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中編6
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原稿

僕は小説家を目指している。幼き頃から数多の小説に触れ、類稀なる表現や描写、ストーリーに感化されてきた。そして自分で物語を書くようになり、色々な賞に応募したが、どうにもうまくいかない。今日も、枕を濡らしながらふかふかのベッドで眠りにつく。

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どれくらい眠っただろうか。それも分からず突然僕は飛び起きた。おかしい。硬い。ここはベッドのはずだ。まだ覚めていない目を凝らすと惨憺たる風景が僕の視界に飛び込んできた。下を見ると傷んだ木の床がミシミシと音を立てており、辺りを見渡すと古そうな家屋の廊下が広がっていた。そして、窓からは青白い月光が辺りを慄然と照らしていた。あまりの唐突な展開を迎えたが、冷静にこれは夢だと自分に言い聞かせた。そして何かに導かれるように僕はミシミシと音をたてる床と共に歩き始めた。

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数歩したところで、背後に気配を感じた。振り返ると、ぼろぼろの着物を着ていて、うなだれている首が座っていないナニモノかが座っていた。髪は短く、男のような風貌である。こういう時は身体が硬直して動こうと思っても動けないものである。当然僕は硬直し、ナニモノかが何をするか様子を伺うことしかできなかった。そのまま後ろを向く勇気は僕にはなかった。

shake

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20秒ほど経った時だろうか、そいつは突如として立ちあがった。

何やらバキバキと何かを砕くような音を放ちながら、うなだれたまま僕の方に向かってきた。家屋に僕の悲鳴が轟くのを感じる暇もなく僕は駆け出した。しかし、この部屋にはドアがなかった。壁の隅にまで追い立てられ、視界にじわじわとぎこちない足取りで向かってくるそいつの姿をくっきりと移したまま僕はそのまま昏倒させられた。

どれくらい時がたっただろうか、目が覚めると、さっきのドアのない部屋ではなく、そこは書斎のようであった。

その部屋は狭い正方形の部屋であったが、部屋の中心には上からわっかが作られたロープが垂れ下がって、その真下にはほとんど白骨化している死体が転がっていた。

骨も、整理されておらず、橈骨と尺骨の位置が逆になっていたり、指の有鈎骨がなかったりと杜撰な死体であった。過去にも誰かがこの部屋に来たのだろうか。杜撰な骨からそれを何となく感じ取った。衣服は先ほど追いかけてきたナニモノかが来ていた着物と同一のようだった。その部屋を見渡すと机の上には一つメモのようなものが置いてあった。メモを見てみると、

「コノ才覚ヲ認メヌ世ナレバ、見切リヲ付ケタシ」

と書いてある。ひと昔の言葉というものが余計に気味が悪い。その横に目をやると、そこには古びた原稿用紙が山積みにされていた。この人も売れない作家だったのであろうか。少しその白骨化した死体に同情する心が生まれ、先程の恐怖心が次第に薄れていくのを感じた。そして無性にこの原稿を読みたいという気持ちが昂ったため、それを手に取り読もうとした。

すると、また背後に気配を感じたため勢いよく振り返ると、背後に先ほどのナニモノかがいた。あの白骨化死体と同じ服を着ていたことから同一人物であると確信するのは容易であった。しかし先ほどの恐怖心はなくなっており、そいつに構わず原稿を再び読もうとした刹那、そいつがまた僕の方へ向かっていき、耳元でささやいた。

「ソレヲオイテイケ」

薄れていたはずの恐怖心が再び僕の心の支配権を簒奪し、僕は原稿の束を抱いたまま、即座に逃げ出した。その部屋にはドアがあり、ドアに体当たりしながら逃げた。すると、何故かその先は、先ほどいた廊下であった。一瞬僕の身体が硬直し、後ろを見るとそいつがまた項垂れながらじわじわとした足取りで僕に迫っている。もうおしまいかと思った矢先、目を凝らすとその廊下には先ほどまでにはなかったドアがあることに気付いた。その瞬間僕の神経伝達が元に戻り、そこに向かいダッシュした。

どうやらそのドアは玄関のドアのようで、開けようとするが、ガチャと音が鳴りドアを開けた。ドアの先は、なかった。暗闇が無限に広がっており、まるで太陽の光すら届かない虚無を思わせた。ナニモノかは廊下をゆっくりと追いかけてきており、僕は必至で扉の先へと飛び出した。

すると暗闇だった殺風景に輪郭が戻り、今自分のいる場所が認識できるようになった。月明かりの中見えるのは、辺り一面の木。この家屋はどうやら山の中にあるようで僕は原稿を抱きかかえたまま必死に駆け下りた。すると足がもつれ崖の上を転がり落ち、そのまま意識を失ってしまった。

目が覚めるとそこは自室のベッドの上であり、外は明るくなっていた。良かった。さっきのは夢だったのだ。安心して起き上がろうとするが、全身むち打ちにあったような痛みに痺れた。痛みに驚き、再び仰向けになると頭だけ回転できることに気が付いた。ゆっくりと頭を横に向けると、驚いたことに、夢で見た古びた原稿があった。それは先ほどまで僕が抱えていたものだ。これは夢であったはずだ。僕は混乱し、一度状況を整理することにした。

恐ろしい夢を見ていた。しかしながらこの体に残る痛みと感覚、何より、自分の隣にある古びた原稿用紙が夢ではないことを語っていた。まるで空間移動をしていたようだ。しばらく考え込むも、置かれた状況を前頭前野が理解することはできなかったようだ。僕にできることは、現実を受け入れるだけであった。

さて、原稿はボロボロで黄ばんでいるが、読むことはできた。内容は、不遇な小説家が、正当に評価されないことに嫌気がさし、来世を期待して、自死を遂げるという壮絶な文章であった。どうやら完結しているようで、ストーリーは僕の好みであったため、夢に出てきたあいつが僕にこれを公表して欲しいのだろうと思うことにして僕はそのままそれを世に公表した。

その作品はグランプリを獲得し、書籍化され、さらなる評価を得た。そしてメディアへの出演依頼が殺到した。その作品は一世を風靡し、その結果富や名声を得ることができた。僕は夢に出てきたあいつに感謝し、晴れて小説家デビューの夢を叶えた。そして自信満々に心機一転、新たな作品を書き始めた。しかし、それ以降自分自身で執筆した作品はどれも酷評の憂き目に遭い、名声など一瞬で消えてしまい、得た富も底を尽きてしまった。そして、世間からも忘れ去られてしまった。

三年後、そんな僕は、近頃はひどく体が重く、めまいと頭痛に苛まれた。鬱蒼とした日々を過ごしていた。家賃が払えず借りていたマンションを追い出され、実家に戻ろうとしたが家族に拒絶され、彷徨い歩きながら出会った廃れた山小屋が今の僕の家だ。僕は基本的な生活ができなくなり着物もぼろぼろになり髭も長くなり髪もべとべとになっていた。そして、自身を正当に評価しない世を呪うようになった。

僕の小説の何が悪いのだろう。完璧な出来なはずだ。誰も思いつくようなことがない結末、美麗な表現、描写、登場人物の人間性... 全て完璧なはずだ。何故評価されない。何故分かってくれない。何故だ。何故だ。何故... いっそのことこの世は捨てた方がいいのかもしれない。僕が人間として生きるには残酷すぎる。僕を受け入れてくれる新しい世界へ旅立った方が賢明な選択ではないか。もう食糧も底をつく。今手元にあるのは、昔から肌身離さず持ち歩いている原稿用紙とペンのみ。

世を去る前に、最後の小説を執筆したい。僕は無我夢中で世の中を呪う内容の小説を殴り書きし、完成させた。登山家などがこの山小屋に辿り着き、僕の死体を見た時のことを考え、遺書と言ってはなんだがメモ書きを残すことにした。そのまま僕はおぼつかない頭のまま部屋の中心に天井からロープをたらしに椅子に上った。一呼吸置いた後、僕は椅子を蹴飛ばした。重い。苦しい。しかしあともう少しの辛抱だ。全身が熱い。意識が遠くなっていく...

数十秒のあとには視界は真っ暗になった。

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