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「てのひら怪談」 第12話

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「新月」

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その日は、親子全員寝付きが悪かった。

いつもは夜泣きなんてしない子が、いつまでもぐずり続けているし、夫も私も これといった理由もないのに、なぜかイライラが止まらない。

そんな気分を払拭しようと、深夜ドライブを提案したのが間違いのもとだった。

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子どもが生まれてすぐ、4ドアセダンから、3200CCのミニバンに買い替えた。

セダンと比べ、車高も高く、窓も車内も広い。

子どもの世話も、さほど苦にならないほど楽に動ける。

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何よりゆったり寛げた。後々のローンを思うと、いささか気が重かったが、快適さと利便性には変えられないと、思い切って決断したのだった。

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今宵は、新月。

頭上には、漆黒の闇に満点の星空が瞬いている。

秋彼岸の新月の夜は、肌寒さとともに、どこか淋しい空気が漂う。

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子どもにフリースの毛布をかけ、私は、カーディガンの上に、フード付きのジャンパーを羽織ったのだった。

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「新月か。どうりで暗いと思ったよ。」

薄手のジャケットに袖を通しながら、夫は、月明かりのない夜のドライブは、あまり気乗りしないなどと話す。

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だが、それも、日頃、朝夕の通勤時の渋滞にイライラし、高齢者や幼子たちを気遣い、法定速度を遵守しながらのノロノロ運転を余儀なくされている身としては、深夜から明け方にかけて、一般道が自動車専用道路並みにドライブ出来る 貴重な時間帯であることに変わりはない。

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こんな恵まれた機会など、めったにないことだから。

ー 本音は、嬉しいはずよ。

と思う。

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案の定、市街地を過ぎ、フェリー埠頭に続く湾岸ロードを走り抜け、沖に漁火が揺れる海岸線が見えてくると、それまでの不穏な空気を一掃するかのように快適に飛ばし始めた。

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深夜11時55分

すれ違う車は、ほどんどない。

いつ眠りについたのだろう。

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あんなにぐずっていた子どもが、嘘のように、すぅすぅと 心地よい寝息を立てて熟睡している。

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ほどなくして、フェリー埠頭と工場街、市街地と隣県へ続く国道が交わる大きな交差点に出た。

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信号待ちしている時、コテコテの黒い大きなべ○ツが、エンジン音も立てずに滑るように侵(進)入し、私たちの車の隣に停まった。

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べ○ツが来た方向には、めぼしい建物は、あまりない。

せいぜい、北欧風の小さなバーが1件あるだけの殺風景な工場街だった。

こんな時間に?どこに行くのだろう。

私は、眼下に鎮座まします黒塗りのべ○ツを見下ろす格好になった。

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ドスドスドス 下方から 鈍い音が聞こえてくる。

え?なんの音、

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ドンドンドン

ドドンドンドン

ドドドンドンドン

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不規則に何かを叩きつけるような音とともに

ズゥズり ズゥズリ ズズズ・・

重いものを引きずるような音もしている。

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「ぐ・・・る・・ぷ・・あ“あ”あああああ“」

人だろうか、獣だろうか、唸るような呻くような くぐもった声が聞こえてきた。

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ガツン

麻袋から男の頭らしきものがはみ出し、

窓にぶつかった。

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一瞬車内が明るくなった、ように見えた。

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ベタ 

隣の車を見下ろす私の眼に、生気のない男の顔が 突然

窓に張り付いた。

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窓ガラスに押さえつけられた頬は歪み 恐怖に引き攣った眼は今にも飛び出さんばかりに見開かれている。

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どんどんどん

窓が叩かれる鈍い音が聴こえて来た。

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その刹那、男の顔は 窓から剥ぎ取られるように消え、

車内は、闇に閉ざされた。

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「何を見ている。」

突然、雷のような夫の怒鳴り声が響き、私は我に返った。

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信号が青に変わった。(らしい)

黒いべ○ツは、ハンドルを切り、直進車線から右折すると、国道へ抜ける緩い坂道に、あっという間に消えていった。

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ぶぉぉぉおぉおおおおおお

その時、最終便のフェリーが出港する音が鳴り響いた。

「さっきの車、フェリーに乗りそこねたな。」

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夫はそういうと、急発進し、直線車線を猛スピードで走り続けた。

私は、ほんの数分前に起きた出来事に、動悸がおさまらず、息子のチャイルドシートにしがみついて、ブルブル震えていた。

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どのぐらい走っただろう。

市街地の街灯が見えてきた。

夫は、コンビニの駐車場に車を止め、購入した缶コーヒーを手渡した。

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「隣の車の窓に、何か見えたか。」

夫は、静かにゆっくりと尋ねた。

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「……」

「(隣の車の)窓に何か見えたかって聞いているんだけど。」

射抜くような眼差しが突き刺さる。ゾクリと背筋が寒くなった。

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「別に…何も。音がしていたようだったけど、暗くて何も見えなかったわ。」

「そう、それは良かった。」

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夫は、ふぅ、と大きな溜息を付き、缶コーヒーを一気に飲み干した。

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―あなたは?どうなの。何も見なかったの。

と言い掛けて止めた。

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―そう、私たちは、深夜のドライブを楽しんでいた。

ただ、それだけのこと。

心配要らないのよね。

新月が、全てを隠してくれたのだから。

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私は、缶コーヒーを無理やり口に流し込んだ。

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