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超短編小説「猫角家の人々」その23

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超短編小説「猫角家の人々」その23

日本の刑務所は、覚醒剤犯で溢れかえっている。男子刑務所も女子刑務所も同じ状況だ。収容者数は、刑務所定員のほぼ100%に相当するが、地方によっては定員をオーバーしているところもある。

覚醒剤犯は、刑期を終えても働くところがない。結局、闇の世界に舞い戻って、1年もしないうちに覚醒剤の再犯で刑務所に逆戻りする。再犯率は65%を超える。

一方で、どんなクズでもいいから働き手を欲しがっている業界がある。介護業界だ。介護の現場では、労働力が絶対的に足りていない。きつくて汚い仕事なのに、報酬は驚くほど低い。2015年の法改正で介護報酬が大幅に下方修正された。おかげで介護の現場の非正規雇用の人たちの給与は、極端に抑えられることになった。それ以前でも、生活できるレベルではなかったのに。だから、誰もこの業界で働こうとしない。当たり前だ。福祉関連の短大や専門学校も、学生が集まらない、定員割れの状態だ。

介護職の有効求人倍率は、全国平均で2倍超であり、東京に限れば、4.34倍である。高齢化が先行している大都市圏では、特に介護職の人材不足が顕著になっている。政府は、インドネシア辺りの若い女性が日本の国家試験に受かれば、在留資格を与えるとして、介護現場の人手不足を緩和しようとした。だが、ほとんど、試験に受からない。2009年には、政府は、失業者やホームレスまで対象にした「重点分野雇用創造事業」を実施し、介護業界には、普通ではない人たちが送り込まれた。それでも全然足りないのだ。この常軌を逸した政策、何ら、結果を生まなかったようだが。

今、介護施設に面接に行けば、どんなチンピラでも即時、採用される。シャブ中でも見て見ぬふりをされる。日本が誇るクズの中のクズが、介護業界に集まる。ついには、刑務所で、介護業界への就職を念頭に置いた訓練まで始まった。シャブ中崩れが、出所したら、まっしぐらに介護施設にやってくる。

勿論、こつこつとひたすら介護の仕事に、真面目に取り組んでいる人たちはいる。その人たちにおんぶにだっこで、介護事業はかろうじて成り立っている。だが、クズも紛れ込んでくる。自然と、介護事業には不祥事がつきものになる。

覚醒剤中毒者は、「打ち過ぎ」で、突如、勤務を休んだり、奇行に走ったりする。普通の企業では、長続きしない。だが、介護の現場では、そんな人材でも首にはならない。施設長は、歯を食いしばって、どうしようもない従業員を許す。許すしかないのだ。そんな「大甘」な職場だからこそ、シャブ中の巣窟となる。シャブ中は、平気で、老人を窓の外に放り出したりする。もはや人間ではないから、人間の命の価値など分からないのだ。

日本の高齢化はますます進んでいる。2025年までに現在の介護職240万人を350万人まで増やさないと、業界が破綻するという。介護2025年問題だ。

50代のシャブ中男、真っ黒(仮名)は、数年前に介護業界に転職してきた。前の職場では、シャブ中による奇行や本人の猜疑心などで、勤務が続けられなくなった。シャブ中が進行するとひどい被害妄想に囚われる。常に見張られているのではないか、警察に尾行されていないかとびくびくする。幻覚や幻想に襲われる。目の前を自転車に乗った熊が通り過ぎていく。これでは、真っ当な会社で仕事は続けられない。自己都合で退職する。

50過ぎて再就職先を探してはみたが、介護業界以外、求人はなかった。横浜あたりの介護施設にヘルパーとして入ることにした。そこは悪の巣窟だった。職員の半分はシャブ中。セクハラ、パワハラは年中行事。収容者は人間扱いされず、徘徊者は平手打ちで制裁される。だが、真っ黒(仮名)には、結果的に、理想の職場だったのである。

シャブ中は、金がないと続けられない。1パケで2万は掛かる。もっとも、この値段は、玄人さん向けであり、市場価格を知らない素人さんには、1パケ20万で売られる場合もある。覚醒剤の効力があるのは打ってから数時間のみだ。真っ黒は、シャブをもっと頻繁に打ちたい。そのためには、金を稼がなければならない。だが、介護施設の給与など、シャブを10袋も買えない金額だ。お話にならない。ちなみに、シャブは、ネットで簡単に買える。隠語を使って「シャブを売っている」と分からせるサイトがいくらもある。そこに注文すれば、ヤウマト運輸の宅急便で、すぐに送ってくる。ソガワ急便は、いい加減なので使えない。(続く)

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