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手のひら怪談 「第18話」

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手のひら怪談 「第18話」

   「神隠しの山」

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母方の曽祖父H(以下Hと称する)が体験したお話です。

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Hは、山奥の貧しい村の出身でした。幼くして隣町の商家に奉公に出され、朝から晩までひたすら働いたそうです。

繁忙期がすぎ、やっと、お暇(いとま)を頂戴できたのは、秋彼岸の頃でした。

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Hの家に行くためには、険しい山を2つほど超えなければなりません。そのうちの1つは、昔から「神隠しの山」と恐れられている山でした。

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早朝、出発するHに、女将さんは、お米1升(しょう)が入った麻袋を背負わせ、半紙を小さく切った「ヒトガタ」をHの胸のポケットに押し込むと、

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「いいかい。あの山に入ったら途中誰かに出会っても口をきいてはいけないよ。それから、道に迷ったら、神社の鳥居はくぐらず脇の山道を行きなさい。何があっても、決して、後ろを振り向かないように。」

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「2つ目の山の神様は、Hのような男の子を好むらしい。まぁ、めったに神隠しなんて起こらないとは思うがね。」

と告げました。

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Hは、大きなカバンに米の入った麻袋を入れ、賄(まかない)が作ってくれた「握り飯とタクワン」の昼飯を首に巻き、不安そうに見つめる女将さんに丁寧にお辞儀をすると、奉公先を後にしました。

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藪(やぶ)だらけの険しい山道と鬱蒼とした林の中をひたすら歩き続け、やっと1つ目の山を超えることができましたが、既に日は高くなっていました。Hは、大急ぎで昼飯を食べ終え、「神隠しの山」と言われる2つ目の山に足を踏み入れました。

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しんとした静寂、真昼だというのに黄昏時のような薄暗さ。漂う異様な空気。

まるで異世界でした。

気のせいか、誰かの視線を感じます。

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ひたひたひた

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入山してすぐ、Hの歩く速さに併せ、何者かが背後からついてくる気配がします。

気がつくと、小一時間も同じ道をぐるぐると回り続けているのに気がつきました。

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ーさては、道に迷ったか。

あたりを見回しても、寸分たがわぬ山の景色がひろがるばかり。

さしたる目印もない有様で、米の入ったカバンが肩に食い込み、Hは、途方に暮れてしまいました。

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「ねぇ、どうしたの。道に迷ったの。」

耳元で、小さな男の子の声がしました。

Hは、思わず振り返りそうになりましたが、女将さんの言葉を思い出し、歯を食いしばり、足元だけを見つめ、黙々と歩き始めました。

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ーこんなところに自分より小さな男の子がいるわけない。

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「ねぇ、ふりむいてよ。ねぇってば。」

男の子は、たどたどしい言葉で、しきりに話しかけてきます。

早足で歩き続けるHの後ろにピッタリとついて離れようともしません。

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ザザザザ

生い茂るススキや雑草にHの着衣が擦る音に混じり、

ひたひたひた

足袋が廊下を摺るような違和感のある音。

背後にいる男の子は、この世のモノでないことは明白でした。

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流れる汗と肩に食い込むカバンの重さ、言いしれぬ恐怖と戦いながら、ひたすら無言で歩き続けていると、いつの間にか、背後にいたはずの男の子の気配がなくなっているのに気がつきました。

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ふと、立ち止まり、地面から目線を上げると、大きな朱色の鳥居が、Hを見下ろすように聳(そび)え立っていました。

鳥居の先には、白砂で敷き詰められた参道が伸び、山中には不釣り合いなほど豪華絢爛な社殿がありました。

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社殿の前には、長い髭と白髪の長髪を垂らし、まばゆい光を放つ老人が、Hに向かい笑顔で手招きをしていました。

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ー助かった。

緊張と恐怖に意識が朦朧としていたHの足が、ふらふらと鳥居の方に向きかけた瞬間、

ドスッ

鈍い音を立て胸元から地面に叩きつけられました。

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突然の衝撃と、上半身にひろがる痛みに、ふと我に返ったHは驚愕しました。

さっきまであった鳥居も、豪華絢爛な社殿も、手招きする白髪の老人も、跡形もなく消え去っていたのです。

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へたり込むHの周りには、出発する前に女将さんがポケットに入れてくれた半紙で作られた「ヒトガタ」が、バラバラにちぎれ散乱していました。

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既に、日は傾きかけており、衝撃とともに投げ飛ばされたカバンを拾い上げ、西日が照らす山道を、Hは、一目散に走り抜けました。

夜の帳が落ちる少し前に、Hは、無事我が家に辿り着いたのでした。

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女将さんがくれた一升のお米は、ほっこりと甘く柔らかで、普段白米を食べたことのないHの家族は、涙を流したとのことです。

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100年以上も前のたわいのない怪談。代々伝わる昔話ですが、実は、数年前、この山で小さな男の子が忽然と姿を消すという事件がおこりました。

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さしたる手がかりもないまま時は流れ、未だ男の子の通う幼稚園のカバンしか見つかっていないとのことです。

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