「何よ、この時計。また止まってる。」
朝、普段使っている目覚しが鳴らず、いつもより遅く目覚めた美由紀は、枕元の目覚し時計を見て頬を膨らませた。
昨日の朝も時計が止まっていたのだが、ぽんぽんと時計を叩くと時計は動き始めた。
それで大丈夫だろうと寝る前にいつも通りに目覚しをセットして寝たのに。
しかし時計の針は、零時十五分で止まっている。
美由紀はいつも零時前には布団に入っており、眠りについてからそれほど時間が経たないうちに止まったということだ。
「電池切れかなあ、それとも壊れちゃったのかな?」
この時計は美由紀が小学校四年生の時に、幼馴染で近所に住む当時中学生の正樹が誕生日にプレゼントしてくれたものだ。
美由紀はこの四歳年上の幼馴染が大好きで、時折一緒におやつを食べたり、いろんな話を聞かせてもらったりしていた。
しかしその正樹は、高校生の時にバイクで事故を起こして死んでしまったのだ。
今年、美由紀が中学三年生になったということは、この時計をもう五年も使っていることになる。
丸型で上にベルがふたつ乗っているオーソドックスなデザインを美由紀は気に入っており、まして亡き正樹の形見でもあるゆえ、捨てることはできない。
壊れていないことを祈りながら美由紀は電池を交換し、時間をもう一度合わせて時計の文字盤を眺めてみた。
チッ、チッ、チッ、・・・
時計の秒針は何事もなかったように動いている。
取り敢えずほっとして制服に着替え、学校に行く準備を始めた。
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学校から帰ってきて時計を見ると、五時三十分。時計はきちんと正しい時間を示している。
「なんだ。壊れてなかったんじゃん。良かった。」
しかし翌朝起きてみると、時計はやはり零時十五分で止まっていた。
「え~、やっぱり壊れてるのかな。」
昨日と同じ時間で止まっているという事は、この零時十五分の針の位置で針か歯車か、何かが引っ掛かるのだろうか。
しかしそうだとすると、この時計は十二時間時計なのだから、昼の十二時十五分で止まってもおかしくない。
美由紀は首を傾げながらも、昨日と同じように時間を合わせ、時計が動いているのを確認すると学校へ出かけた。
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結果は同じだった。
学校から帰って来た時は正常に動いていた時計が、やはり朝起きると止まっている。
夜中の零時十五分で。
探求心旺盛な美由紀は、何故この時計がその時間に止まってしまうのか知りたくて眠らずに起きていることにした。
普段よりも寝る時間はそれほど遅くならないし、翌日は休みなので朝寝すればいい。
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机に座り、目の前に目覚し時計を置いて頬杖をつくと、針の動きをじっと見つめた。
時刻は零時十二分。
あと三分だ。
チッ、チッ、チッ、チッ
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静かな部屋の中で、時計の音だけが響いている。
あと二分。
チッ、チッ、チッ、チッ
あと一分。
…
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もう間もなくだ。
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突然部屋の電気が消えて部屋が真っ暗になった。
「え、何?停電?」
一瞬、視界が真っ黒になり何も見えなくなったが、徐々に目が闇に慣れてくると、カーテン越しに入ってくる窓の外の光によって部屋の中がぼんやりと見えるようになった。
「えっ!だ、誰?」
美由紀以外誰もいるはずのない部屋の隅に、黒い影が立っていた。
ドアが開閉する音など聞こえなかった。いつの間に入って来たのだろう。
黒い影がゆっくりと美由紀に近づいてくる。
どうやら大人の男性のようだ。
暗闇に目が慣れてくるに従い、その男の様子も見えてきた。
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ぼさぼさの髪と無精髭を生やしたその男は衣服を身に付けておらず、全裸のままこちらにゆっくり進んでくる。
(ヤクソクドオリ、ムカエニキタ)
地の底から響いてくるような低い声で男が話し掛けてきた。
それを聞いて、美由紀は先日学校で起こった出来事を思い出した。
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◇◇◇◇
四日程前の放課後、美由紀は仲の良い友人と三人で教室に残り、”キューピットさん”をやっていた。
基本的に恋占いのような目的からその名がついているのだが、つまるところコックリさんだ。
三人ではしゃぎながら、いろいろな質問をしていると、突然十円玉が鳥居の周りをぐるぐると勝手に動き始めた。
「キューピットさん、もう終わりにしますのでお帰り下さい。」
慌てた三人がそう言って強制終了しようとしたのだが、十円玉の動きは止まらず、そしてあるメッセージを伝え始めた。
十円玉が動き、次々と文字を示してゆく。
『2・4・1・5・ム・カ・エ・ニ・イ・ク』
そして十円玉が勝手に弾け飛んで終わってしまったのだ。
「令和二十四年一月五日に、誰かが迎えに来るって事かな。カッコいい人だといいな。」
「二十年先だと、私達三十四歳よ。ちょっと遅くない?」
「ふたりの良い子(415)を迎えに来るって事じゃない?」
あの時はそんな好き勝手な事を言いながら、結局その文字が三人の誰に向けたものなのか、そしてその示す意味も解らず、そのまま帰ってしまった。
しかしこの”2415”は、二十四時十五分、つまり午前零時十五分であり、その時刻に迎えに行くと告げていたのだ。
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◇◇◇◇
男はニヤニヤしながらますます近づいてくる。
この男は美由紀を何処へ連れて行こうとしているのか。
あの世か、異世界か。
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このまま襲われるのかと、美由紀が体を固くして身構えた時だった。
リーン
目覚し時計のベルが、一回だけ小さく鳴るのが聞こえた。
この目覚し時計には、ベルを一回だけ鳴らすなどという機能はない。
いつもは停止ボタンを押すまで、けたたましく繰り返し鳴り続けるだけなのだ。
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一回だけ鳴ったその音はまるで仏壇に置いてある凛の音のように聞こえた。
すると美由紀の目の前、全裸の男との間に白い靄のような煙の塊が浮かんできた。
何だろうと美由紀がそれを見つめていると、それは徐々に人間の後ろ姿へと形を成してゆくではないか。
男と美由紀の間に立ちはだかるように現れたその白い後ろ姿は、ゆっくりと美由紀を振り返って微笑んだ。
「ま、正樹兄ちゃん?」
それは死んだはずの正樹だった。
そして正樹はすぐに男の方へ向き直った。
その正樹の表情は美由紀から見えないが、それまでニヤついていた男の表情は一変し、怒りの表情へと変わった。
(マタオマエカ。ジャマヲスルナ。)
男は威嚇するように、正樹に向かって唸って見せたが、正樹は恐れる様子もなく、じりっと男との間合いを詰めた。
(チッ)
男の舌打ちするような声が聞こえ、男は闇に溶けるように消えた。
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「正樹兄ちゃん!」
美由紀の声に正樹は振り返った。
その姿は美由紀の記憶にある高校生の頃の正樹のままだ。
しかし振り返った正樹は微笑んでいなかった。
(おばさんに話して、明日、深川のお不動様に行ってお祓いしてこい。
さもないとあの男は延々と美由紀のところに現れ続ける。いいね?)
頭の中に響いた懐かしい正樹の声に美由紀が何度も頷くと、正樹はにっこりと笑って、現れた時の逆を辿るように煙となって消えてしまった。
「正樹兄ちゃん!待って!」
美由紀が慌てて正樹の方へ手を伸ばした瞬間、ぱっと元のように部屋の照明が点いた。
明るくなった部屋の中には全裸の男も正樹の姿もなく、まるで何事もなかったように静まり返っている。
ただ机の上の時計は、零時十五分で止まっていた。
「正樹兄ちゃん、昨日も一昨日も私の事を守っていてくれていたんだ・・・」
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◇◇◇◇
翌日、美由紀は母親に昨夜の出来事を話をした。
母親は怪訝そうな顔をして美由紀の話を聞いていたが、話し終えると解ったとだけ言って深川不動尊まで連れて行ってくれた。
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◇◇◇◇
そしてそれ以降、時計が零時十五分で止まることはなくなり、美由紀はいつもの生活に戻った。
あの日から変わったことと言えば、
目覚し時計の横に小さな一輪挿しと正樹の写真を置いたことと、そしてもうひとつ・・・
それまでは、朝起きると”うるさい!”と言って殴るように止めていた目覚しのベルを優しく撫でるように止めるようになったこと。
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しかしあの全裸の男は一体誰だったのだろう。
よく思い出してみると背中に羽が生えていたような気がする。
あれが、”キューピットさん”??
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勘弁してよ。
…
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ちんちんに毛の生えたキューピットさんなんて・・・
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
すみません。品のない終わり方で。