長編20
  • 表示切替
  • 使い方

卒業アルバム

「ねえ和也、今週の土曜日に真奈美を連れてマンションへ遊びに行ってもいい?」

会社を出てこれから同僚と飲みに行こうとしていた片桐和也に有村真澄が声を掛けた。

ふたりは同じ会社の先輩、後輩で個人的に付き合い始めてまだ三か月ほどしか経っていない。バレンタインデーに真澄が隣の部署の先輩になる和也に告白し、それを受ける形で和也がデートに誘ってふたりの交際がスタートした。

ひとり暮らしをしている和也のマンションを真澄はまだ訪ねたことはなかった。

週末、彼氏のマンションへ遊びに行くのに共通の友人である神崎真奈美を誘うということは、彼女から告白してきた割にはまだまだ気を許しているわけではないのかな、と和也は心の中で苦笑いしながらもOKの返事をした。

nextpage

◇◇◇◇

「ねえ、何で真澄が自分の彼氏のマンションへ行くのに私が付き合わなきゃいけないの?」

真奈美は思い切り不機嫌な顔をして、真澄と並んで和也のマンションへ入って行った。

「ひとり暮らしの男の人の部屋に行くのってなんだか怖くて。あとで美味しいスイーツでも奢るから勘弁してよ。真奈美に彼氏ができた時には私も付き合ってあげるから。」

「何言ってるのよ。ばっかじゃないの。今時中学生でもそんなことを言わないわ。私は彼氏ができたらさっさとひとりで行って、ふたりっきりで楽しく過ごすから、余計な心配は無用よ。」

愚図る真奈美をなだめながら、エレベーターの中で真澄は初めて訪ねる自分の彼の部屋を想像してドキドキしていた。

エレベーターを降りて時計を見ると約束の正午を五分程過ぎている。

ちょうど良い時間だ。

外で待ち合わせた時は五分前、人の家を訪ねる時は、時間前は論外、遅くなり過ぎない三分から五分程遅れての訪問がベストだと真澄は母親から教えられていた。

ドアの前に立ち、人差し指をインターフォンの前にかざしたまま大きく深呼吸をした小柄な真澄のその様子を見て真奈美がくすっと笑った。

「本当に中学生みたい。」

nextpage

◇◇◇◇

「そろそろ時間だな。」

テーブルの上に料理とお酒を並べ終わり、和也と友人の柳瀬竜彦はソファに腰を下ろした。

「和也の彼女が連れてくる友達って本当に可愛いんだろうな?」

「さあ、好み次第かな。」

「えっ?お前が可愛い子だって言うから俺はここへ来たんだぞ。お前が出来たての彼女といちゃつくのを横で見てるだけなら俺は帰る。」

「まあ、そう言うなって。多分お前の好みだよ。昔からの付き合いなんだからそのくらい分かるさ。」

その時インターフォンの呼び出しが鳴った。

「お、来た来た。」

nextpage

◇◇◇◇

真澄の目の前でガチャリとドアが開いた。

「お~、来たな。真奈美もいらっしゃい。どうぞ遠慮なく。」

和也がふたりを連れて部屋の中に入ってきた。

「へ~っ、和也のマンションって割に広いのね。これなら真澄もすぐに引っ越してこられるわね。」

「もう、真奈美ったら何言っているのよ。あら?こちらの方は?」

部屋に入ってきたふたりを見てリビングのソファから立ち上がった竜彦に対し、真澄が和也に尋ねた。

「ああ、俺の高校時代の同級生で柳瀬竜彦。今日、真澄が真奈美を連れてくるって言うから、真奈美のために呼んでみた。ちなみにこいつに彼女はいないから。」

「さすが和也。気が利くわね。取り敢えず竜彦さんのルックスは好みよ。私が神崎真奈美、よろしくね。」

先ほどまでの不機嫌な仏頂面は何処へ行ったのか、真奈美は嬉しそうに満面の笑顔で竜彦に向かって自己紹介をした。

「さあ、それじゃ席について。ふたりの為に俺と竜彦が朝から腕を振るったんだぜ。俺達はふたりとも大学時代からずっとひとり暮らしだから料理はそこそこ得意なんだ。」

ダイニングテーブルの上には、所狭しと料理が並んでいる。

「飲み物はとりあえずビールでいいかな?」

そう尋ねながらも三人を良く知っており、異議を唱える人がいないのを知っている和也は、皆が返事をする前に缶ビールのふたを開けるとグラスへビールを注いでいった。

「それじゃ、乾杯しようか。えっと何に乾杯?」

「もちろん、真澄の初訪問と、今後はひとりで来られますようにっていう祈願と、私と竜彦さんの初顔合わせに乾杯ね。」

和也に真奈美がにやにやしながらそう言うと、和也は笑って頷いた。

「じゃあ、そういう事で、乾杯!」

グラスを合わせると、さっそく真澄と真奈美は箸を伸ばした。

「おいしい。」

「ほんと。これ本当に和也と竜彦さんが作ったの?」

真奈美が信じられないと言った顔でふたりの顔を見ると、竜彦が嬉しそうに答えた。

「ああ、こっちの中華系がみんな和也で、こっちの洋食系が俺の作品。あ、それで俺のことも竜彦って呼び捨てでいいよ。三人がお互いに呼び捨てなのに俺だけ”さん”付けだと何だかすごく仲間外れ気分。」

「ん、判った。私はこの竜彦が作った煮込みハンバーグが好きだな。ワインが飲みたくなっちゃう。」

真奈美のさりげないリクエストに竜彦が立ち上がり、赤ワインのボトルとワイングラスを持ってきた。

「和也は何で中華なの?」

真澄が春雨サラダを頬張りながら聞いた。

「自分で作る時は自然に自分の食べたいものを作るだろう?

母親の影響かも知れないけど俺は昔から中華系の料理が好きで、ひとり暮らしを始めてから中華ばっかり作っていたら最近は何を作っても中華っぽくなっちゃうんだよね。

だから逆に竜彦の味も新鮮で美味しいな。」

「あら、私も中華が大好きだから全然OKよ。結婚してからもよろしくね。」

「・・・・・」

真澄は自分の発言で他の三人が黙ってしまった理由に全く気付いていない。

「ふうん、真澄は和也と結婚して中華料理を作って貰うんだ。いいな~。」

「あ・・・・・」

真奈美がにやにやしながら真澄を茶化すと、真澄はようやく自分の言ったことに気がつき顔を赤くして下を向いた。

「可愛いね。真澄ちゃん。和也が羨ましいよ。」

「あら、私は中華より洋食が大好きよ。結婚してからもよろしくね~。」

竜彦の言葉に続けて真奈美が更に茶化した。真奈美も竜彦のことはかなり気に入ったようだ。

separator

そして料理がほとんど片付くと、竜彦と真奈美はソファに移動してふたりで盛り上がっていた。

和也はテーブルを片付けてデザートを準備し、真澄もそれを手伝っていると、真奈美がテーブルに駆け寄ってきた。

「ねえ和也、高校の卒業アルバムってここにある?」

「ああ、テレビの横にある本棚の一番下だったと思うよ。」

和也の言葉に竜彦が立ち上がって本棚の前にしゃがみこんだ。

「お、これこれ。」

当然同じものを持っている竜彦はすぐに卒業アルバムを見つけ、それを持ってソファに座ると真奈美もソファに戻って隣に座り、肩を寄せ合って楽しそうにページをめくり始めた。

separator

そしてデザートの準備が整い、和也がアルバムを見ているふたりに声を掛けようとした時、真奈美の驚いたような声が聞こえた。

「この子どうしちゃったの?なんか気味が悪い。」

和也と真澄がソファの方を見ると、真奈美がアルバムのある部分を指差し、それまではしゃいでいた竜彦はそれを見つめて顔をしかめたまま黙っている。

「どうしたの?」

和也がふたりの傍に寄ると、真奈美は広げたアルバムを和也の前に差し出した。

「この女の子の写真の顔が歪んでいるのよ。」

指差している、正面から写した楕円形の女の子の写真は、顔の部分だけが水の上に墨を流したマーブリングのように歪んで崩れていた。

ページ全体の表面はきれいなままで、その部分だけに濡れた跡などの損傷があるわけではない。

このアルバムを初めて見た者にとっては最初からそう印刷されたとしか思えない。

和也はその写真を見ると眉をひそめ、高橋友利子という名前を見た途端に目を閉じて顔を背けた。

「ねえ、私、いけないものを見つけちゃったの?」

和也と竜彦の様子を見て真奈美は不安そうにふたりの顔を窺っている。

「いや、別に真奈美ちゃんは何も悪くない。この写真、どうしちゃったんだろうね。印刷の問題だろうから別に気にしない方がいいよ。」

そう言って竜彦は真奈美の手からアルバムを取り上げると別なページを捲ってすぐに話題を変えた。

nextpage

◇◇◇◇

「じゃ、俺は真奈美ちゃんを送って行く…と言いながらここを出てふたりで少しデートして帰るから、真澄ちゃんはここでゆっくりしていってね。」

竜彦は気を使って、真澄が真奈美と一緒に帰ると言い出しにくいように予防線を張りながら帰り支度を始めた。

すると和也が、ジャケットを着ようとしている竜彦の傍に近寄り小さな声で言った。

「竜彦、帰ったらお前の卒業アルバムも見てみてくれないか?」

「わかった。俺もそうするつもりだった。」

そして竜彦は真奈美と一緒にはしゃぎながら和也のマンションを出て行った。

nextpage

ふたりを見送ると和也はコーヒーを淹れ直し、ソファに座っている真澄の横に腰を下ろした。

「まあ何にせよ、真奈美が竜彦を気に入ってくれて良かった。竜彦も満更じゃなさそうだったし。」

「そうね。ここに来るまでは、何で私が付き合わなきゃいけないのって、ぶちぶち文句を言われて大変だったのよ。」

真澄は和也が運んできたコーヒーを口に運びながら微笑み、頷きながら和也に尋ねた。

「竜彦さんって和也と高校の時からずっと友達なんでしょう?和也の目から見て真奈美の彼氏にして大丈夫?」

「真奈美にはデキ過ぎだよ。優しくてしっかりしているいい男だぜ。」

「そうなんだ。一緒に連れてきてよかった。和也もありがとう。気を利かせて真奈美の為に竜彦さんを呼んでくれて。」

しかしその言葉に対して和也は反応せずにじっと真澄を見つめた。

「真澄はなぜここへ来るのにわざわざ真奈美を誘ったの?ひとりでは来たくなかった?」

真澄はその問いにどのように答えて良いのか解からなかった。

真奈美に話した通り、何だか怖かったというのが本当に正直な気持ちだったのだが、それをそのまま伝えて誤解されないだろうかと考え、俯いて少しの間沈黙すると、まったく別の質問ではぐらかしてしまった。

「さっき真奈美が帰る時、竜彦さんと何か小さな声で話していたけど、何の話をしていたの?」

今度は和也が少しの間沈黙した。それは真澄の質問に答えられなかったわけではなく、和也にとってはそれなりに重要だった質問に何も答えて貰えず、結果的に無視されたことが少し悲しかったのだ。

真奈美を連れてきたのも、今の問いをはぐらかしたのも、まだふたりきりになってそのような関係になりたくないという真澄の意思表示なのだと和也は解釈した。おそらく真澄はまだ和也が期待しているような大人の恋人同士の関係を望んでいないのだろう。

それなら、軽くとはいえ酔った状態でこのままこれ以上ふたりきりでいない方がいいかなと和也は思った。

このふたりだけの状況を真澄は望んでいないから真奈美を連れてきたのだ。

「さっき見た卒業アルバムの変な写真が、竜彦の持っているアルバムも同じなのか確認してくれって彼に頼んだんだ。せっかく話題から外れたのに、ふたりに聞かせてまた変に怖がらせるのは嫌だなと思っただけ。

それじゃ、真澄もそろそろ送って行こうか。駅まででいい?」

時刻はまだ五時前で外はまだ明るい。

真澄はまだ和也の部屋にいるつもりだったのか、立ち上がった和也をえっ?と驚いたような顔で見上げた。

しかし和也がそのまま玄関横のクローゼットを開けて自分のジャケットを取り出すのを見て、真澄も黙ってソファから立ち上がるとハンガーに掛けてあった自分の上着を取った。

nextpage

◇◇◇◇

和也のマンションから最寄りの下北沢駅まで徒歩十分ほどだ。

梅雨入り前の春のそよ風が、軽く酔った顔に心地良い。

真澄は、自分が真奈美を連れて行ったことや、さっきの質問に答えなかったことで、自分が壁を作っていると彼が受け取ったのは解っていた。

自分でも失敗したと思っており、なんとかリカバーしなければと思っていたところで和也が立ち上がってしまった。

しかし和也が特に怒っているようには見えなかったので、特に逆らわずそのまま送って貰うことにしたのだ。

実際、和也も怒っているわけではなく、真澄が純粋で素直な子なのは付き合う前から解っており、真澄が自然とひとりでマンションに来るようになるまで、焦らず気長に付き合っていこうという気になっていた。

商店街の人混みの中をふたりで腕を組んで歩いていると、不意に真澄が和也の腕を引いた。

「ねえ、あそこの焼鳥屋のオープンテラスで真奈美と竜彦さんがビール飲んでいるわよ。行ってみる?」

和也がそちらを見ると、確かに一番端のふたり掛け席に向い合せで座り、笑顔で何かを話しているふたりの姿が見える。

こうやって見ると自分で引き合わせておいて言うのも何だがお似合いのカップルになりそうだ、と和也は微笑んだ。

「いや、俺はまだお腹いっぱいだし、竜彦はふたりきりになりたくてさっさと俺のマンションを出たんだ。邪魔しない方がいいよ。そもそもそんなに混んでいないのに、あんな風に一番隅のふたり掛け席に座るということは誰にも邪魔されたくない証拠さ。さあ行こう。」

nextpage

◇◇◇◇

「竜彦って本当に彼女いないの?」

ビールのジョッキを片手に真奈美は竜彦の顔を見つめた。

「彼女がいたら、あの和也が今日みたいな場に俺を誘うと思うか?和也は真奈美が彼氏募集中なのを知っていたんだろう?」

「そうね。和也ってそういうところ、嫌になるほど純粋と言うか真面目だからね。ウブな真澄とお似合いだわ。」

竜彦と真奈美は、共通の友人である和也をネタに盛り上がっていたが、真奈美がふと思い出したように言った。

「そういえばさっきの卒業アルバムって、もちろん竜彦も持っているんでしょう?」

「ああ、うちに帰ったらあの写真を確認してみてくれってさっき和也に言われた。」

「それ面白そう。私も竜彦のアパートにアルバムを見に行っていい?」

「え?これから俺の部屋へ来るの?真奈美は誰か友達を誘わなくていいのか?」

そう言って竜彦は笑った。

nextpage

◇◇◇◇

まだ名残惜しそうな真澄を駅まで送り届けた和也は真っ直ぐマンションに戻ったが、夕食の時間になっても一向にお腹が空かないため、簡単なつまみを作ると焼酎をロックでグラスに注ぐとソファに座った。

テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばしたところで、テーブルの上に出したままになっていた卒業アルバムに目が留まった。

いったいあの高橋友利子の写真はどうしたのだろう。卒業アルバムはこれまで何度も見てきたはずだが今日まで全く気がつかなかった。

和也は卒業アルバムを手に取ると、もう一度先ほどのページを開いてみた。

「あれ?」

そこにある高橋友利子の写真は、先ほどの状態が嘘のように、見覚えのある細長で少し暗い印象の顔がはっきりと写っているではないか。

見間違えではなかったはずだ。

ここで三人がそれを確認している。

そういえば真澄は、ダイニングから不安そうな顔をして和也達の様子を見ているだけで、傍に寄ろうとしなかった。

なぜだろう。

separator

和也はアルバムの写真を見ながら高橋友利子のことを思い出していた。

神奈川県にある県立高校に通っていた頃、彼女は熱烈な柳瀬竜彦のファンだった。

今思えばストーカーと言っても過言ではなかったが、竜彦はそれとなく彼女から逃げ回っていた。

それでも忌み嫌っていたわけではなく、根っから優しい竜彦は、逃げ切れずに彼女と顔を合わせてしまった時にはそれなりに対応していたため、彼女は更に舞い上がっていくという状況だったのだ。

そして高校三年生になり、竜彦に当時一年生の可愛い彼女が出来ると、その一年生の彼女に対し高橋友利子の陰湿ないじめが始まり、結局、竜彦は彼女と別れることになった。

その時、竜彦はものすごい剣幕で高橋友利子を怒鳴りつけたのだが、和也にとって竜彦が怒りを顕わにして他人を罵る姿を見たのは後にも先にもこの時だけだ。

それ以来高橋友利子は竜彦の前に積極的には姿を現さなくなったが、それでもこっそり竜彦の自宅の周辺をうろついたり、学校の帰りに後をついて来たりしていた。

しかしその後、和也と竜彦は同じ国立大学に合格し、神奈川を離れて九州へ引っ越した。

そして同窓会の時に彼女が病死したことを噂話として聞いた。

その後、就職して東京に戻ってきた時にはもう彼女の存在すら忘れていた。

先ほどの卒業アルバムを見るまでは・・・・

nextpage

◇◇◇◇

卒業アルバムを見ながらぼっとしていた和也はスマホの着信音で我に返った。

時計を見ると夜の八時を過ぎたところだ。

見ると竜彦からだ。

和也が電話に出ると竜彦の明るい声が聞こえてきた。

「おお和也、帰って卒業アルバムを見てみたけど、俺のアルバムも同じだったよ。やっぱり印刷か何かの問題だったのかな。」

それを聞いた和也は一体何が起こっているのかを必死に理解しようとした。

アルバムが交換されたのかと考えてみたが、和也のアルバムを竜彦が自分で持ち帰り、写真が歪んでいないアルバムを和也の部屋に持ってくるなどということは出来るはずもないし、何のためにという説明がまったくつかない。

「おい、和也、どうしたんだ?大丈夫か?」

返事をしない和也を不審に思い、竜彦が問いかけてきた。

(和也がどうかしたの?)

電話の向こうで小さく真奈美の声がする。

「いや、ごめん。ちょっと不思議なことが起こったんで考え事をしていた。」

和也は慌てて返事をした。

「不思議な事って?」

「いま目の前にある俺の卒業アルバムの高橋友利子の写真が元に戻っているんだ。」

「はあ?どういうことだ?」

「どういうことだかわからないけど、とにかくここにあるアルバムの高橋友利子の写真は何もおかしくない状態なんだよ。」

今度は竜彦が黙ってしまった。

電話の向こうで真奈美が竜彦に問いかける声が小さく聞こえている。竜彦は真奈美に簡単に説明しているようだ。

「和也、そのページをスマホで撮って送ってくれないか。」

「わかった。」

和也は言われた通りに高橋友利子の写真をカメラで撮影し、すぐに竜彦に送った。

nextpage

「和也、これはどう解釈すればいいんだ?」

メールに添付された写真を見た竜彦が電話の向こうで暗い声を絞り出すようにして呟いた。

「送った写真が何ともないのであれば、俺の物、竜彦の物に関わらず、竜彦が手にしている卒業アルバムでしか、この変な現象は起こっていないということになるな。」

和也の声に竜彦は更に暗い声で返した。

「高橋友利子か、あの女はまったく・・・。いったい何が目的でどうすればこうなるんだ?」

「さあな。」

その時和也のスマホの着信音が鳴った。見ると真澄からだ。

「ごめん、真澄から電話だ。いったん切るよ。」

和也は達也との通話を切ると真澄からの電話を取った。

「和也!竜彦さんのアパートの場所を教えて!真奈美が危ない!」

「どうしたの?」

「いま、真奈美から電話があって事情を聴いたんだけど、あの卒業アルバムはだめ。すぐに何とかしなきゃ!」

「わかった。詳しい話はあとで聞くから、京王線の幡ヶ谷駅に向かって。俺もすぐに行く。」

separator

◇◇◇◇

電話から十五分後に和也と真澄は幡ヶ谷駅の改札で落ち合った。

「とにかく行ってみよう。」

真澄とアパートへ向かいながら、和也は竜彦に電話をしたが反応はない。

真澄も真奈美に何度も電話をするのだが、真奈美も電話の呼び出し音に何の反応も返ってこない。

つい先程までふたりともそれぞれ電話で話をしていたのに何が起こったのか。

和也は真澄の手を握ると小走りで竜彦のアパートへと向かった。

「きっとその高橋友利子という人の竜彦さんへの思いが卒業アルバムのあの写真に染みついているのよ。

たぶんその写真を撮影した時にその人は、竜彦さんがずっとその写真を持ち続けることになるというのを考えられないくらい強く意識したんだわ。

竜彦さんや和也、そしてたくさんの同級生達が普通にアルバムを見ているのであれば何事もないんだけど、今日はアルバムを開いた竜彦さんの気持ちが隣にいる真奈美の方に向いているのを感じ取って、その強い嫉妬の念があの写真を歪めたのよ。

そしてよせばいいのに、真奈美は竜彦さんのアパートまでついて行って、またアルバムを開いた。

直ぐに止めさせなきゃいけないと思って真奈美に電話でそう言ったんだけど、途中で電話が切れちゃったのよ。」

アパートの階段を駆け上がり、竜彦のアパートの呼び鈴を鳴らしたが反応がない。

すると突然部屋の中でどたばたと暴れるような音がしたかと思うと、竜彦と思われる男の声で悲鳴が聞こえた。

和也は慌ててドアを開けて中へ飛び込んだ。

「竜彦!大丈夫か!」

和也の目の前には、竜彦が腕から血を流してリビングの壁に寄り掛かって座り込み、その前に下着姿の真奈美が包丁を手にして達也と真澄に背を向けて立っている。

和也の声に振り返った真奈美の顔が、和也には一瞬全く似ていない高橋友利子の顔にダブって見えた。

そして次の瞬間、真奈美は操り人形の糸が切れたように、くたっと倒れそうになったのを和也が慌てて抱きかかえた。

「おい、真奈美!大丈夫か?竜彦も大丈夫か?」

和也の言葉に竜彦は頷きながら上体を起こした。

「真澄、そのベッドから毛布を取ってくれ。真奈美を頼む。」

和也はそう言って抱きかかえた真由美を毛布に包んで真澄に預けると、部屋の棚から救急箱を取り出し、竜彦の腕の応急手当てを始めた。

「傷は表面だけで問題はなさそうだな。いったい何が起こったんだ?」

傷の手当てをしながら和也が尋ねると竜彦は途切れがちに話を始めた。

separator

彼の話によると、和也と電話をしている時、真奈美は少し離れたところで真澄と電話していた。

すると後ろでゴトッと電話を落とすような音が聞こえたのだ。どうしたのかと思って振り返ると真奈美が電話を床に落としたまま、こちらに背を向けて床に座り込んでいる。

ちょうどそこで真澄から着信があったと和也が電話を切ったので、真奈美の傍によると真奈美にいきなり押し倒され抱きつかれた。そして抱きついたままじっと動く素振りを見せない真奈美に対し竜彦はそのまま様子を見ていた。

どのくらいの時間そのままの状態でいたのかわからないが、竜彦の上に覆い被さっていた真奈美がいきなり上体を起こして服を脱ぎ、下着姿になると竜彦の首に手を回して叫んだ。

「私は竜彦のことだけをずっと見てきたんだぞ!」

separator

「高橋友利子か・・・」

そこまで話を聞いた和也が、やっぱりと言うように呟いた。

「ああ、あの口調は彼女に間違いない。そして俺には首を絞めているその顔が高橋友利子に見えた。」

separator

そしてこのままでは殺されると思った竜彦は夢中で真奈美を突き飛ばし、しばらくそのまま揉み合いになったが、真奈美はいきなりキッチンの包丁を掴み、竜彦に切りつけてきたところで和也と真澄が踏み込んできたのだった。

nextpage

「和也達が来てくれるのがもう少し遅かったらどうなっていたか解からなかった。ありがとう。」

「いや、礼なら真澄に言ってくれ。ここへ来なければいけないと言い出したのは彼女なんだ。なあ、真澄、いったい何があったんだ?」

毛布に包まって真澄の膝に頭を乗せている真奈美の肩を優しくなでている真澄は、和也の言葉に頷いた。

やはり卒業アルバムのことが気になった真澄は真奈美のところに電話を掛けたのだ。

そもそも真澄は和也の部屋にいた時にあの卒業アルバムには嫌な雰囲気を感じており、三人が高橋友利子の写真を見て騒いでいる時も傍に寄らなかった。

真奈美はすぐに電話に出て、和也と竜彦が電話で話している内容をメールでの写真のやり取りも含めて真澄に話をしてくれていた。

ところが途中で真奈美の口調がおかしくなり、言っていることが意味不明になってきたと思ったらいきなり電話が切れたので、これは真奈美に何かが起こったのだと思い、慌てて和也に電話したのだった。

nextpage

◇◇◇◇

「私は、真澄と電話で話している途中からまったく記憶がないの。そこまでは真澄の話の通りだわ。」

いつからかわからないが、話の途中で意識を取り戻した真奈美は膝に頭を乗せたまま話を聞いていたようだ。

「真澄、やっぱりあの卒業アルバムか?」

和也の問いに真澄は頷いた。

「うん。昼間は和也のアルバムからしていた異様な雰囲気が、今はそのアルバムからしているわ。こっちの方が強いくらい。」

竜彦の部屋のアルバムはずっと彼と一緒に在ったのだから、気配も強くて当然だろう。

「そうか。竜彦、この卒業アルバムは処分するしかないみたいだな。」

さすがに卒業アルバムを処分するのは抵抗があるかと思ったのだろう、和也の言葉に真澄が申し訳なさそうに頷いた。

しかし竜彦本人は意外にあっさりとそれに頷いた。

「じゃあ、この週末にでも実家に帰って、俺と竜彦のアルバムを諏訪神社でお焚き上げにして貰ってくるよ。」

「あれ?和也のアルバムまで処分することはないだろう?」

「お前とはまだまだ長い付き合いになるだろうから、俺の家にもアルバムを置いておくわけにはいかないさ。今日の昼間に実証済みだろ?」

「そうだな。すまん。」

「お前のせいじゃないよ。そんなわけだから、真奈美も今日のところは服を着て一緒に帰ろう。」

いつの間にか体を起こし、毛布に包まって真澄の横に座っていた真奈美は、唇を尖らせて不満そうな顔をした。

「夕方電話して今日は真澄の家に泊るってせっかく許可を貰ったのにな~。ねえ和也、和也のマンションにそのアルバムを持って帰ってくれない?家に置いておくのが一冊でも二冊でも変わらないでしょうし、どうせお焚き上げする時には持って帰るんでしょ?お願い!」

nextpage

真澄は反対したが、結局真奈美に押し切られる形となり、和也は竜彦のアルバムを持って帰ることになった。

電車だとふたりは別ルートであり、幡ヶ谷駅の改札を抜け和也は真澄と別のホームへ向かった。

「和也、気をつけてね。そのアルバムは竜彦さんのところに居たかったのを無理やり連れて行くんだから。」

「ああ、でも週末には実家に帰ってお焚き上げにしちゃうからね。そうだ、週末は一緒に行こうか。せっかくの機会だから真澄のことを家族に紹介したいからさ。」

「本当?うれしい!楽しみにしているわ。」

真澄は、嬉しそうに満面の笑顔で手を振ってホームへの階段を登っていった。

nextpage

◇◇◇◇

しかしそれは叶わなかった。

その帰り道、和也が自宅のマンション前の交差点で信号待ちをしているところに、居眠り運転のダンプカーが突っ込んだのだ。

和也は即死だった。

separator

突っ込んだダンプカーのドライブレコーダーには奇妙な映像が残されていた。

車道から交差点の歩道に向かって突っ込んでいくダンプカー。

その正面には信号待ちをしているひとりの男性が立っている。

その男性は突っ込んでくるダンプカーに気がついており、逃げようとするのだがその場でもがいているだけなのだ。

よく見ると男性の腰の辺りに髪の毛の長い女がしがみついていた。

そして男性が絶望的な表情を浮かべダンプカーと衝突するのだが、現場に残された被害者はその男性だけで、しがみついていた女性の姿は何処にもなかった。

そしてドライブレコーダーに映っていた男性が抱えていた大きな本のようなものも現場からは見つからなかった。

nextpage

◇◇◇◇◇◇◇◇

事故から一週間後、真澄は喪服を着て和也の遺影が飾られた祭壇の前で手を合わせていた。

この場に竜彦の姿も真奈美の姿もない。

和也がダンプに轢かれた翌朝、目を覚ました竜彦が目を開けた瞬間、和也が持って帰ったはずの卒業アルバムがテーブルの上に置かれているのを見た。

まだ寝ぼけた頭で和也が忘れていったのかと思ったが、玄関を出て行く彼は間違いなくアルバムを抱えていた。

竜彦は、慌てて飛び起きると裸のまま隣で背中を向け寝ていた真奈美を起こそうと彼女の肩に手を掛けた。

ごろりと竜彦の方に転がった真奈美は恐ろしい顔をしたまま冷たくなっていた。

そして竜彦は極度の精神障害を起こし、そのまま入院してしまったのだ。

separator

真澄は流れる涙を拭おうともせず、手を合わせたまま思った。

nextpage

あの時・・・あの時・・・私にほんのちょっとの勇気があれば。

大好きな和也さんのところをひとりで訪ねられる、小さな、小さな勇気があれば、

こんなことにはならなかったのに・・・

FIN

Concrete
コメント怖い
0
7
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ