ある旅人がその日のうちに峠を越えたいと道を急いでいた
separator
陽が傾いてきてそれはどうも無理だと近くの宿場で宿を探したが
雰囲気のいい感じのところは全部埋まっていて
separator
仕方がないので古い薄暗い宿に
一泊とった
separator
部屋もじめっとして薄暗くて
旅人は「ああ嫌だ」と思い
早々に布団をかぶり眠ってしまった
separator
夜中、ふと目が覚めるとぼそぼそと人の声がする
何か化け物でもいるのか…
と旅人は震えて声を聞いていると
separator
「兄さん寒かろう…」
「お前も寒かろう…」
とどうやら子どもの声がする
separator
どこで話しているのか?と
床の間、渡り廊下と一つずつ聞き耳を立てたが何処でもない
separator
あれ…?と旅人は思った
separator
その時も続いている
「兄さん寒かろう…」
「お前も寒かろう…」
の声は自分の直ぐ側…
separator
いや、自分を包んでいる布団の中から聞こえてきていた
separator
ギャッとその布団から抜け出すと
もそもそと動いている感じもする
separator
その部屋から飛び出し夜を明かし
separator
次の日
宿の主に問い詰めると
separator
その布団は税を納められない
貧しい家から
税の代わりに取り立てた物を
安く買い取った物だと白状した
separator
旅人が昨夜のことを話すと
separator
「今でもその兄弟は一つの布団を分け合っているんですかねぇ」
と宿の主は哀れそうに言った
終
作者尾白