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仕事で人命に関わる大きなミスをした。
先輩が機転を利かせてくれていなかったら、今頃どうなっていただろう。
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なのに、誰も私を責めない。
叱責もされない。
優しい配慮が、逆に私を苦しめる。
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仕事帰り、甘味屋に寄って、「あんみつ」を2杯食べた。
憂さ晴らしするはずが、少しも満たされない。
秋風が肌を通り過ぎていく。
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奇しくも。週末金曜日。
歩道の敷石を眺めながら、トボトボと歩き続けているうちに、気がつくと歓楽街に足を踏み入れていた。
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魔が差したのか。
怪しげな店が立ち並ぶ小道の中でも、比較的小綺麗に見える昭和レトロな店に入り、飲んだことのない安い酒をオーダーする。
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空腹のせいで酔いが回るのも早かったようだ。
気がつくと、店のソファに横になっていた。
客数名と店主らしき中年男性が、心配そうに覗き込んでいる。
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慌てて身を起こし、枝豆とウィスキー水割り二杯、いや三杯のお代を払い店を出る。
辺りを見渡し、正確な位置を把握できていなかったことに愕然とした。
この界隈、地元でも有名な心霊スポットだった。
マジか 迂闊だった、
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急に、酸っぱいものがこみ上げて、嘔吐しそうになる。
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下心ありありの男の影が。ゆっくりとこちらの様子を伺いながら近づいて来た。
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逃げなければ。
吐き気をこらえ、コンクリートの壁を伝い歩きをする後を、ゆっくりと追ってくる影。
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私の影と男の影が重なりそうになった時、10メートルほど先に、運良くタクシーのテールランプが見えた。
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このあたりでは、あまり見掛けない個人タクシーだったが選んでいる余裕はない。
気力を振り絞りタクシーに駆け寄り、後部座席の窓をバンバンと叩く。
程なくタクシーのドアが開いた。
私は、持っていたバックを座席に投げ入れると車内にダイビングした。
ドアを締める音とともに、ドライバーの低い声が響く。
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「お酒召し上がってますね。」
「わかりますか…ちょっと、久しぶりだったもので、飲みすぎたようです。」
「いけませんね。顔色悪いですよ。」
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ずーっと窓が降り、夜風が入る。
「窓開けました。走ってもいいですか。」
「は、はい、お願いします。」
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タクシーは、歓楽街の入り組んだ小道を器用に走り抜けると、大通りに出てスピードをあげた。
タクシーの揺れが心地よく、いつの間にか、こくりこくりと舟を漕いでいたらしい。
10分ほど経った頃だろうか。ふと、ドライバーに行き先を告げていなかったことに気がついた。
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交差点で信号待ちしているタクシーの鼻先は、今まさに、私の住む新興住宅地へと進路を変えようとしている。
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「あ、あの。まだ、行き先伝えてなかったんですけど。」
「あぁ、ご安心ください。ご自宅までの道のりなら存じ上げているので。」
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shake
「え?どうして。」
「お客さんのことは、ずっと前から存じ上げているんですよ。」
ドライバーは、すらすらと私の自宅。つまり現住所をすらすらと諳(そら)んじてみせた。
「これで、間違いないですよね。うん、間違いないはずだ。」
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shake
shake
このドライバー この男は、一体何をしようとしているのだ。
震えが止まらない。
「こ、ここで降ります。車を止めてください。」
「ダメですよ。今、何時だと思っているんです。それに、ここからご自宅までは、とても歩いて帰れる距離じゃありませんよ。」
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お、降りないと。早く、早く逃げないと。
ドアロックをなんとか外そうと試みるも、無駄な抵抗なのは明白だ。
「何してるんですか。ここで降りたりしたら怪我しますよ。下手すりゃ死んじゃいますよ。わからない人だなぁ。」
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「いったい、私をどうしようと言うんです?」
「どうもこうもありませんよ。私たちの仕事は、お客様を安全に、できるだけ早く、ご無礼のなきよう目的地にお連れすることだけです。」
「もうかなりご無礼だわ。」
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「もう、酔い覚めたでしょ。ふふっ。」
ドライバーの後頭部が、小刻みに震えながら前後に揺れている。
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クックックック
含み笑い。
なにがおかしい。
shake
震えが止まらない。
どうしよう、どうしよう。
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「今日もお見かけしましたよ。〇△□ホームでね。」
今日も?って、いつも見張っているってこと。
「お客さんの職場、通り道ですから。厭でも目に入りますって。」
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「慣れないお酒まで飲んで。お仕事大変なのはわかるけど。」
なんでそんなことまで、知っているの。
ははぁ、さては、ストーカーか。
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「とりわけ今日は、大変でしたね。まぁ、あんなことがあれば誰でも落ち込みますがね。」
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この人何者なの。どうして、私のこと知ってるの。
こわい、こわい、こわい、こわい。
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「それと、甘いもの、特に、あんみつが大好きなんでしょう。
よく甘味屋『はなみずき』に入っていくの見かけますよ。
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いつぞやは、浴衣着て、かき氷美味しそうに食べていたじゃないですか。」
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「おやおや、そんなに怖がらなくても。元々、怖い話好きなんでしょう?」
ドライバーは、ミラー越しに にやにやと笑っている。
「コ・ワ・イ・ハ・ナ・シ 好きそうな顔していますから。」
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えーーーーーーーーーーーーー!!!
そんなことまで、どうしてわかるの。
警察に電話しよう。
私は、バックに手をつっこみ、スマホを探した。
ない、スマホがない。
バックの中身をひっくり返してみるも、なぜか入れたはずのスマホが見当たらない。
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「どうしました?そんなに慌てて。もう、そろそろ着きますよ。」
「ちょっと、探しものを。。」
「探しものですか。それは困りましたね。なんなら、元の場所に戻ってみます?」
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戻るって?あの「心霊スポット」に。
ないないないない それはない
私は、激しく頭を振った。
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「そうですか。では、このままご自宅に向かいますが、よろしいですね。」
今は、この男の言う通りにするのが正解だろう。
ここは、無言で頷くしかない。
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「了解」
私は、無言のまま 身をこわばらせながら、固く目を閉ざした。
程なくして、ドライバーの低い嗄れた声が聞こえてきた。
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「はい、ご自宅に着きましたよ。」
顔をあげると、たしかに、自宅の門扉の前にいた。
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私は安堵した。、
「ありがとうございました。おつりはいらないです。」
ドライバーに向かって五千円札を放り投げるようにして手渡すと、タクシーから飛び降り、玄関の鍵を開け、大急ぎで鍵を閉めると床に転がり込んだ。
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「○△□☓・・・ 。」
外でドライバーが、大声で何か叫ビながら後を追ってきたが、私は、インターフォンのスイッチと玄関と門灯のスイッチを切り耳をふさいだ。
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「チッ。」
ドライバーは、ブツブツ呟きながら、コツコツコツと靴音を響かせ暗闇に消えていった。
急な吐き気と頭痛に襲われた私は、辺りに吐瀉物を撒き散らした後、死んだ魚のように平たくなって、その場に寝てしまった。
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激しい頭痛と焼けるような喉の乾きで目が覚めた。
日は、だいぶ高くなっていた。
重い体をひきずってキッチンに行き、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを流し込む。
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ガチャ
どすん
静寂を破る重い音が、家中に響き渡った。
郵便物にしては、届くのが早すぎる。
玄関のポストの中に、茶封筒が一通 置かれているのが見えた。
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中を覗いてみると、昨夜探しても見つからなかったスマホと、タクシーの領収証、おつり530円が入っていた。
スマホには、「タクシーの床に落ちていました。」と書かれた付箋がはってあった。
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ふと、茶封筒を手にし、私は再び戦慄し、腰を抜かしそうになった。
封筒の表書きには、黒のマジックペンで、大きな文字が書かれていた。
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あんみつ姫様へ
作者あんみつ姫