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これは私が幼い頃に体験した話です。
小学生に上がる前まで住んでいた場所は、かなりの田舎でした(詳しい場所は伏せますが、山陽地方です)。
コンビニやスーパーなどは無く、海も山も村の中心からそれぞれ歩いて10分弱で着く自然に囲まれた場所。住んでいる人はみな老人で、そもそも人口が少なく50人もいませんでした。
そのため遊ぶような友達もおらず、いつも兄と姉と三人で遊んでいました。
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三人で遊んでいると、いつも近所のおじいちゃんやおばあちゃんが声をかけてくれます。「元気だねぇ」とか「怪我するなよ」とか、ほんとに他愛もないことです。
しかし、どんな話をしていても、必ず最後に「夕暮れまでには帰りなさい」と言うのです。
これは両親や祖父母にも言われて育ってきました。「お日様が海に沈む前には帰って来なさい」「もしお日様が隠れたら大人と一緒に居なさい」
とはいえ当時は5歳くらいだったはずです。なぜなのかを親に聞くことも考えることもありませんでした。
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その日、私は一人で海に貝殻を拾いに行きました。たしか次の日が祖母の誕生日で、プレゼントしようとしたんだと思います。
家から海は道を挟んで目と鼻の先だったので、こっそり家を抜け出しました。サンダルを履いて、玄関を出たところで気が付きました。
おじいさんが海辺に立ち、にっこりとこちらを見ているのです。
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海は目と鼻の先、とは書きましたが、実際は道を挟んでさらにそこから20メートル程度は離れていたと思います。
にも関わらず、なぜか私はそれを笑っているおじいさんだと認識できたのです。しかも、この狭い田舎の中で全く見覚えの無い人です。
そこで不可解に思えば良かったのですが、小さかった私は特に気にもせず海へ行き、そのおじいさんには挨拶をして(たしか挨拶は返ってこなかった)きれいな貝殻を探し始めました。
そして3分ほど探したところで形も色もきれいだと思ったものを一つだけ持って帰ろうとしました。
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突然こちらを見ていた例のおじいさんが優しい、しゃがれた声で、ただ一言、「くれるかい?」と言ったのです。
主語も何もなかったため、私は貝殻のことだと思いました。とはいえ祖母のために拾ったのです。私は「あげない」と答えました。
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するとにっこりと笑っていたおじいさんの顔が、みるみるうちに鬼のような形相になっていくのです。その顔はとても人には見えませんでした。そして先程とは打って変わって重く響く声でもう一度、
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「くれるかい?」
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と聞いて来ました。その異様な雰囲気とあまりの恐ろしさに私は声が出せず、その場から動けませんでした。
日はもう暮れていました。
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数分、数秒だったかもしれません。後ろから父が私の名前を呼びながら走ってきました。私が家の中にいないことに気が付き、探していたようです。
すると途端におじいさんだったものはゆらゆらと揺れたかと思うと、ふっと消えてしまいました。
父は日が暮れてから家を出た私を怒ることなくすぐに家に連れ帰り、あいつに何か言われたかと尋ねました。私はゆっくりとあったことを全て話しました。
すると父は安堵の表情を浮かべ、ただひたすら、良かった、良かったと私を抱きしめました。
結局あれがなんなのか、一体何が良かったのかはわかりませんでした。
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それからなんとなく話を聞けないまま、私は成人しました。
成人祝いに父と酒を飲んだ時、普段酔わない父が珍しく酔っていたのか、あの時のことをポツリポツリと話し始めました。以下その話です。
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あれは「暮々(くれくれ)」と言うらしく、私の祖父母が子供の頃からいたそうです。夕暮れに子供だけで遊んでいると現れ、「くれるかい?」と尋ねるそうです。
その時にあげないと答えるとただこちらを睨み付けるだけなのですが、いいよだとかあげるだとか、そういう意味合いのことを言ってしまうと答えた子の寿命を根こそぎ持っていくそうです。
答えた子達は自分の持っている飴玉などを分けてあげるつもりで答えるようで、くれくれはその善意を利用する、とてもタチの悪い悪霊だと言います。
子供しか狙われないのはものを分けてあげる優しさがあること、そして子供の方がたくさん寿命を持っていることが理由だと考えられます。
あの時父が良かったと言ったのは、私の寿命が持っていかれなくて良かったということでしょう。私は本当に運が良かったのです。
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くれくれに会った後もしばらく住み続け、私が小学生に上がる時に引っ越しました。その間くれくれに出会うことはありませんでしたし、大人になった今もう会うことはないでしょう。
しかし今でもあの恐ろしい顔や声が脳裏にこびりついて離れません。
作者栗介
実話系怖話です。