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中編5
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カプセルホテル

 先週の月曜に一泊の予定で私、黒田は部下の梶原と、出張でF市に行った。

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 梶原はまだ入社1年目の大卒新入社員で、営業部課長の私は、普段からいろいろと世話を焼いていた。

ひょろりと背丈の高い茶髪の如何にも今風の23歳だった。

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 F市の駅改札出口手前で、私は梶原に、宿泊するビジネスホテルを尋ねた。

部課長クラスと出張する場合、電車の切符手配や宿泊施設の予約は新人が行うことが、社の慣例だからだ。

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「え!あの……」

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梶原は驚いたように頭を持ち上げると、改札口を出た辺りで立ち止まった。

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「なんだ、忘れたのか?」

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私は茶髪の頭に向かって言った。

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「すみません、予約忘れました」

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口惜しそうに下を向く梶原。

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「しょうがねえなあ」

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私は携帯を出し、よく利用するF市のビジネスホテルに予約の電話をした。

時間は午後6時30分を過ぎており、あいにくシングルの部屋は満室で、私たちはカプセルに泊まることになった。

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 そのビジネスホテルは駅のすぐそばだったから

すぐにチェックインして、ロッカーに荷物を置くと、二人で夕食をとることにした。

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「よくあることだから、気にするなよ」

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俯いて押し黙る梶原にそう言うと、私はキンキンに冷えたビールジョッキを、彼の目の前に置かれているジョッキに、カチンと当てる。

午後7時を回っていたからか、ホテル近くのその居酒屋はスーツ姿のサラリーマンたちで混み合っていた。

梶原はメンタルが弱い方で、割と簡単にヘコむ。

些細なケアレスミスであってもだ。

その都度、私は彼を慰めていた。 

強く叱責はしなかった。 

というのは、最近の若い世代はすぐに会社を辞めてしまうからだ。

特に最近、梶原は様子がおかしく、鬱ではないか、と感じる場面もたまにあるのだ。

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 食事を終えホテルに戻ると、私たちはロビーで

翌日の朝の待ち合わせ時間と場所を決めると、それぞれ分かれた。

ホテルは10階まであり、10階に大浴場があり、6、7階がカプセルホテルのフロアで、私たちは7階だった。

私はまずロッカールームで簡易な浴衣に着替えた。

それから大浴場に行き、ゆっくり湯船に浸かると、

広い休憩所のリクライニングシートで、雑誌を読みながら寛いでいた。

昼間の疲れからか、うとうとしだしたので、まだ10時過ぎくらいだったが、明日も早いから私は早々とカプセルに向かった。

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 カプセルは2段になっており、私は下の段だった。

その名の通り、縦長の土管のようになっており、大人が一人寝転がれるくらいのスペースだ。

入口でスリッパを脱いで、四つん這いで奥まで

進む。

天井にはテレビも設置されていて、寝たままで観ることもできる。

入口にはプライバシーを考慮してか、

上下に開閉できるロールスクリーンが付けられて

いる。私は若干、閉所恐怖症ぎみなので、ロールスクリーンは閉じずに、ルームライトを消した。

まだ時間が早かったからか、周囲から寝息やいびきなどは聞こえてこなくて、私は割とスムーズに眠りに落ちていった。

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 奇妙な夢を見た。

やけにセピア色の虚ろな光景だった。

私は早足で昼間の交差点を歩いている。

と、不意に後ろから声をかけられる。

聴き慣れた声。

―梶原だ!

そう思い振り向くと、そこにはやはり彼が立っている。

ただ、何か変だ。

私は改めて梶原の顔を見て、驚いた。

彼の額から上の頭頂部はぱかりと割れており、

そこから薄く血に染まる脳みそが見え隠れして

いるのだ。

そんな状態だというのに、梶原はニコニコとしながら、私に近づいてきた 。 

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「黒田さーん、どうしたんですか?」

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「来ないでくれ、頼む、来ないでくれ」

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恐怖で私は必死に走り出していた。

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そこで目が醒めた。

かなり魘されていたようで、シーツがくしゃくしゃになっている。

ルームライトを点けて、室内時計を確認する。

4時18分。

ゆっくりと半身を起き上がらせ、何気なく入口方向を見て、ドキリとした。

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 カプセル入口前に人が立っている!

この位置からは顔が見えないのだが、スラックス姿の腰から下の部分が見えていた。

両足を肩幅くらいに広げて、私の方を向いて立っている。

初めは上の段の人か、と思ったのだが、その2本の脚はピクリとも動かず、ただじっとしている。 

私は梶原だと思った。

というのは、目の前で立っているブルーのスラックスは、今日彼が履いていたものと全く同じものだったから。

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「梶原なのか?」

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恐る恐る声をかけてみた。

私の声が聞こえたのか、聞こえなかったのか、2本の脚はゆっくり廊下の方へ歩き出し、やがて、視界から消えてしまった。

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 午前7時30分

私はチェックアウトを終え、ロビー待合室のソファに座り、梶原を待っていた。

すると制服姿の警察官と紺のジャケット姿の刑事らしき二人が早足でエントランスから入ってきて、

受付の男性と話している。

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―何か事件でもあったのかな……

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ボンヤリとその様子を眺めていると、なぜか刑事らしき方が私のところに歩いてきた。

男は手帳らしきものをチラリと見せ、

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「昨晩、こちらのホテルに泊まられた梶原歩さんは、あなたと同じ会社の方ですか?」

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と、事務的に尋ねてきた。

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「私の部下ですが、何か?」

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怪訝そうな顔で私が答えると、

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「実は昨晩、若い男性がこのホテルの7階から飛び降り亡くなられたのですが、所持品から梶原歩さんだったようなんです」

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私は突然のことで目の前が真っ暗になったのだが、

何とか平静を保ちながら、刑事に聞いた。

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「そ、それは、、いつ頃だったんでしょうか」

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男は手帳を見ながら、答えた。

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「はっきりとは分からないのですが、ホテルのスタッフに発見されたときが午前5時頃で、その時の遺体の状況から、恐らくは午前3時頃だったと思われますね。

道路側であれば、もっと早く発見されていたのですが、反対側の駐車場側だったもので……。

ただ早く発見されたとしても、あの状態であれば

即死だったと思います」

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 私がカプセルであの奇妙な2本の脚を見たのは、午前4時を過ぎていた とすると、あれは梶原ではなかったのか。 

だが、あのスラックスは間違いなく、彼が着ていたものだった。

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 後で私は警察官に連れられ、遺体確認に行った。

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 遺体は間違いなく梶原であり、薄いブルーの

スーツ姿であった。

頭部は額から割れていたようで、簡易に縫いつけてあった。

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だがその顔にはなぜか、満足の表情があった。

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