介護・オブ・ザ・リビングデッド❶ ~序章~

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介護・オブ・ザ・リビングデッド❶ ~序章~

介護・オブ・ザ・リビングデッド ~序章~

〈序文〉

『死者が蘇る』

その現象は、社会を混乱の渦に叩き落とした。

何故なら、死はその意義を失ったからである。

不死者の存在は、人が抱いてきた命の価値を崩壊させ、未曾有の混沌を世界に生み出したのだ。

人類はその世界で、未来に何を思い、どんな社会を創造するのだろうか。

昭和。

国民と世界との共存繁栄への願いを込めて与えられた元号である。

この時代、この国は諸外国に学び発展し、数々の時代の英雄・識者を生み出した。

しかしその名に込められた願望とは裏腹に、この国は世界の奔流に呑まれ、二度の世界大戦により深く傷付き、その栄華は仇花と化した。

だが、当時の国民は、その災禍に挫ける事無く、敗戦の焦土から立ち上がり、社会は復興した。

続く時代、平成。

その名は、国の内外、そして天地に至る全ての平和の達成を望み、与えられた。

しかし、復興の先に創られた平和の上に成り立つその時代も、激動の波からは逃れられない。

国民はバブル経済の波に一喜一憂し、

欧州では共産主義政権が崩壊。

第二次世界大戦から続いた冷戦も終結した。

狂信的な宗教組織による国内最大のテロが多くの悲劇を生み、

アメリカ同時多発テロが世界を激震させた。

東日本大震災と福島第一原発事故は国内に巨大な傷跡を残した。

時代の流れは人口の推移も引き起こし、少子高齢化は進み我が国は超高齢化社会に突入。社会が抱く大きな課題となっている。

時代を支えた者達も、今は歳老い、余生を過ごすばかりとなったのだった。

そして、時代は変わる。新たな社会を迎える。

若者達が活躍できる時代の到来を、

人と人の絆の中で生まれる新たな文化の創造を、

希望に満ち溢れた新しい社会の構築を、

そんな願いを込めて、その名は新たな時代に冠された。

一人一人の国民が明日への希望とともに、それぞれの命の価値という名の花を大きく咲かせることが出来るように。

そういう国であってほしい。

そう、あって欲しい。

令和の時代の到来である。

その新たな時代の幕開けの時。

命の創造主は、たった一つだけ、奇跡を起こす。

【序章-①】

その惨劇は、ある介護老人施設から始まった。

惨劇の兆候は確かにあった。だが、誰も気付かなかった。

「主任…。ちょっと待って下さい!」

老人施設に努める一人の若い男性介護士が、上司である主任に声をかけて呼び止める。

「なんだね。」主任が気怠そうにその介護士に返事を返す。

「スタッフの増員の件はどうなったんですか! 運営会議で議題にしてくれたんですよね?」

介護士は、施設に入所している老人の世話をする手を止める暇もないまま、慌ただしく上司に尋ねる。

「ん? ああ。その件か。」

「今日も早番が欠員しているんですよ…。連絡もないし…。」

「そう言えば、その早番だった男性から連絡があったよ。もう辞めるそうだ。彼は明日からもう来ない。」

「は? なんでそんな急に…。」介護士の声に落胆が混じる。

「理想と現実が違ったとかなんとか言ってたな。」

「そんな…、。明日からのシフト、どうするんですか!」介護士は、悲鳴のような声で主任を問い質す。

「勤務交代で対応してくれ。公休管理はこちらで行う。」

「もうそんな余裕はありませんよ! 同僚だってもう過労で病欠してるんですよ! だから早めの増員の希望を出したんじゃないですか…。」

「その件だが…、人員の増員は、人件費の都合で先送りになった。最近は収入減で経営が厳しいんだよ。」

「え? なんで…。」介護士の手が止まる。落胆どころではない。目の前に絶望がちらつく。

「現場の人間の熱意と創意工夫で対処してくれ。運営側からもそう言われている。」

「くそ! もう俺もやってられませんよ!」

憤る介護士に、上司は冷めた視線を送る.

「…君だって、やりたくてこの仕事を選んだのだろう? やる気があれば出来る筈だ。」

「ぐ…。」唇を噛み締める介護士。

「それに、目の前の困っている年寄りを放っておいて、君は平気なのかね?」

「うぅ…。」

「介護は愛情が大切。君が言った言葉だ。私も同感だよ。それに、 このフロアリーダーは君だろ。 なんとかするのが君の責任だ。」

そう述べる主任の声は、冷たかった。

始まりは、一人の老人の死だった。

だが、それが惨劇の引き金であった事を、今は誰も知らない。

当然だろう。身寄りも資産もない一人の老人の死など、誰も気にしないのだから。

その老人は、山奥の廃村で保護された。

裸同然のぼろ切れを纏っただけの痩せた老人は、その介護老人施設に保護された。

…悲劇はそこから始まった。

重度の認知症を患っていたのだろうか、その老人は浮世離れした言動を繰り返し、世間の常識が通じなかった。

又、動物や植物に話しかけたり、更には誰もいない空間に向かって呟き続けたりと、その行動は常人には奇異なものとして映った。

さらに、徘徊するかのようにふらりと施設外に無断で出て行ってしまう事もあった。

ある時、人手不足も加え、更にこの老人の世話に手を焼いた老人施設の若い男性介護士は、信頼する女性の先輩に相談した。

その先輩は言う。

「身寄りの無い老人一人、どうなろうと誰も気にしないわ。」

「あなたは悪くない。」

「全部、社会が悪いの。」

「あなたが責任を負う必要は、何もないわ。」

…責任感を感じる必要などない。悪いのは、社会なのだから。

その若い介護士は、先輩の言葉を、受け入れた。

介護士は、徘徊の予防を理由に老人を施設の個室に隔離し自由を奪った。

それだけでは飽き足らず、治る事の無い老人の奇異な行動に苛立ちを覚えた介護士は老人に過剰な虐待を行い続けた。

「早く食えよ! 時間がねぇんだ!」と言って口に食事を捩じ込み、

「人手がないんだ! 手間かけんじゃねえ!」と言って汚物にまみれたままの老人を放置し、

「うるせぇよ! 俺は忙しいんだ! 静かにしてろ!」と言って、老人を殴り付けた。

その介護士は、捨てたのだ。

誰かの為に努力できる己自身を。

その心は、ある意味、既に、死んでいたのかもしれない。

そして、

老人は、

死んだ。

鍵をかけられ隔離された個室で、その老人は一人孤独に、冷たく寂しい寝床の上で、死を迎えた。

だから、その孤独な老人が今際の際に唱えた言葉など、誰も聞いてもいなった。

「世界は変わった。ここから、始めよう。」

それは老人が語った始めての意味のある言葉だったのかもしれない。

だが、その言葉が示す意味は誰にも解らない。

しかし、惨劇は確かに、その瞬間から始まったのだ。

そして、数日後。

事態は動き出す。

最初の、『蘇り』が、発生した。

そう、死者が、蘇ったのだ。

【序章-⑵】

名も知らぬ老人の死から、数日後。

老人施設の中にある特別個室のベッドの上に、1人の老人が力無く横たわっている。

その老人の命は、今まさに喪われようとしていた。

老人の周囲を家族と医師と、施設の介護士・看護師スタッフが囲っている。

そして、

「臨終です。」

そう医師が告げる。

「親父~!」

動かぬ老人の耳元で名を叫ぶ息子。シーツを握り締め悲しみに暮れる娘。

その時、この老人は、確かに死んでいた。

瞳孔反射も消失し、脳機能も失った、亡骸だった。

呼吸も止まり、もう二度と意識を取り戻さ無いと思われた。

施設所属の医師の確認のもとに行われた死亡診断でも、老人は間違いなく死んでいた。

命を失った肉体。屍だった。

死んでいた、

筈だった。

だが…。

家族の悲嘆の声と、死という永遠の静寂が同居する空間。

その空間の中、変化は起きた。

…動いたのだ。

老人が。屍体が。亡骸が。

臨終の寝床から、死体が突然、むくりと起き出したのだ。

だが、その老人の顔色は土気色と蒼白に染まる死者の顔のままだった。

その老人は、何かを探しているかのように顔を周囲に向ける。

その双眸に光は無く、意識があるとは到底思えない。

しかし、その動きは、緩慢であったが自然であり、それが老人の自立的な動きである事を示唆していた。

「う、うわーーーー!」

臨終の寝床から起き出した老人の姿に、叫び声を挙げる家族。

「な、なんだと…?」

死を看取った医師も言葉を失い、周囲の看護師介護士も驚きを隠せなかった。

「蘇生するはずが無い! 確かに、この老人は、死んだはずなんだ! 死人が動くはずがあるものか!」

混乱する医師が言い放つ。

その時、部屋の中にいた一人の男性介護士が、誰に言うでも無く呟いた。

「うわ…。まるでゾンビだよ。気持ち悪いよなぁ。」

と。

吐き気を抑えるように、

口元に手を当てながら、

まるで化け物を見るような目で、

そう呟いたのだった。

…死人が動く。…ゾンビ。

そう呟く介護士の姿と言葉は、医師の脳裏に深く焼き付いた。

当初、この蘇り現象は、死亡を診断した医師の誤診だと思われた。

老人の家族は医師に『藪医者!』『慰謝料を寄越せ!』等の冷たい言葉の数々を放った。

まだ若く自尊心の強い医師は、自分の診断の間違いを認めず、その言葉に強く反発を抱いた。結果、医師と患者家族の信頼関係は地に堕ち、家族は訴訟も辞さないと強気の態度を訴えた。

医師は迷っていた。老人家族との訴訟問題だけではない。

自分は、死者の蘇り現象を目の当たりにした。これから自分は、医療従事者としてどうすればいいのか。

悩む医師は、親睦の深い、ある看護師に相談する。

その看護師は、言った。

「先生、以前言ってましたよね。医師会からは冷遇されていて、高齢者医療の医師なんていう閑職に回されて…。それでも再起を図りたいって。」

「利用すればいいじゃないですか、あの、ゾンビを。」

「先生は、あのゾンビの第一発見者なんですよ。これはチャンスです。先生。」

「プライドを捨てないで下さい。」

…誰のためでもない、己のために全てを利用しろ。

医師はその看護師の言葉を受け入れた。

結果、医師は強引に蘇った老人を隔離し、精密検査を実行した。

ゾンビの、研究を始めたのだ。

その医師の行動が家族の怒りに拍車を掛け、医師や施設との関係に更なる大きな亀裂を生む。

だが、それよりも社会的に大きな問題が目の前にあった。

蘇った老人本人についてである。

隔離室で四肢を縛られ自由を奪われた老人は、硬いベッドの上で力無くもがいている。

その行動は一見して生きているようにも見えた。

だが、依然として、老人の心臓と脈動は停止しており、呼吸もしておらず、瞳孔反射も確認できなかた。

つまり、老人は、死んだままなのである。

死んだまま、動いているのだ。

人はそれを、なんと形容するか?

『生ける屍』

つまり、

『リビングデッド』

又は、『ゾンビ』

である。

【序章-⑶】

事態はそれで終わりではなかった。

全国各地の老人施設で同様のゾンビ化現象が発生したのだ。

急速にゾンビはその数を増やし続けた。

何故ゾンビが発生するのか。その原因は未だ不明である。

ただ特徴として、老衰で死んだ老人が蘇るケースが多く、その為、必然的に老人施設での発生が多い事が挙げられた。

ゾンビの発生の対処に追われた政府は、全国各地の介護老人施設の中に隔離の為の棟を併設する事を指示した。

隔離の理由として、このゾンビ化現象が何かしらの感染症が原因ではないかとの推測もあった。

もともと介護老人施設には、認知症専門棟など、心身状態の軽重度別に棟を分ける特徴があり、ゾンビの専門棟を併設する事に然程の苦労はなかった。

そして、全国で発生したゾンビ達は、この隔離棟…通称『ゾンビ棟』へ強制的に収容される事となる。

政府の指示のもと、ゾンビの研究機関が公的に設けられた。

全国各地から収集された研究者の中には、ゾンビの第一発見者であった例の医師の姿もあった。

だが、その医師は、先日の誤診騒動からの度重なる訴訟問題の屈辱と重圧、そして、ゾンビの第一人者として認められた事によって、己の自尊心を醜く歪めていた。

この医師の存在が、惨劇に更なる拍車をかける事となる。

研究機関の調査により、このゾンビが持つ特性の幾つかが判明した。

〈報告書①〉

まず、このゾンビ化は88歳以上の高齢者だけに発生する。

なぜ88歳かは不明である。

しかし、大きな身体損傷がある死体には発生せず、特に頭部を大きく損傷している亡骸がゾンビになるケースは無かった。

次に、その行動パターンなのだが、記憶や意識があるかは明確ではないが、生前の親しい存在…家族や友人に近づこうとする傾向があった。

よって、ゾンビ化した老人の家族・友人はゾンビに近付く事を硬く禁止された。

三つ目に、ゾンビ化に至る感染方法である。

感染経路は未だ不明であり、未知のウィルスも発見されていない。しかし、着実にゾンビ化老人に数が増えている事から、ゾンビ棟への隔離は継続が徹底されている。

そして…、

社会の最大の関心ごとは、『このゾンビ共を国はどう扱うのか?』に絞られていく。

彼らは死者なのか? 生者なのか?

保護すべきか、否か?

社会は、自問する事となる。

ゾンビをどう扱うか?

その答えを導く言葉が、研究機関の中間報告書の一文にあった。

〈報告書②〉

一般的なゾンビとは『何』か?

映画を代表する各種フィクションを参考文献に、ゾンビに関連する各種資料から考察する。

①生ける屍であり、なんらかの力で屍体のまま蘇った人外の存在である

②人を襲い、その肉を喰らう、人類に仇名す敵であると伝えられている

③襲われた人間は噛み付かれ、時に脳味噌を齧られ、又は血を吸われ、同じゾンビと化すと言われている

④人を喰らい続けた結果、その数が人類の数を超えた時、人類は滅亡するケースが大部分となる。

これら関係資料の参考文献は、古今東西のホラー映画からの出処である。

しかし、フィクションからの考察ではあるが、既にゾンビはフィクションを超え、現実に存在している。

よって、ゾンビを扱ったホラー映画を基にした考察も一見の価値はあると思われる。

では、ゾンビはどれ程の脅威を人類に与えるのだろうか?

参考資料(フィクションからの情報)によれば…、

迫り来るゾンビに夫を殺され、ショッピングモールに逃げ込んだが、結局追い詰められ殺された例がある。

強固な壁を築き上げたが、大量に押し寄せるゾンビの群れに乗り越えられ、国が滅びたケースもある。

大量発生したゾンビを焼き払うために、自国にミサイルを落とした話すらもある。

よって、結論。

『ゾンビは化け物である。排除すべき怪物である』

この言葉を信条とし、社会は、ゾンビ駆逐の方向に傾いていく。

この報告書提出の裏には、例の医師の姿があった。

彼は、自分の人生を捻じ曲げたゾンビの存在を心底から憎悪していたのだ。

政府は緊急法案として、【ゾンビ駆逐特別法案】を決議する。

国はゾンビを化け物…『外敵』と認識したのだ。

政府は、ゾンビ出現を国家的な危機と判断し、災害対策基本法を基に防衛出動を指揮。

自衛隊の一部を組織編成。対ゾンビ部隊を設立した。

蘇った人間を再び殺す部隊…通称【再殺隊】と呼称されるこの部隊は、政府の指示のもと、速やかにゾンビの殲滅を開始した。

幸い、弱点は判明している。

『身体に大きな損傷を与える』

さらに、

『特に、頭部破壊が効果的』

である。

【序章-⑷】

そして、惨劇は始まる。

ゾンビの殲滅行動始めた再殺隊は、まず、ゾンビ棟に隔離された大量のゾンビの駆逐から開始した。

隔離棟を俯瞰する再殺隊。窓からは棟内を彷徨うゾンビの大群が見える。

『あれらは怪物である。殲滅が妥当である』

隊員は自らにそう言い聞かせる。

再殺隊はゾンビ棟内外に可燃性の特殊な薬品を散布し、火を放った。

隔離棟内のゾンビを炎によって建物ごと破壊するのが目的だった。

燃え上がる炎は薬品の効果で、高温かつ一点集中的に強まり、ゾンビ棟内の生ける屍を燃やし尽くした。

窓から炎に焼かれて蠢き回るゾンビの姿が見える。

その姿はまるで生きながら焼かれる人間のそれであり、

人肉を焦がす臭いが、隊員の感情を逆撫でる。

『あれらは怪物であり、殲滅が妥当である』

隊員は自らにそう言い聞かせ続け、駆逐を完遂する。

炎熱によって身体を焼かれたゾンビの大半は、活動を停止したが、

中には、火を免れ、施設外へ逃れてきたゾンビもいた。

逃げ惑うゾンビに向かって拳銃を構えた再殺隊は狙いを定め頭を撃ち抜く。

叫び声を挙げながらのたうち回るゾンビの頭を吹き飛ばす。

火に包まれながら這い回るゾンビの頭を弾丸が貫く。

助けを求めるように手を伸ばすゾンビの頭が弾け飛ぶ。

そして、

一頻りの再殺の後、蠢くゾンビの姿は無く、

ゾンビ棟には、焼け爛れ、頭を破壊された大量のゾンビが…、

いや、

数え切れない程の老人の無惨な遺体が、横たわっていた。

以降も、全国各地のゾンビ棟での、ゾンビ殲滅作戦は進行する。

だが、どれ程にゾンビ棟を焼却しても、新たゾンビの発生は止まらなかった。

そして、次の惨劇が始まる。

政府と再殺隊が行った次の手段は、

見つけ次第、殺す。

つまり、ゾンビ狩りである。

独居老人などが人知れず亡くなり、ゾンビ化するケースは少なくなかった。

隔離を免れた老人は、そのまま自宅に留まり、生前と同じ生活様式をなぞる事もあった。

それらの老人を駆逐する為に、再殺隊はゾンビと思わしき老人がいれば住居に踏み込み、ゾンビを始末した。

また、亡くなった老人が蘇った時に迅速に駆逐できるように、各病院や老人施設に協力を要請し、再殺隊が老人の臨終の瞬間に立ち会った。

そして、医師が臨終を告げ、家族が悲しみに暮れる中、遺体が蘇る兆候があれば、再殺隊はゾンビの頭を撃ち抜いた。

さらに、極少数であったが自分の肉親がゾンビ化した事で再び殺される事を可哀想に思い、自宅で保護し駆逐を免れようとするケースもあった。

だが、警察にも根を張り社会機能そのものを味方に付け、ゾンビ化老人の発見に特化した再殺隊の眼を逃れる事はできず、家族がやてめと叫ぶ中、再殺隊はゾンビの駆逐を実行した。

ゾンビの殲滅が続く中、不幸にも未発症の老人が殲滅作戦に巻き込まれるという事案があった。

この報告を受けた再殺隊上層部の判断は、

「緊急的な措置の結果であって、少数の犠牲は仕方がない」

であり、その判断に政府も意を唱える事は無く、この件が問題になる事は無かった。

また、再殺隊の隊員の中には、『老人を殺した』として罪の意識に悩む者もいた。

だが、再殺隊上層部は、

「相手は化け物であり怪物である。気にやむ必要は全く無い!」

と喝を入れた。

さらに、誤って未発症の老人を殺害してしまった隊員に対しても上層部は、

「どうせ年寄りはそのうちにゾンビになるのだ。むしろ、危険を未然に防いだのだ。気にする事は無い」

と、激励した。

ゾンビ撲滅、そして社会の平穏を強烈にプロパガンダとして掲げた政府と再殺隊を支持する人間は多く、特に再殺隊の存在は徐々に社会でその力を増していった。

『化け物を始末する』

その行動は勇ましく英雄的であり、社会は彼ら再殺隊を英雄視した。

そして、ゾンビ撲滅による惨劇は、次の段階に進行する。

気付いているだろうか?

政府が駆逐を命じ、再殺隊が滅殺を行っているゾンビは、確かに死体であり、生きる屍であるが、

実際には、ただの老人とほとんど違わないのだという事を。

異なるのは、生きているか、死んでいるか、だけであり、

身体能力も行動も、普通の老人と大差がない事を。

そして何より、彼らは人を襲わない。

人を喰らう事も無い。

フィクションの世界のゾンビとは、全く異なる存在なのだ。

そう。

蘇る老人をゾンビ・怪物と認識した社会は混乱と恐慌に巻き込まれ、正常な判断を鈍らせていたのだ。

そして、無害なお年寄り達を怪物と見做し、撲滅を指示したのだ。

これは、ゾンビの殲滅ではない。

罪なき無害な高齢者の、虐殺なのだ。

暴走する再殺隊は、新たな指針を打ち出した。

『これからゾンビ化する可能性がある者を駆逐する』

つまり、

ゾンビ化していない、生きている老人の抹殺である。

「どうせ老人は社会の役には立たない」

「社会の役に立たないのなら、殺せばいい」と、政府も再殺隊の指針を支持した。

実際に、高齢者を養う為の社会保障費は莫大である。

ならば、老人がいなくなれば、社会保障費の節約にもなるのだ。

時勢に流される現職総理大臣も再殺隊の新たな行動指針に判を押す。

そう、政府は、国は、社会は、老人の撲滅を推奨したのだ。

再殺隊は、ゾンビ化すると言われている88歳以上の老人が死を迎える前に、見つけ出し、次々に捕え、淡々と殺害していった。

その行為は再殺ですらない。

それは、ただの殺人であり、虐殺だった。

そして、述べ454000人の老人の命が奪われた。

その結果。

ゾンビは、老人は、この社会から撲滅された。

ついに、老人のいない世界が誕生したのだ。

その実現に為に、50万人近くのお年寄りの頭は撃ち抜かれ、駆逐された。

そしてこれからも、ゾンビ化の兆しがある者がいれば、即刻再殺される。

社会は変化を否定した。

蘇る老人を怪物と定め、

ゾンビを屠る事を正義とした。

この社会の姿は、この人類が望み辿り着いた世界の形である。

そしてここから、真の惨劇が始まる。

怪物の存在により視野狭窄に陥っていた人類は、ある重要な事実を忘れていた。

【序章-⑸】

新たな事実が判明した。

度重なる実験の結果、ゾンビには、僅かながら意識も記憶もある事がわかったのだ。

それはつまり、焼かれながら頭を吹き飛ばされながらも、彼らには、意識があったという事だ。

政府は、その事実を社会から秘匿した。

又、新たな問題も浮上していた。

ゾンビ化する年齢が、下がっているというのだ。

つまり、今までは高齢者だけがゾンビ化していたのだが、徐々に、60代、50代、40代の人間も、死後にゾンビ化する兆候が見え始めたのだ。

政府はその事実も隠匿しようとした。

当然だろう。

この事実が明るみに出れば、社会の機能そのものが破壊される危険があるのだから。

だが皮肉にも、このゾンビ低年齢化問題は間も無く社会の目に晒されてしまう。

そのきっかけになったのは、惨劇の始まりに関わった、例の医師である。

テレビに例の医師が映っている。

国会中継だった。

彼は国会の場で、ゾンビ撲滅の正当性を、自らの正しさを熱弁していた、

その時である。

医師が突然、倒れた。心臓発作であった。

倒れて、数秒で彼の命の火は消えた。

しかし、その直後、

彼は蘇った。

ゾンビとして。

そして彼は、即座に法に則り頭を撃ち抜かれて、再殺された。

その光景が、全国中継で流されたのだ。

それは、彼自身が唱えていた高齢者のみがゾンビ化するという推論が否定された瞬間でもあった。

社会は、震撼する。

人類が目を背けていたその事実を認識したからだ。

それは、『人は生きている限り、老いる』、

という事である。

そう、人類は気付いた。思い出した。

このゾンビ化は、老人だけの問題では無い事に。

『死』と同じく…いや、『老い』と同じく、生きている限り逃れられ無い事に。

生きている限り人はいずれ必ずゾンビとなる。

ゾンビ化すれば、自らが作り上げた世界のルールに殺される。

逃れる方法は、唯一つ。

ゾンビ化する前に、死ぬしかない。

この真実を前に、人間は、生きる希望を失った。

未来は絶望しかないからと。

死んだまま怪物として生きるか?

生きたまま殺されるか?

その前に、自ら死を迎えるか?

真実を知った人類は、この先にどのような未来を創るのであろうか?

【序章-⑹】

数年後。

俺は1人、瓦礫の街に佇んでいた。

手にした拳銃はまだ熱を持っている。

茫然としながら俺は瓦礫の街を見回す。

動く者は誰もいない。

もしかしたら、俺が最後の人類かもしれない。

なんで、こんな事になってしまったのか?

【人類総自殺の推奨】

【怪物ではなく、人間として、尊厳を抱いたまま、死にましょう】

それが、人類の選んだ未来だった。

政府は、全国民に拳銃を配布した。

その拳銃で、頭を撃ち抜けと宣言した。

怪物になる前に、人のまま死ね、と。

ある者は自らの頭を銃で撃ち抜き、

ある者は家族の手を借りて頭蓋を破壊し、

ある者は生まれたばかりの我が子の小さな頭を撃ち砕き、

ある者は激しく抵抗した末に撃ち殺され、

ある者達は集団で自身らを殺戮し合った。

コンクリートの地面には、数え切れない程の頭を撃ち抜かれた屍。屍。屍。

何故、こんな世界になったのか。

「奏(かなで)…。」

俺は自らの手で撃ち殺した女性の名を呟き、その死の瞬間を思い出す。

懐から拳銃を取り出した俺は、銃口を彼女の頭に向ける。

引鉄を引けば、彼女の頭は吹き飛ぶ。

「先輩。私、死にたくない。でも、生きたくもない。だって、この世界で生きている意味も希望も、何も見えないから…。」

自ら死を選ぶ事が、この希望無き世界での彼女の唯一つの希望だった。

だから、俺は、引鉄を引いた。

銃口から放たれた弾丸は、死という形で彼女の願いを叶えた。

しかし、弾丸が放たれる瞬間、彼女の口が動き、何かを呟く。

死の間際、彼女から放たれた最後の言葉は、

「嫌…。」

死にたくはない。でも、死ぬしかない。もう、解らない。

彼女の最後の言葉の意味を理解した瞬間。

彼女の頭は、吹き飛んでいた。

『死にたくない』

『でも、生きたくない』

彼女はそう言いながら、俺に殺された。

これは悪魔の呪いか、それとも罰か。

どこで間違ったのか。

もう疲れた。俺も屍の一つになろう。

俺は銃口を口に咥え、引鉄を引いた。

これが、俺達が選択した、未来だ。

…死の間際。銃弾が頭蓋を貫く寸前。

彼は願う。

もしもう一度、生まれ変わる事が出来るなら、

こんなクソッタレの未来にならないように、俺は努力します。

だから、もう一度、目の前に困っている人がいれば、助けられる。そんな自分にならせて下さい。

もう一度、俺自身に自分を、信じさせて下さい。

そう、願いながら、彼は脳漿を撒き散らした。

【序章-エピローグ】

生きているのか、死んでいるのか。それすらも曖昧な世界の中で。

『私』は、惨劇の社会を目にしました。

彼が彼女の頭を撃ち抜く姿を見ました。

どうすれば、この惨劇を回避できたのでしょうか。

一つだけ、『私』にも解る事はあります。

『私』は、間違いを犯しました。

だから神様。

神様。どうかお願いします。

もう一度、やり直させて下さい。

この最悪の未来が現実にならないように、

『私』に、私達人間に、

もう一度だけ、チャンスを下さい。

その為なら、『私』はどうなっても構いません。

例え、自分が世界から消え去ろうとも、構いません。

どうか、お願いします…。

そして世界は繰り返す。

惨劇の未来を選択させない為に。

その繰り返しは、神の奇跡か、それとも彼女の願いか。

ともあれ、彼らの未来を賭けた戦いが始まる。

【真章に続く】

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