1
今日は祭日だった。
家族で郊外の県営公園へ出かけた。俺、カミさん、小学4年生の息子の3人だ。
俺は市役所のしがない職員だ。毎日を無難に過ごすことさえできればいいと思っている。コンプライアンス等と最近はやけにうるさい。苦情、陳情はゴメンだ。
駐車場に車を停め、芝生広場を目指す。天気は快晴、暑くも寒くもなくちょうどいい。家族サービスには持って来いだ。
途中アスレチックのような設備があり俺もカミさんも息子と一緒に汗を流した。身体を動かすっていいなぁ。
ここは森や池があり、川も流れていてキャンプや釣り、バーベキューもできる充実した県営公園だ。
広場には青々とした芝生が広がっていた。東京ドーム2個分くらいあるだろう、隣の家族が小さく見える。その向こうには雑木林が広がっていた。自然が豊かだな。ああ、ノンビリ。
シートを広げ荷物を置いた。そろそろ昼時だが息子はあっちへこっちへ疲れ知らずで駆け回っている。俺はカミさんと久しぶりにまとまった会話をした。お互い忙しくてゆっくり話す暇もないからな、来て良かった。
ん?
気づくと息子の姿がない。雑木林の中へ入って行ったんだろうか。しょうがねえな……。ちょっと探してくると腰を上げた。お弁当にするから早くねとカミさんは言う。いや、弁当の心配より息子の心配をしろよ、と言いたい。遠くに行くなと言っておいたのに何処へ行ったんだろう。嫌な予感がした
2
雑木林は生い茂った木々が陽射しを遮り薄暗い。気温も2,3度下がったようだ。
「何処行った?」
子供が森で道に迷い神隠しにあったように消えてしまう、そんな事件を思い出す………。
小さなお稲荷様があった。祠に狐の置物が所狭しと並べられ何処となく不気味だ。野鳥の鳴き声が響き渡った。
息子がいた。ホッと胸を撫で下ろす。かがんで地面を見ていた。
「こら、見える所にいなさいと言ったろ」
シカトか。
「パパ見て」
彼の指先を見ると5ミリくらいの小さな蟻が列を作って行進している。川が流れているようだ。おおかた餌場にでも続いているんだろう。
蟻の餌は自然界では虫の死骸が主なものだ。バッタや干からびたミミズに群がっている所を見た人は多いだろう。大物であるほど餌場から巣穴まで長い行列を作っている場合もある。
「何処まで続いているのかなぁ」
「辿ってみるか?」
俺達は行列を辿り始めた。2メートル、3メートル。ん? けっこう長い? 往路の横に復路があり、その蟻達は肉片を加えていた。
ややや?
行列は草むらへ入って行く。まだ長いのか? この辺で切り上げたいが、親の俺が言い出した以上途中でやめるのは良くない気もする。しかし早く帰らないとカミさんが……。
「あ」
「お」
蟻が山を作るように群がっていた。あそこが餌場だ。大型の昆虫か、ネズミや小鳥等の小動物か?
「どれどれ」
と覗き込んだ。
うっ、と俺は固まった。マジか……。
スゥッと血の気が引いた。マジか?
信じられない光景があった。
「マジか!」
蟻が群がり蠢めいている、それは……人の手だ。俺は目が離せなくなった。右手か左手か良くわからないが片方の手首だ。指の皮がところどころ破け、剥き出しになった赤い肉に蟻が這いずり回っている。
「うう」
人の尊厳を踏みにじられるようだ。
何てこった、これはもう事件じゃないか?!
顎に一口大?にした肉片を挟んで復路を行き、どんどん往路からやって来る、無慈悲に。
「パパ〜」
見たのか?!
「パパ、これって……」
「見なくていい!」
無理矢理、手を引っ張りその場を後にする。ヤバい、ヤバすぎる。どうする、どうしたらいい……。
野鳥が警戒の声で鋭く鳴いた。
3
カミさんは待ちくたびれたと言わんばかりにチャッチャッと弁当の用意をした。おにぎり、から揚げ、卵焼き、ウインナー、カットフルーツ。所狭しとシートの上に並ぶ。早起きをして用意していた。
だが俺は食欲がなくなっていた。
通報すべきか、やはり……。公務員の立場として見過ごすわけにはいかないんじゃないか、しかし仕事が滞ると面倒だし……、どうする、どうする?
「いただきまーす」
息子はパクパクと食べ始めた。あんな物を見た後でよく平気で食えるな……。
「ママ、さっき林の中でね……」
―!
「うん、なあに?」
「イリマメタケを見つけたんだよ」
―?
「あら、すごいわね、人の手にそっくりのキノコでしょ」
―キノコ?!
「うん、そうそう。最初、手が地面から生えているのかと思ってすっごくびっくりしちゃった。実際見るとホント、指にそっくりなんだ。でも人の手が土の中から出ているなんて事、あり得ないじゃない」
「ええ、そうね…」
―……。
「それで植物図鑑の写真を頭の中でめくっていくとあるキノコに当たったんだ。それがイリマメタケってわけ」
「ふーん、良く覚えていたわね」
「それに蟻がたかっていたんだよ、餌にしようとね。」
―……。
「ね、パパ」
「あ、ああ、うん」
「でもパパはイリマメタケを本物の人の手だと思ったんだよね」
―う
「い、いやぁ、そんな事は……」
「ええ~、すっごくビビってたじゃない」
―ぶっ!
「おおかた、バラバラ死体の一部が土の中から露出しているとでも思ったんでしょ、ミステリー小説の読み過ぎ」
ゴクッと麦茶を飲んだ。
―コナン君か、お前は。
「そ、それは蟻の餌になるのか?」
「やだなぁ、何にも知らないんだね。イリマメタケって甘味を含んでいて蟻やその他の虫の餌になるんだよ」
「そ、そうか。いやぁ、パパ、勉強不足だったなあ〜、ハハハ」
カミさんと視線を合わせた。彼女は微笑している。
「私も見たいわ、後で案内してね」
「うん、ママ。いいよ」
急に空腹を覚え、おにぎりに手を伸ばした。この子も成長したもんだ。
青空にトンビの鳴き声が響き渡った。
終
作者小笠原玄乃
作中のキノコはカエンタケ、マメサヤタケを参考にしています。