とらうま【参】─飾り棚のマスク─

中編5
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とらうま【参】─飾り棚のマスク─

それはボクが小学校低学年の頃、学校の帰りによく立ち寄っていた児童公園でのことだった。

夏も終わりに近付いてきた頃のことだったと思う。

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ぼちぼち太陽は西の彼方の山に近付いてきていて、公園の遊具も朱色に染まり、その影も一段と長く伸びていた。

昼間とは明らかに異なる冷たい風が時折通り過ぎていく。

すると今まで鳴りを潜めていた幾つかの街灯たちが、一斉に灯りを灯し始める。

一緒に遊んでいた同じ学校の友だち劉生くんに「そろそろ帰ろうか?」と声を掛けたその時だった。

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トン、、、トン、、、トン、、、トン、、、

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小刻みに聞こえてくる耳障りの良い太鼓の音。

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何だろう?と辺りを見回すと、それは公園奥で柔らかい灯りを点している街灯の下辺り。

いつの間にか1人のおじちゃんが立っている。

背後には軽トラが一台停まっていて、その荷台には祭りの出店によくあるような立派な飾り棚が置かれていた。

そこにはいろいろカラフルなお面が整然と並んでいる。

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おじちゃんは片手に持った小さな太鼓を叩きながら、

「さあさあ、坊っちゃんも嬢ちゃんも寄っといで寄っといで、これから楽しい楽しい紙芝居が始まるよお」

と明るい声で陽気に呼び掛けている。

既に数人の男の子や女の子が近くでたむろしていた。

ボクも物珍しさから劉生くんと一緒に行ってみた。

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おじちゃんの頭髪は長くて肩まであり、お医者さんのように白衣を着ていた。

顔には何故か母さんが寝る前にするフェイスパックのようなピッタリとした白いマスクを付けているからその表情は外からはうかがい知れない。

何であんなマスクをしているんだろう?

顔に見られたくないような傷とかがあるのだろうか?

そんな風に思いながら見ていると、おじちゃんは地面に立てたイーゼルに紙芝居のセットをテキパキ設置しだす。

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荷台に置かれた飾り棚の端に飾られた安っぽい風車が、風のせいで寂しげにカタカタと回っている。

改めてそこを見ると、昔の特撮ヒーローやアニメの主人公のお面が並んでいて楽しいのだが、その中に明らかに異質な肌色っぽい色のお面がポツンポツンと幾つかあった。ただそれはお面というより、おじちゃんがしているのと同じような薄い穴空きマスクで、時折風でヒラヒラとはためていているのだけど、よく見ると汚れていてあちこち穴が空いていて、とても売り物にはならない代物のように見えた。

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準備の終わったおじちゃんは早速、

「さあ今からみんな知ってる正義の味方のカッコいいお話をするんだけど、その前に甘~くて美味しい飴を食べたい人手を上げて~」と言うと、子供たちは一斉に「は~い」と元気よく手を上げた。するとおじちゃんは車の助手席から棒飴の山盛り入った籠を出してくると「さあさあ、お食べお食べ1個30円だよ」と言いながら並んでいる子供たちに1つずつ手渡していく。

みんな各々受け取ると、ポケットから硬貨を3枚出して、おじちゃんに手渡していた。

ボクも劉生くんも受け取り手渡す。

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みんな最初のうちは棒飴を舐めてワクワクしながら、おじちゃんの紙芝居を見ていたのだが、紙芝居は正直詰まらなかった。

というのはおじちゃんの話し方は単調で抑揚がなかったし途中何度も噛むし、そもそも話の内容自体もありきたりのヒーローものでつまらないものだったからだ。

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初めは興味津々だった子供たちもすぐに退屈しだして1人減り2人減り、最後はボクと劉生くん2人だけになっていた。

ボクは「なあもう帰ろうよ」と彼のシャツの袖を引っ張ったのだが何故か彼だけは目をらんらんと輝かしていて、どうやらおじちゃんの話に引き込まれていたようだった。

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既に辺りは薄暗くなってきていたので、いよいよ彼を残して帰ろうとしていると、おじちゃんは突然話を止め「おいおい、坊っちゃんまで帰るのかい?お友達1人残して」と毛むくじゃらの大きな手でボクの腕を掴む。ボクは一瞬どうしようか迷ったが、お母さんの怒る顔が頭にちらついていたので「ごめんなさい」と一言言って腕を振り払い、走って家に帰った。

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翌朝学校に行き席について一限めの授業を待っていると、

何故か担任が現れて教壇に立ち神妙な顔で話し始めた。

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「授業の前に私からみんなに伝えたいことがあります。

実は3組の男子生徒寺田劉生くんが自宅に帰ってきていないと親御さんからさっき学校に連絡がありました。昨晩から親御さんや警察で捜しているのですが、今のところまだ見つかっていないようです。もしみんなの中で何か心当たりのある人がいたら後でいいから、先生のところまで来てください」

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─え!?劉生くん、どうしたんたろう?

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不安な気持ちのままボクは放課後職員室に行くと、担任の先生に昨日の公園でのことを話した。

話の後、ボクは職員室奥にある別室に連れていかれる。

1人ソファーに座って待っていると、担任はグレーのジャケットを着た体格の良いおじさんと一緒に入ってきて正面のソファーに並んで座った。

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おじさんは前屈みになると直ぐに口を開く。

「帰る間際にごめんな。

実はおじさん警察の者なんだけど、昨日の公園でのこと、もう少し詳しく教えてくれないかな?」

言われた通りボクは、昨日の公園でのことを全て喋った。

その間おじさんは熱心にメモをとりながら、いろいろ質問してきた。特に紙芝居のおじちゃんの風体や話した内容とかを細かく尋ねてきた。そして一通り聞き終えるとお礼を言って帰って行った。

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これは後から聞いたことだけど、あの紙芝居のおじちゃんは昨日以前にも全国のあちこちの公園に出没していたらしく、今回と同じくその時に見学していた児童の数人が姿を消したということで、警察はいよいよ本格的に捜査を続けていたらしかった。

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それから1週間が過ぎ1ヶ月が過ぎたが、劉生くんが見つかることはなかった。

紙芝居のおじちゃんもあの日以来、あの公園に姿を見せることはなかった。

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

それから年月はあっという間に過ぎ、幼かったボクも今年30歳になった。

おかげさまで結婚も出来、子供も男の子と女の子2人に恵まれ、今は郊外にある中古の二階建てに家族4人で幸せに暮らしている。

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ある夏の終わり頃の日曜日のこと。

小学1年生の息子と一緒に夕暮れ時の散歩の途中、近くの児童公園に立ち寄った。

近所の子供たちだけしか利用しないような小さな公園。

ベンチに腰掛け、砂場や遊具で夢中になって遊ぶ息子や他の子供たちの姿を見ていると、

ふとあの日のことを思い出した。

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夕暮れ時、朱色に染まった公園の街灯の下に立っていた白いマスクのおじさん。

その背後にあった立派な飾り棚。

そこには、ありきたりのプラスチックのお面が並んでいたが、その中に紛れて肌色のフェイスパックのような奇妙な薄っぺらいものが幾つかあった。

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今から思うと、あれは何だったんだろう?

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そして劉生くんは、、、

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しばらくうつむき、地面に伸びる自らの長い影を眺めながら感傷に浸っていたその時だ。

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トン、、、トン、、、トン、、、トン、、、

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何処からだろう、小刻みな太鼓の音が聞こえてきた。

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