仕事の休憩中、友人から突然連絡がきた。近々休みが合えばこっちに遊びに来ないかとの連絡だった。
友人は仕事の関係で遠くに住んでいる。お互い偶然明日からまとまった休みであることがわかり、それなら、と友人からの誘いだった。「お前がこっちに来いよ」とか冗談を言いつつ、内心は楽しみにしていた。
明日の朝から家を出ても十分間に合うのだが、気持ちばかりが高ぶってしまい、今日の仕事を終えた後にそのまま車をとばして友人のところへ行くことにした。
当初は久々に会う友人と会えることが嬉しくて、ルンルン気分で車を運転していたのだが、次第に仕事の疲労感が勝り始めて睡魔が襲ってきた。
ウトウトしながら運転していると、段々と辺りに霧が立ち込めてきて、数メートル先も見えないような濃さになってきた。これは事故るなぁと思いつつ、睡魔と戦いながら運転すること数分後、車が数台分停められるようなスペースを見つけた。
しかし、辺りは変わらず濃い霧に支配されており、安全なスペースかどうかは疑問である。停めたあとで辺りを確認しようとして、とりあえずその場所に駐車した。すると、なぜか増々眠気が強くなり、自分の意志に反して意識が遠のいていった。
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目が覚めた。どうやら数時間ほど眠ってしまっていたらしい。
駐車した瞬間に眠りについてしまった自分に少し辟易しつつ、気を取り直してハンドルに手を置こうとする。
と、身体が動かない。
これが金縛りというやつか。と、何とも他人事のような感想を抱きつつ、力任せに身体を動かそうとする。しかし、なかなか動かない。
しばらくこのままにしておこうか。霧もまだ晴れていないし。まあ、早めに出発しているしもう少し休んでいても大丈夫だろう。そう思いながら目を閉じかけた瞬間、視界の端に何かが映った。
ん?何かが動いているような。
かろうじて目だけは動かせるようだったので、違和感の正体に対して視線を向けてみる。
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一瞬にして、戦慄が走った。
霧と同じ色の真っ白な着物を着た老婆が、じりじりとこちらに近付いてきている。
あれは、なんだ...なぜこっちに近付いてくる。しかも手に何かを持っている。その何かを認めた時、確信した。
あれは、間違いなくこの世の者ではない。
老婆が手に持っていた物、それは死神が持っているような巨大な鎌だったのである。
眠気が一転して恐怖に変わる。急激に目が冴える。しかし、身体は一向に動かない。
助けてくれ。誰か、助けてくれ!
声にならない叫びを上げるが、もちろん周囲に人はいない。このままではあいつに殺される。早く逃げ出さないと。
気持ちだけがはやるばかりで、身体は何かに縛り付けられているように動かない。そうこうしているうちに、老婆はどんどん車に近付いてくる。ボサボサの白髪を揺らしながら一歩、ニ歩と。
指先がピクリと動く感じがした。片腕だけでも良いからとりあえず動いてほしい。エンジンを早くかけたい。
少しずつ身体が動く箇所が増えていく。ようやく全身への力が漲ってきた。急いでキーを回してエンジンをかけようとするが、手がブルブル震えてなかなか回せない。
老婆は1メートル程の距離でこちらを見ている。近くにいるという恐怖が強すぎて、もう直視できる距離ではない。
けたたましい音をたててエンジンがかかった。迷うことなくアクセルをベタ踏みにする。老婆との距離はみるみる離れていく。嫌な汗が全身に滴っていた。
本当に怖ろしい目に遭遇してしまった。ふと周囲を見てみると、霧はほとんど晴れており、外は明るくなっている。
助かった。心の余裕も少しずつ出てきて、恐る恐るではあるが、さっきまで車を停めていた場所をバックミラーで確認した。
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バックミラーに老婆は映っていなかった。そこに映っていたのは、まだうっすらと霧が残っている墓地だった。
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さっきまで自分は墓場の敷地内で眠っていたのか。そう思うとまた恐怖が心を支配して、運転になかなか集中ができなかった。
今でもバックミラーを見る時は、霧夜の出来事が脳裏をよぎる。
作者青沼静馬