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てのひら怪談 第15話  

  

              「逆(さか)読み」

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ある深夜、SNSに、某有名出版社の編集者と名乗る人物から着信があった。

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今から12年ほど前、某投稿サイトに挙げた小説『愛は永久に』が、一部マニアの間で話題になっている。是非、当社から出版させてくれないだろうか。との知らせだった。

寝耳に水とは、このことだろうか。

そもそも、『愛は永久に』なる作品を書いた覚えがない。

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12年前といえば、まだ若く、家は貧しくどん底の生活を余儀なくされていた。唯一の楽しみといえば、ネット投稿サイトを訪れたり、SNSでやり取りすることぐらいだった。

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例の投稿サイトには、会員登録はしたものの、1~2作投稿した段階で作家になる道は諦めた。

元々、大手出版社やマスメディアと繋がりのあるサイトであり、大した実績もない新参者が、初投稿作を読んでもらえるはずもなく、フォロワー0 閲覧回数2回 いいね1 という現実を突きつけられ、ひたすら猛省したことだけは記憶にある。

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バズるような作品など投稿した覚えはない。

なにかの間違いに違いない。

大手出版社の編集者からの連絡とあらば、無礼があってはならないと、言葉を選びながら、その旨を伝え、何度も文面を確かめ送信した。

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その後、今、何が起こっているのかこの目で確かめるべく件のサイトを訪れてみた。

もしや、新手の詐欺かもしれないという一抹の不安を胸にいだきながら。

だが、その懸念はすぐに消え去った。

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真っ黄色な背景に、ピンク色のトップページ。

その一面に、『愛は永久に』のタイトルとともに、私のハンドルネームが大きく掲げられていた。

それだけで十分驚愕に値するのだが、つづく謳(うた)い文句には、空いた口が塞がらなかった。

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「シンデレラストーリー」が「身の毛もよだつホラー」に。

さぁ、今すぐ『愛は永久に』本編を「逆(さか)読み」してみよう。

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更に、読者のコメントが続く。

「前から読むか。後ろから読むか。一読で2度美味しい作品」

「後ろから前からどうぞ。Wwww マニア必見。満足すること間違いなし」

「今年の流行語大賞は、『逆(さか)読み』で決まり」

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困惑しながら、私自身が書いたという『愛は永久に』を読みに行く。

長編だが、意外とサラサラと読める。

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ー(冒頭)事業に失敗した父親の放火による一家無理心中という悲惨な話から始まる。唯一生き残った長女ユキは、火傷の後遺症に苦しみつつ、まさしく身を挺し、時に、悪事に手を染めながら、地を這うような努力と苦労の末、父親の借金を、わずか3年あまりで全て返済する。ー

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なんなの。これ・・・どうして、分かるの。

完治したはずの古傷が痛み、身体中から冷や汗が吹き出す。

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今すぐにでも読むのを辞めなければ・・・

慌ててタッチパネルに指を這わせるも、画面は、スクロールし続け止まらない。

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ー爪に火を灯すような暮らしを続けていた。ひとり彷徨う新宿歌舞伎町で、髭を蓄えた老人に声をかけられる。

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『重荷をおろしたければ、次の2つを必ず守ること。毎朝4時に起きこれを拝むこと。』

『夜10時以降は、決して水を飲んではならない。』

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「いいね。違う人生を歩みたければ、この2つは、必ず守ること。12年後、また、会いに来る。』

老人は、そう言い残し、私の手のひらに3センチほどの小さな「こけし」を乗せると、雑踏の中へと消えていった。ー

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頭が割れるように痛む。

だくだくだく

心拍数があがっている。

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うわあああああああああああああ

私は、膝をつき、その場に四つん這いになった。

はぁはぁはあ

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目をそらしたくとも、なぜか画面から目が離せない。

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ーその後、職場の同僚から、副業として、「投資」を持ちかけられたのをきっかけに、ユキは、トレーダーへと転身する。あの忌まわしい一家無理心中の後、空地になっていた我父親の土地ごと買い戻し、小さなレストランのオーナーとなる。ー

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ー店は、大成功を収め、たまたま、身分を隠し、店にアルバイトに来ていた大手企業社長の御曹司と恋仲になり、ほどなくユキは、プロポーズされ結婚。レストラン以外にも、数十社を経営する女性事業家兼敏腕トレーダーとして活躍するようになったのだった。ー

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ーユキは、過去を振り返り感慨にふける。

あの老人にあった日から、私の運気が変わった。絶望と不幸のどん底から、這い上がれた。

私は、どんなに疲れていても朝4時に起き、こけしを拝む。そして、午後10時以降は、アルコールはおろか水すらも口にしない。なぜなら、大切な約束だから。ー

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「なぜなら、大切な約束だから。ね?」

背後に、あの時の老人の声がした。

「約束通り来ましたよ。今日は、夏至。そう、12年前のあの日と同じ、あの日も、暑かった。家族みんな熱かっただろうな。まぁ、君だけは違うか。」

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わなわなと震える私を前に、老人は、更にゆっくりと話し続ける。

「さぁ、今度は、逆から読んでみようか。残りの人生、後ろから生きてみるだけさ。なぁに、気にすることはない。すぐに読み終わる。」

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夏至の夜。

公園のベンチで、女性ホームレスがひとり息を引き取った。

死因は、極度の脱水症。枯れた小枝のように痩せ細った手には、3センチほどの小さなこけしが握られていた。

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流行語大賞『逆読み』狙いましょう

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