中編3
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「てのひら怪談」第10話

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「憑き物落とし」

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職場の後輩大田君は、憑き物がつきやすい体質をしているという。

彼自身は、霊感もなく、そう言った類(たぐい)のことは全く自覚していないらしい。

そもそも、憑き物とはいかなるもののことを言うのか、

憑き物がつくことで、メリット・デメリットはあるのかどうか。

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憑き物が憑いたときの払い方や対処法についても 全くわからないのだそうだ。

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そんな調子なので、そちら系の人たちに何を言われようと、馬耳東風 今風の言葉に言い換えるなら、スルーしている。

いつどこで誰に何を言われようと 否定も肯定もせず、「へぇ~、そうなんですか。」「そうなんですかね~。」ってな調子で、飄々(ひょうひょう)と過ごすことに決めたのだと。

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ある日のこと。

いつものように中心街のバス停でバスを待っていると、白い作務衣を着た白髪頭のお婆さんがやって来て、頼まれもしないのに、憑き物落とし、つまり、お祓いを申し出たあげく、強要して来たのだそうだ。

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なんでも、大田君に憑いている憑き物は、たちの悪いものらしく、今祓っておかないと後々後悔することになるとのことだった。

何度も丁寧にお断りしたのだが、頑としてきかないため、お代は払わなくてもいいという条件で「憑き物落とし」なるものをしていただくことにした。

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お婆さんは、忍者のように人差し指をまっすぐに立てた状態で、映画『魔界転生』で真田広之が唱えていた呪文のようなものを口にしながら、右手を大きく広げたまま、上下左右 併せて9回くらい太田くんにむけて十字を切った。

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唖然と立ちすくむ大田君を前に、お婆さんは、

「これでよし。もう大丈夫だから安心しなさい。これは、私の人助け。当初の約束通り、お代はいらないよ。」

と得意満面帰っていったそうだ。

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「ほう。それで、その憑き物とやらは落ちたのかね。」

と尋ねるも、

大田君は、両手を横に振り、大きなため息を漏らした。

「それがそうじゃなかったんですよね。」

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意気揚々と帰っていく婆さんの後ろ姿を見て、大田君は、驚愕したそうだ。

なんと、お婆さんの背中には、丸い眼のような模様をした手のひら大の蛾が、敷き詰められた絨毯のように、びっしりと身体全体にへばりついていたんだと。

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「なんだそれ。どういうことよ。」

私は、眉に唾をつけながら大田君に詰め寄った。

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大田君は、いきり立つ私を前に、宥(なだ)めるような口調で、こう言った。

「あの夥しい数の蛾たちは、あのお婆さん自身が自分で憑けているんじゃないのかなって思うんですよね。」

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「要するに身勝手な人間には、見えているようで実は見えていない、見えているのは『あやかし』なんでしょうね。祓えたというのは思い込みの自己満足。結局は、何も変わらない、変わろうはずもない。とどのつまり、祓えてないってことなんじゃないんですかね。」

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あの日、あのお婆さんが落としたという憑き物とは、一体なんだったのか、大田君には、未だにわからずじまいなのだという。

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