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「スピリチュアルハラスメント」

長編10
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「スピリチュアルハラスメント」

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俺は、今、目の前の海を眺めている。

もう、何もかも失った…。

俺に残されている道は、死んで海の藻屑となり、この大宇宙を星のカケラとなって彷徨う事だ。無機質な無人探査機のように。

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無人探査機は、母船からの指示通りに、忠実に確実にその工程を全うする。

機械だから出来ることだ。

明確な意志や意識は持っていないが故に、誰かが組んだプログラムやアルゴリズムに従うことで、その任を終える。

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人間と機械の違いはなんだ。

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今の俺と、今、俺の隣で、はるか彼方にある地球に この未知の惑星に関するデータを送信している無人宇宙探査機との違いは。

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ヒトと呼ばれる人間と、機械と呼ばれるモノとの違い。

俺は、真実を求めて。

永遠に この大海原と遠大な宇宙の双方を漂いながら。

探し求めるのだ。

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「ホントですか?」

俺は、N先輩の顔をまじまじと見つめた。

「えぇ、嘘じゃないわ。私には、太陽系から銀河系の果てまで 霊視出来る力があるの。」

「じゃぁ、アメリカを始めとする世界各国で、長年に渡り日夜開発に勤(いそ)しんでいる宇宙無人探査機は、必要ないってことですよね。」

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N先輩は、

「馬鹿ねぇ。あれはあれで、必要なのよ。あれは、実際に現存してあるものを採掘したり、採取したり、映像に撮ってくるという『目に見えるもの』『手に取れるもの』を探し出し、研究するという使命があるのよ。だから、人類の未来にとって、欠かせない道具なのよ。」

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「はぁ、そうなんですか。じゃぁ、先輩の霊視能力は、どんなふうに役に立つのですか?」

N先輩は、コホンと小さく咳払いをすると、

「私の仕事は、宇宙の全ての法則、宇宙を司る神々の力を地引網のように根こそぎ引き揚げ、世界中の人達に、その遠大な愛の力と、幸せへと導く崇高なご計画を分け与える使命があるの。つまり、『目に見えないもの』『手に取って触れることの出来ないもの』を言魂と霊性をもって、人類を教え導くことにあるの。」

メガネの縁をクイクイと持ち上げて、鼻をクンクンと鳴らした。

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「……」

少し変わった人だとは思っていたが、まさか、こんな事を言い出すとは想定外だった。

そんなN先輩がこよなく愛してやまないのは、あの深海魚「チョウチンアンコウ」なのだという。もちろん、実際に手にとって見たわけでも、自宅の水槽にペットとして飼っているわけでもないが、「チョウチンアンコウ」が深い海の底から、直接霊験あらたかな箴言を語りかけてくるらしいのだ。

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N先輩は、20年に一度しか見られない満月の日に、[スピリチュアルカウンセラー]になると言って職場を退職してしまった。

「ま、ま、まじっすか。」

安定した一流企業。結婚してからだって働けるのに。辞めるなんて勿体ないと思ったのだが。

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あれから1年経ち、俺は、愕然とした。

職場の同僚のHさんから、N先輩が、ユーザー10万人を超えるスピリチュアル系人気YouTuberとして大活躍しているという噂を聞いたのである。

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Hさんは、「なんていうか。まぁ、ああいうの好きな人はハマるかもしれないね。」

と苦笑していた。

「最後まで視聴したら、相当、やばいことになりそうだから。途中で見るの止めたんだわ。」

とも話していた。

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俺は、早速、件のYou Tube動画サイトにアクセスしてみた。

軽快なメロディとともに、かわいい「チョウチンアンコウ」が地引網の中で踊っているアニメが流れ、

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「あなたの願い根こそぎ叶えます。♡♡♡なりたい自分になれますよ。」との文字が、チョウチンアンコウのキャラクターとともに、ピチピチと飛び跳ねていた。

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20秒ほどでアニメが終わると、やや濃い目の化粧と、アジアンテイストの衣装を身にまとったN先輩が、

「みなさーん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。今日も、football fishこと なつめから、はるか宇宙の彼方からのメッセージをお届けしますね。はっやいですねぇ。もう、11月も半ばを過ぎましたね。

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皆さんは、いかがお過ごしですかぁ。

うんうん、そっかー。まだ、なんにもやれていないのに、もう1年が終わってしまうよー。

なーんて、嘆いている そこのあなた。大丈夫ですよ。宇宙には、何月何日という堅苦しい枠や決まりはないんですよ。そう!宇宙は果てしなく広い、宇宙は、毎日が日曜日。毎日がクリスマス、毎日がお正月なんですねぇ。

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はいはいはい。そうなんです。毎日が楽しいことでいっぱいなのに、どうして、みんな嫌なことややりたくないことにアタフタしているんですかぁ。人生は、短いですよ。一年は、365日しかありません。そして一日は24時間です。その大半を、厭なことややりたくないことに費やしてしまい、気がついたら、おじいちゃんおばあちゃんになっていたんなんて、

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アーアーアー

嫌ですねぇ。football fishことなつめは、そんなの嫌です。

では、では、今日は、そんなあなたにふさわしいメッセージを贈りますね。

ちょっとキツくて辛いご相談がありましたので、早速、お便り読ませていただきますね。

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うるわしの白百合さんから。何々、『私は今職場の女性上司にパワハラや虐めを受けています。毎日、仕事に行くのが辛くてたまりません。受け流したらいいじゃないと同僚たちはいいますが、明らかに悪意と思われる虐めをしてきます。その場合も、我慢して忍耐したほうがいいのでしょうか。』

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「うーん、うるわしの白百合さん。毎日のお仕事お疲れさまです。そうですか。こんな上司、しかも同性なんですね。いやー、許せませんよね。

宇宙からのメッセージによると、虐めやパワハラをしてくる人間って、本当は、臆病者で小心者が多いんですね。とても器が小さくて、自分に自信がない。ただの弱虫なんですよ。だって、優しくて器の大きい人間は、決して虐めたりはしませんもの。」

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「うるわしの白百合さん。あなたにふさわしい宇宙からのメッセージをお届けしましょう。

『悪意をもって虐めやパワハラをしてくる人間に対し、悪意を持って報いましょう。悪意には悪意を持って報いる。そのことに罪悪感を抱く必要は一切ありませーん。』

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おっと。誤解しないでねぇ。その女性上司と同じように虐めたり喧嘩をしろと言っているのではないのですよ。勘違いしないでね。そう、意地悪やパワハラをしてきたら、すぐにスマホの録音スイッチを入れましょう。そして、それを持って、「都道府県市町村にある職場のハラスメント相談室もしくはそれに相当する機関」に訴えましょう。

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人権団体でもいいね。同時に、会社もしくは組織の一番偉い人あてに、それと同様の文書とその録音した虐めやハラスメントの現場の状況を証拠として送りつけましょう。一言、これと同様の書類は、既に、職場のいじめ対策相談室及び公的機関の相談室に送付しています。本件に対する御社の誠実な対応、今後の対策を含め、御社のコンプライアンスに基づく回答をお願い申し上げます。尚、回答については、返信用封筒を同封いたしました。文書でお願いいたします。でいいんじゃないかなぁ。」

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うんうん。え?こんなことするの面倒?って。これ、あはははは。そうだよね。まぁ、これは、最終手段として取っておきましょうか。

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その女性上司ってさぁ。多分、他の女子たちからも嫌われているんじゃないの。だったら、あなたの味方をどんどん増やそうよ。そして、とびっきりの笑顔で、挨拶してご覧。嫌味言ってきたら、そのまま「オウム返し」してみようねぇ。「どうしてそう思うんですか。」「それって、嫌味ですか。」なんて逆に質問するのもいいねえ。相手をどんどんイライラさせてやれ。

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そのうち、その女性上司。ますますハラスメントしてくるかもしれない。

でも、もう、あなたには、たくさんの味方がいます。

いざとなったら、守ってくれる仲間がたくさんいます。

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それでも、埒が明かなかったら、はいはいはいはい、さっきの最終手段を使いましょう。

え、自分には無理って。

だったら、そういう文章を書くのが得意な人、社会活動に萌えている人を探せばいいよ。

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義憤に燃える、自称【正義の味方たち】が、あなたの代わりに成敗してくれますよ。

大丈夫。

あなたは、既に世に勝っているのですから。

安心して。

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以上が、今日のメッセージでーす。

うるわしの白百合さん、応援していますよー。

もし、宇宙からのメッセージが心に響いたら、是非、チャンネル登録してくださいね。」

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俺は、矢も盾もたまらずN先輩の携帯に電話をした。

意外にも、すぐに通じた。

「あら、お久しぶり。えぇ、そろそろかかってくる頃かなと思ってたぁ。たった今、スマホを手にしたら、かかってきちゃった。えへへ。」

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「今日の動画 You Tube見ました。あのお話、心に届きました。具体的な解決法も教えてくれて。ありがとうございます。」

「へえ。見てくれてたんだ。ありがとうね。そうだねぇ。U君 虐められていたもんね。O部長に。もしや、相変わらず、チクチクされているのかな。」

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俺は驚いた。

部署も担当も仕事内容も違うのに、N先輩は、分かっていてくれたんだ。

「少しでも参考になった?もっともっといろんなメッセージ聞いてみたくない?凄いわよ。そうそう、個別鑑定もしているから。概要欄にリンク張っておいたから、そこから、申し込むといいよ。でも、締切が明日までなんだよね。申し込みする人が多すぎて。すぐに満員になってしまうのよ。

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え?高いって。そうかなぁ。あ、あ 大丈夫だから、今すぐに、払えないんだったら、分割でもいいし、クレジットカード使ってもいいよ。大丈夫よ。みんなそうしているから。

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そして、いずれはあなたも、わたしのように、宇宙からのメッセージを伝える人になるの。だから、仕事を辞めた直後は、お金で苦労するかもしれないけれど、それは、いずれあなたに帰ってくる、あなたに必要な投資なの。試練なの。

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宇宙からのメッセージは、一つたりとも、欠けることがないの。安心して、全てを私に捧げてオッケーよ。あなたは、底辺を生きる人間じゃないの。高次元、そう、世の中の頂点を生きる数少ない人間のひとりなのよ。わかった。」

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俺は、言った。

「どうして、俺の心が読めるんですか。俺が、なりたい自分になりたいと願っていることを。」

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「あらいやだわ。前から言ってるじゃない。私の霊視は、海底や、宇宙開に利用される無人探査機よりも正確なの。深海を明かりで照らす「チョウチンアンコウ」の光のようにね。おぼろげだけど、ちゃんと機能しているのよ。残念なことに、私の霊力は、目に見えないし、一般人には、証明できないだけの話よ。科学じゃ証明できないの。わかった。」

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釣り仲間たちが、焚き火で暖を取りながら雑談している。

数日前から捜索願が出されていた男と思しき遺体が、あがったとのこと。

どうやら、岸壁からドボンしたらしい。いつもの穴場付近には、早朝から警察車両が数台横付し、太公望たちは、お手上げ状態なのである。

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「また、どざえもんががあがったって。」

赤ら顔の男が、髭面の男に炙ったスルメを渡す。

「地引網に引っかかてたんだとよ。今度は、若い男だそうだ。」

かてぇじゃねぇか。と文句を言いながら、ゴマ塩坊主頭のガテン系がビールを煽る。

「最近多いな。借金苦で自殺するやつ。」

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「それがなぁ。全員、笑っているように、口元があがったまま死後硬直しているらしい。」

はぁ。ほう。へぇ。それぞれが抱く感情が顕になる。

ゴマ塩頭のガテン系が、A5版の大きさの小冊子をポケットから取りだした。

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「さっき、朝市でよ。若い女からこんなもんもらったわ。すぴ、スピーカーじゃなくて、スピ何とかっていったな。『なりたい自分になれる方法』だとよ。」

なんだよ。

あほか。

くっそだな。

赤ら顔の男が言う。

「だいだいこんなもん読んでるやつで、そのとおりになったやつってどんくらいいるんだろうな。」

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「おめぇのスルメ硬くて食えねぇわ。ちゃんと炙ってから渡せよなぁ。」

髭面男にガテン系が嗜める。

「だからよ。しばらく口に入れて、にちゃにちゃして、柔らかくなるのを待つんだよ。最初はよぁ、歯が立たねぇと思ってもな。時間が経つとよ。食えるようになる。焦るな。」

髭面男が、口を尖らせる。

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「死に急ぐのもいけねぇが、生き急ぐのはもっといけねぇな。」

「死神よりも生き神様の方がおっかねぇぜ。」

「オラは、山の神がいちばんおっかねぇな。魚釣っていかねぇと、『釣りでなぐ、パチンコ屋さ行って、しこたま、すってきたんだべ。』って、ぐやぐや喋られそうでよ。」

おうおう。そのとおりだ。

と皆、口々に頷く。

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赤ら顔の男が言う。

「おめぇのもらってきた本見せてみろ。」

「あ。わりい。さっき、スルメ炙るので、火さ くべで燃やしてしまったじゃ。」

ゴマ塩頭のガテン系が舌を出す。

「なに?おめぇは、まだ、欲たがりだな。」

髭面男が、にやけてからかう。

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「いいが。よーく聞け。世の中っていうのはな。底辺が支えているもんなんだ。三角形だって、底辺が一番でかくて長い。世の中の大半は、底辺が支えているベヨ。」

「そうかぁ。」

「ちがうべよ。」

「おめぇは、ほんとに アホだな。底辺の意味が違うべよ。だから、おめぇは、いつまで経っても底辺なのよ。」

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あはははははははは。

酔いもまわり、スルメも柔らかくなったようだ。

朝っぱらから、酒を煽るとは。いやはや。

男たちの顔は、東の空から上る太陽に照らされ、より一層赤く色づいてみえた。

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