とある日曜日の昼下がり。
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三十路で独り者の俺は散歩がてら、近くの小学校グランドで開催しているフリマに立ち寄った。
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鮮やかな秋晴れの空の下、広いグランドは青いビニールシートに埋め尽くされている。
古着、家電、食器類、家具等々、老若男女様々な人たちが思い思いに物品を販売していた。
商売熱心な人もいれば、ただ物品を並べているだけでゴロリと横になっている人もいる。
時間は間違いなくゆったりと進んでいた。
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何ヵ所か立ち止まり古着とかを手にとってみたが、なかなか気に入ったものは見つからずに歩き続け、結局グランド端の公衆トイレ辺りにまで行き着いてしまった。
そこでついでにと用を足した後再び外に出ると、タバコでも吸おうかとトイレの裏側の方へ歩く。
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そして、ハッと息を飲んだ。
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トイレ裏手の薄暗い陰鬱なスペースに青いビニールシートが敷かれており、人がいる。
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こんなところに、、、
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と思いながらもタバコに火を点けると、立ったまま何気なく視線をやってみた。
茶色いベレー帽を被って茶色のエプロンをした女が、トイレの壁の前に立ち、こちらを見ている。
短い茶髪の下にある横顔はマスクをしており、表情はうかがいしれない。
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女の前に置かれたモノに視線を移す。
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シートの上に小さな黒っぽいモノが数十個、きちんと並べられている。
最初はそれらが何か分からなかった。
好奇心に駆られた俺は、
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こんにちは~
何を売られてるんですか?
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と軽く挨拶をしながら、中腰でシートの上を覗き込む。
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そして一瞬でたじろいだ。
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それはゴキブリだった、、、
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大小様々な死んだゴキブリがズラリと並んでいる。
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嘘だろ、、、
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思いながらよく見ると、それらのゴキブリの下側には長方形の白い紙が添えられていて、こう書かれている。
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昭和○年○月○日午前3時4分 台所にて確保
体長31ミリ クロGオス 特価50円
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平成○年○月○日午後6時8分 玄関口にて確保
体長25ミリ 茶羽Gメス 値下げ品30円
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令和3年8月○日 午後9時55分 洗面所にて確保
体長43ミリ ヤマトGオス 特価50円
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………
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「お気に入りの子とか見つかりましたか?」
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突然女の明るい声がしたので見ると、壁の前の女が嬉しそうに目を細めてこちらを見ている。
俺はジリジリ後退りしながら、
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い、いえ、、、
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と一言残して慌ててその場を立ち去った。
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自宅マンションに戻った後も気分が優れず、しばらくソファーで横になっていた。
その日は自炊する気が起こらず再び外に出て、すぐ近くのファミレスで晩飯を食べることにした。
生ビールを一杯飲んだ後ハンバーグセットをオーダーしたのだが全く食欲が湧かず、ご飯もおかずも半分以上残してしまった。
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店を出た時、もう外は暗くなっていた。
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歩道をしばらく歩きマンションの敷地に入ると入口から中に入り、右手にある集合ポストの前に立つと、郵便物をまとめて取り出す。
するとポトリと白い封筒が床に落ちた。
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なんだろう?と拾い上げると宛名も何も書かれていない。
ただ何か入っているようで封筒は全体に膨らんでいる。
首をかしげながら封を破ると、中には何やらテカテカと艶やかで黒いモノが納まっている。
何だろうと摘まんで引っ張り出した途端、
「うわあ!」と小さく悲鳴をあげ、思わずそれを床に落としてしまった。
改めてよく見ると、
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それは死んだゴキブリだった。
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しかも体長は優に10センチを越えている。
どう見ても、そこらへんで見掛けるヤツとは違っていた。
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何とか気持ちを落ちつかせ改めて右手に持つ封筒を見ると、一枚の折り畳んだ便箋が入っているのに気付く。
取り出して開くと、そこには角張ったクセのある文字で、次のように書かれていた。
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本日は私の新しいお店にお越しいただき、誠にありがとうございます。
商品の方、気に入っていただけましたでしょうか?
あれはほんの序の口で、自宅にはまだまだ種類豊富に取り揃えております。
同封の商品は私からのほんのお礼の気持ちです。
気に入っていただくと幸いです。
明日も同じ場所で営業しておりますので、またのお越しを心待ちにしております。
寒くなってきましたので、お体には十分ご自愛くださいませ。
Gの部屋
店主より
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あれから数時間経っているはずなのに、、、
あの女、、、ずっと俺を尾行してたのか?
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便箋を持つ右手が小刻みに震えている。
しばらく便箋を片手に呆然としながら立っていたのだが、何気に背後に気配を感じ振り返った瞬間、ゾクリと背筋が凍りついた。
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透明の入口ドア向こうの暗闇に、
あの茶色いエプロンをした女が立っている。
ガラス面に両手をあて、嬉しそうに微笑みながらじっとこちらを見ていた。
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世界には4,600種類以上のゴキブリがいるとされ、そのうち日本では58種類が確認されており、日本の家屋内で発見できる種類はさらに絞られる。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう