長編11
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【廃墟実況ライブ】

深夜番組【潜入!あなたの町の噂の廃墟】。

※※※※※※※※※※

町で怖い噂のある廃墟を渋いシニア男優のSが訪れて、潜入実況中継を行うというものだ。

来訪する廃墟は基本的に、各地の視聴者から送られてきたお便りで決められている。

Sが言うには、

「時間と手間を掛けて行った割には単なるこけおどし的な場所がほとんどなんだけど、ごく稀に本当にポルターガイスト現象とかの霊現象が起こったヤバいところとかがあったな」ということだ。

次にあげる話は、Sがこれまで訪れた廃墟の中でトラウマ級に恐ろしかったものを後日、本人から直接聞いたものだ。

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「それは梅雨が明け夏も間近になった、蒸し暑い頃のことだったかな。

その日深夜私が訪れた廃墟は古びた二階建ての日本家屋で、山あいにある小さな部落の外れにあった。

両脇に山林の迫る細い砂利道を抜けると申し訳程度の砂地があり、その先からは立ち並ぶ竹林が車の行く手を拒んでいる。

その奥に目的の家屋はあるということだった。

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竹林の手前で皆車を降りる。

それから私は紹介者である視聴者の男性Hさんの背中に付き従いながら満月の下、立ち並ぶ竹の間をスタッフらとともに歩きながら玄関口へと向かっていた。

私の後方にはチェックのシャツを着た髭面のカメラマン、それから小柄の小太りディレクターが続く。

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『こりゃまた、すごいところだな』

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最後尾を歩くディレクターの声が聞こえる。

しばらくして竹林を抜けると視界が開けて、半世紀をとうに過ぎたであろう古びた日本家屋の正面がその姿を見せた。

家屋玄関前の広場に歩き進んで行く。

そして立ち止まり向き直ると、正面でカメラを構えたカメラマンに向かって喋りだした。

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『今、私はF市北部山あいの集落外れに建つ古い日本家屋の玄関前に立ってます。

今回のこの廃墟への来訪は、当番組視聴者であるHさんのお便りが発端なんですが、今日はご本人にも同行していただいております。

それではHさん、この度の経緯をお願いします』

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30代後半くらいの木訥な感じのHさんが私の隣に立ち軽く会釈した後、口を開く。

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『ボクはこの近くの部落の者で、今は家業の農家を継いで生活してます。

ここの家は大正の初め頃に建てられたらしく、代々土地の者が住まわれていたそうなのですが、昭和の終わり辺りからずっと空き家だそうです』

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『どういう理由で空き家に?』

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私の問いにHさんは顔を俯けながら、また口を開く。

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『これはじいちゃんから聞いたんですが、ここに最後住んでいた家族は初代から数えて3代目だったらしく、そこの父方の祖母、父母、それとその長男と妹だったそうです。家族で細々と家業の農業を営んでいたということらしかったのですが、長男だけはいつの頃か日がな一日家にいたそうです。当時の噂では、屋根裏の座敷牢みたいな部屋に閉じ込められていたということでした』

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『座敷牢!?』

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令和の今は聞くことのない意外な言葉に驚いた私は、思わず声を漏らした。

Hさんは私の顔を見ると軽くうなずき、また続ける。

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『はい。

というのは長男はある日を境に精神を病みだし、おかしな行動をとるようになったからなんです。

若い頃の彼は三度の飯よりも猟が好きだったらしく暇さえあれば裏山に分け入り、日がな1日鹿やウサギそして猪などを撃っては楽しんでいたそうです。

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そしてある日の夕暮れのこと、猟から帰った彼は、とてつもない獲物を仕留めたと言って異常に喜んでいたということでした。

大八車に乗せられ縄で縛られたそれは、体長3メートルはある立派な角をした巨大な雄鹿だったそうです。

ただそいつは普通の風体をしてなかった。

その体躯は金色の毛並みをしており、顔面は人間そのものだったということでした。

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長男は家族を庭に呼び出すと横たわるその異形の鹿を指差しながら、俺はとうとう【山の主】を仕留めたんだと言って狂ったように小躍りしていたということでした。

ですが他の家族たちは、こんな大それたことをして後から天罰が下るのでは?と恐れおののいていたということです。

そしてその心配は的中し、その翌日から彼の行動は常軌を逸脱し始めたそうです。

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まずあれ程好きだった猟には一切興味を示さなくなり、外に出歩かなくなりました。

それから1日中裸で過ごすようになり、何故か四つ足でうろつくようになります。

やがて四つ足で歩くのが普通になった後は家屋内には立ち入らず、庭で生活するようになりました。

そしてとうとう人間的な食事をしなくなり、その代わり裏山に分け入ってはウサギやネズミいたち、そして挙げ句は蛇などの小動物を捕まえては貪り喰ってたそうです。

心配したご両親はお医者さんに来てもらって診てもらったり、祈祷師に頼んで祓ってもらったり、したようなんですが、全くダメだったようで、最後はやむを得ず屋根裏に座敷牢を作り、そこに長男を閉じ込めてしまいました。

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そしてそれから数年経った暮れも押し迫ったある日の深夜のこと。

突然部落内を悲痛な男女の悲鳴が響き渡りました。

何事かと村人たちが外に出て辺りを捜索すると、悲鳴はこの家屋からということが分かり急いで入ると、1階の土間と居間にそこの祖母と父母が血だらけで倒れていたそうで、室内は凄惨な状況だったそうです。

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後から警察が言ったのは、祖母も父母もまるで野生動物に襲われたかのように喉元を喰いちぎられていて、出血多量で亡くなられていたということでした。

ただその時何故か家屋には、そこの長男と妹の姿が見当たらなかったようで、その後警察は村人たちとともに徹底的に捜索したらしいのですが一月経っても見つからず、未だに消息不明なんです。

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それから主を失ったこの家は見てのとおり、中も外も当時のまま時間が止まっています。

部落の者たちはここを『忌まわしい家』と呼び、誰1人として近付こうとしなかったそうです』

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『なるほど、なんだか凄く恐ろしい話ですが、それで今回お手紙いただいたのは?』

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尋ねると、Hさんはまた訥々と話しだした。

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『最初は平成の終わり頃だったと思います。

村人の何人かが、この空き家には誰かいるのでは?と言い出したんです。

よくよく聞いてみると、猟とかの帰りにこの家の前を通り掛かった時、2階の飾り窓にボンヤリ灯りが灯っていて、窓辺に人が立っているのが見えたというものでした。

また生い茂る木々の狭間を四つ足で歩く、奇妙な動物を見たという者もいました。

それは令和に入ってからもちょくちょくあり、実は最近ボクも見たんです』

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そう言うとHさんは10メートルほど後方まで歩く。

私とスタッフも同じ位置まで歩いた。

そして家屋の三角屋根真下付近を指差す。

そこには建て付けの悪そうな飾り窓がある。

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『あの窓です。

あそこに真っ黒い人影が動くのが見えたんです』

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そう言ってHさんは深刻な面持ちで、私やスタッフの顔を見る。

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『あの窓の部屋は多分、かつて長男が閉じ込められていた座敷牢の部屋だと思うんです。それで今日はSさんたちに』

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『あの部屋に行って欲しいと』

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Hさんの言葉の後に、私が続けた。

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「あの家屋は所有者不明のまま既に数十年が過ぎていて、現在は町が管理している。

今回の放映はテレビ局が町の許可を得て行った。

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玄関の磨りガラスの格子戸はがたついたが、なんとか開いた。

背後から小太りディレクターがライトで照らす光を頼りに、私たちは中に踏み込む。

もちろん各々懐中電灯を携帯していた。

私、Hさん、カメラマン、ディレクターという順番だ。

カメラマンが再び撮影を開始する。

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室内はひんやりしていた。

うっすらカビ臭い香りが漂っている。

玄関入ってすぐは土間で、その先の小上がりの襖を開けて上がると畳の間があった。

そして私が小上がりの手前で靴を脱ぎ始めた時だ。

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『あっ』

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突然真後ろのHさんが声を出した。

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『どうしました?』

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私が慌てて振り向き、Hさんを見る。

彼はしばらくじっと無言で土間の奥の暗闇を凝視してたが、やがて『い、いえ、すみません見間違いのようです』と言ってまた正面に向き直る。

それから各々は靴を脱ぎ、畳の間に上がり込んだ。

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そこは8帖ほどの居間のようだった。

カメラマンが撮影しだす。

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中央に大きめの炬燵。

漆喰の壁際には懐かしい箱形のテレビに、年季の入った茶箪笥、そしてその上にはガラスケース入りの日本人形が置かれている。

壁の古時計は不吉なことに4時44分を指して止まっていた。

そして室内の要所要所にそびえ立つけやきの黒い柱。

まるで昭和初め頃から時間が止まったままのような風情だった。

私たちは家具などにぶつからないよう、慎重に歩き進む。

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途中私は振り向き肩越しにHさんに囁いた。

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『あの、さっき声出したの、何か見えたんですか?』

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すると彼は『い、いや、多分ボクの見間違いと思うんですけど、土間の奥に絣柄のモンペ姿を老婆がうつむいて立っているのが見えたんです』と言うと、すぐ正面に向き直った。

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居間の奥の襖を開くと、黒光りする廊下が左右に伸びていた。

ここでふたてに分かれて、階段を探す。

ディレクター、カメラマンが右手、私とHさんが左手に進む。

そしてふと廊下奥に視線をやった時だ。

瞬間、背筋がゾクリと凍りついた。

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奥の薄暗い辺りに、二人の男女が並び立っているのが見えた。

一人は紺の作業着姿の男性、もう一人は割烹着姿の女性、

どちらも年配の方々だったのだが、何をするわけでもなくうつむき虚ろな目をしてじっとしている。

だが私が目を擦り、もう一度見た時にはもうそこには誰もいなかった。

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しばらくして『あったぞ、こっちだ』というディレクターの声が反対側奥からして、皆はそこに集まった。

そしてまた私を先頭に、木製の階段をギシリギシリと軋ませながら登って行く。

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登りきったところには、また黒光りする廊下が伸びていた。

廊下に沿って襖がいくつか並んでいたから、私とディレクターが各々開いて中を覗いたが、殺風景な畳の間があるだけだ。

すると、

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『あの、あそこ、なんでしょうかね?』

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と言ってHさんが、廊下突き当たりのドアを懐中電灯で照らす。

皆は一斉にそこに視線を移し、あっと息を飲んだ。

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ドアの表面は無数のお札で埋め尽くされていた。

その全てに「忌」と赤い墨で書かれている。

しかもドア下方の床2ヶ所には盛り塩。

カメラマンがそこに近付き撮影しながら「こりゃ、ちょっとヤバいんじゃないんですか?」と声を漏らした。

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『だからといって今さら撤収なんか出来ないだろ?』

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そう言うと私はドアノブを握り力を込める。

するとそれはアッサリ回転し開いた。

中は人が一人入れるくらいのスペースで、急勾配の木製の階段が上方へと伸びている。

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私は緊張した面持ちでディレクターの顔を見てうなずくと、おもむろに階段を登りだした。

2メートルほど登った辺りは天井だったが、頭上は人一人が通れるくらいに四角くくり貫かれていて、そこから頭一つ出してみる。

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ひんやりした風が頬をくすぐった。

何故だか生臭い匂いが鼻をつく。

懐中電灯で辺りを照らしてみた。

そこはどうやら屋根裏のようで、光の輪っかは、複雑に絡み合う梁や土嚢、クモの巣などを断続的にとらえる。

屋根裏の天井までの高さは1・5メートルくらいだろうか、大人1人が何とか歩けるくらいだ。

そこはかなり広く、私はしばらく懐中電灯であちこち照らしていましたが、やがてアッと声を漏らした。

左手奥に木製の格子に仕切られたスペースがある。

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『おい、座敷牢らしいのがあるぞ』

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下を向くと、下から見上げるディレクターに声を掛けた。

それから私は天井裏に上がり、他の連中も一緒に上がる。

カメラマンはバッグから照明機材を取り出すと床面の適当な箇所に設置し、灯りを灯した。

屋根裏の片隅辺りの様子があからさまになる。

私は座敷牢らしき場所の仕切り前まで歩くと、正面のカメラマンに向かって喋り出した。

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『私は今、幽霊が現れるという噂の日本家屋屋根裏にある座敷牢の前に立っております。

ここはかつて、ここの長男が閉じ込められていたところなんです』

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座敷牢の入口ドアは開いていた。

カメラがそこから座敷牢の中を映す。

6帖ほどの板の間のようだ。

奥には小さな飾り窓が一つ。

真ん中辺りには丸いちゃぶ台が置かれ、周囲には箱形のテレビや茶箪笥、そして少し離れたところに畳まれた布団が積まれていた。

その側には用便用のおまるが置かれている。

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目を引いたのが、板の間のあちこちに無造作に転がる小動物の死骸。

カメラがそれらをアップする。

それはウサギやいたちの死骸だった。

どれも腹や手足を無惨に引きちぎられ、生々しい臓物は露出している。

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『この家の長男はあんなものを喰いながら、ここに住んでいたんですかね?』

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Hさんに尋ねると、彼は座敷牢の中を凝視しながら首を振り、『いや、あの死骸はまだ新しいから違うと思います』と答えた。

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『じゃあ、あの死骸は?』

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また尋ねたが、Hさんはもう答えることはなかった。

そして奥にある飾り窓の方を指差すと、『あの窓です。あの窓の傍らに誰かが立っていたんです』と言う。

すると突然、

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shake

─ゴトリ、、、

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私たちの立つところから離れた背後の暗闇の方から、物音がした。

一斉に全員の視線がそこに集中する。

素早く懐中電灯でその辺りを照らしてみた。

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屋根裏奥の暗闇を光の輪っかが動く。

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複雑に交差した床の梁、白い土嚢、錆び付いた農機具、、

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様々な光景が次々照らされていく途中に一瞬、何か白っぽいものが見えた。

慌てて懐中電灯を元に戻す。

光の輪っかの下方床には腹部を引き裂かれたウサギの死骸がある。

そしてその上方天井辺りからは何だろう、銀色に光る長い何かが垂れ下がっておりポタポタと血が滴り落ちてきていた。

気のせいか、微かに人の荒い息遣いのようなのが聴こえてくる。

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─何だろう?

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恐る恐る電灯の頭を上へと向けた途端、

『ひっ!』

私は情けない悲鳴をあげながら、そのまま尻餅をついた。

一同は一瞬で凍りつく。

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薄暗い天井に、異形の女がまるでヤモリのように張り付いている。

しかもその全身は金色の毛に被われており、長い白髪をだらりと下方に垂らし逆さまの青白い顔を私たちの方に向け、血走った両目でじっとこちらを睨んでいた。

彼女は両手で天井の梁を掴んだまま両足を天井から外すと、そのままゆっくりと床に降り立つ。

そして私たちの方に向き直ると、ニタリと不気味に微笑んだ。

その口元からは真っ赤な血が滴っている。

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『うわっ』

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カメラマンの悲鳴を皮切りに、一同はてんでバラバラに逃げ出し始めた。

我先にと階段を降り、ドタバタと薄暗い廊下を躓きながらも必死に走った。

そしてようやく土間までたどり着くと、各々這う這うの体で玄関から外に飛び出した」

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ここでSの話は終わったのだが、最後に彼はこう付け加えた。

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「今から思うと、あの時あそこの天井にいた女は、行方不明になっていた妹さんではなかったかと思う。

そして他の連中には言わなかったのだが、あの時確かに私には見えた。

こちらを向いたあの恐ろしい女の背後の薄暗いところに、

全身が金色の毛で被われ見事な角を生やした一頭の鹿が、立っていたのを。」

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fin

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Presented by Nekojiro

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