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中編4
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山の送迎

ええ、特に、大した理由は無かったんですけどね。

たまにはこう、緑に囲まれた風景を見たいなぁとか、大自然の空気を思いっきり吸い込みたいなぁ、なんて思うこと、ありません?

あの時の私もそんな風に思って……たまたまテレビのCMで流れてた山の風景に感化されたのかな。

最近ずーっと仕事仕事で、あんまり何処かに出掛けるってこともしてなかったもんですから……よし、次の休日は思い切って泊まりの旅行にでも行ってみよう!と。

ただまあ、あんまり貯金に余裕がある訳でもなくて。

隣県の、そこそこお安い値段で泊まれる旅館をネットで探して、予約してね。

で、その旅館の場所っていうのがまあ、結構な山奥にあるところでして。

近くを流れる清流で捕れる川魚を使った料理が大人気!ってところなんですけど。

私は車を持ってないので……というか、そもそも免許を持ってないので、電車やらバスやらを乗り継いで行かなきゃいけないんですよね。

でもねえ、如何せん田舎の地域ですから……そういった公共交通機関も、運行本数がなかなか少ないんですよねぇ。

あ、勿論、事前に旅館までの道程の下調べはきちんとしましてね、乗り遅れることはないぞ!って意気込んでたんですけど……。

家を出て最寄り駅に向かう最中に、酔い止めを忘れてしまったことに気づいて……ええ、乗り物酔いしやすい質なもんですから。

それを取りに行ってる間に、予定してた電車に乗り遅れてしまって。

結局、そこからズルズルと予定がズレ始めてしまいまして、ははは……。

さっきも言った通り、向こうは運行本数が少ないのもあって、一度乗り遅れがあると大変なんですよね。

それでまあ、予定よりも1時間半くらい、遅れちゃったんだったかな。

旅館の最寄りのバス停のすぐ傍にある小さなドライブイン……と言っても、自販機とベンチとトイレがある程度の簡素なものなんですけど、旅館の人がそこまで送迎バスを出してくれる予定だったんですけどね。

それも少々、時間が噛み合わなくなってしまいましてね。

一応来てはくれるんですが、3、40分程そこで待つことになったんです。

忘れ物して遅れてしまったのは私だし、山道を荷物持って歩いてってのも、しんどいですから。

持ってきた小説でも読みながら、待つことにしたんです。

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で、ベンチで小説を読んでると、山道の上の方からエンジンの音が聞こえてきましてね。

ふっと顔を上げると、白いバンがドライブインに入ってくるところだったんです。

あ、旅館の人が来てくれたんだって。

そう思いかけて、ふと、あれでもおかしいなって思い直したんです。

だってその時、まだ小説をほんの数ページ程度読んだところでしたから。

待ち始めて、まだそんなに時間は経ってないはずなんですよね。

待てって言われてた時間までまだかなりあるし……でも、もしかしたら早く来られるようになったのかなって。

もしそうなら、待たせちゃいけないと思いましてね。

急いで荷物をかついで、取り敢えず運転手さんに、その旅館の方かどうか聞いてみようと思って、その車に近づいてったんですよ。

後部座席のドアが開けられてたんで、そこから中を覗き込んでね。

「あのぅ、○○旅館の方で合ってますでしょうか」って声を掛けようとして……。

思わず後退ってしまいました。

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……だってね、そのバン、中には既に何人か乗ってたんですけど。

運転手さんも、他の人たちも、みーんなこっちを見て、笑ってるんです。

口角を思いっきり上げて、ニタァーッと。

お爺さんにお婆さん、若い女性とか……4、5人座ってたかな。

その人たちがみんな、ほっぺたの筋肉が攣るんじゃないかってくらいの笑顔を浮かべてるんです。

まるでマネキンみたいに、みんなおんなじ表情で、微動だにせずにこっちを見てて……。

もう私、驚いてしまって、怖くって、動けなくなってしまいましてね。

ほんの1分程度だったようにも思えるし、何分も固まってたようにも思えるんですけど。

やがて目の前でバンの扉がスッと閉まりましてね。

そのままドライブインを出て、来た道を登っていきましたよ。

フロントガラス越しに見えた運転手の顔は、さっきの笑顔はなんだったんだってくらい、凍りつくような無表情でした。

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それから30分くらい経ったのかな。

旅館の名前がラッピングされたバンが、ドライブインに入ってきましてね。

恐る恐る近寄って「あの、さっき、旅館の他の従業員さんはこちらまで来られましたか」って聞いてみたんですが、運転手さんはキョトンとされてました。

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ええ、旅行自体は楽しいものでしたよ。

旅館の食事は美味しいし、お風呂も広くていい気持ちで、翌日は近くの観光地をブラブラ散策して帰ってきました。

いい気分転換になった旅行だったんですけど……。

やっぱり、あの白いバンはなんだったんだろうって、そこだけが頭の隅っこに引っかかりましてね。

どこから来た車だったんだろう。

もし、乗り込んでたらどうなってたんだろう。

どこへ連れていかれたんだろう。

そう考えると、今でもぞぞぞっと鳥肌が……。

もうあんまり、あの地域には近づきたくはない……ですねぇ……。

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