちゃったな、今回は」

 何が天使だ。死んでるのは自分だろ。

 ちくしょう。

 天国に行きそこねた記念だ。

 今夜も飲んでやる。

〈了〉

Concrete
コメント怖い
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@あひるちゃん 様
返信ありがとうございます。
書いたものを恐いと言われることが少ないので、嬉しいです!
私はお酒だけですが、失敗は結構しています。
お互い、いいお酒にしておきましょうね(笑)

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@あひるちゃん 様
お読みいただきありがとうございます。
主人公をカッコいいなんて思っちゃダメですよ(笑)
ダメな人が好きで、ついそういう人を書いてしまいます。
楽しんでいただけたようで嬉しいです。

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@pentaro 様
コメントありがとうございます。
こちらのサイトは、実話体験風の作品が多いみたいですね。
私は零感でなんの経験もないので、小説を書いてますが、小説の楽しいところはいろんなキャラを描けるところでしょうか。
楽しんでいただけたようで嬉しいです。

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@鏡水花 様
お読みいただき、ありがとうございます。
楽しんでいたたけたようで、なによりです。
そんなに迷惑かけるほど、私はのみま……す……ね。半年ほど前、十年ぶりくらいに吐きました。その程度です。その程度です!

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@林檎亭紅玉 様
ありがとうございます。
私もお酒は好きですが、お互いほどほどにしときましょうね(笑)

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