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中編7
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狐火の庭

こんにちは、私は沙耶と言います。

これはだいぶ前の話になります。

《1》

私の家は江戸時代から続いている、いわゆる名家です。どのような謂われがあるのかはよく知りませんが名主だったそうです。

私は家族で父の実家に住んでいます。つまりお祖父ちゃんの家です。3世代で同居をしています。

同居と言っても土地が広いので家を2棟建て、祖父母は母屋、私たちは離れに住んでいた。

その庭はとても広かった。池には鯉が泳ぎ、四季を彩る花々が咲き、まるで庭園のようだ。けれど、建物から離れると竹林や高い木々に囲まれ森に迷い込んだのかと思うくらい鬱蒼としていた。

その奥の一角に生まれた時からあった社がある。先祖代々からの屋敷神で稲荷を祀っているという。立派な鳥居もあり左右には狐の像もあった。まるで小さな神社だ。

信心深い祖父は雨の日でも、雪の日でも、礼を欠かさず掃除も怠らなかった。私はお祖父ちゃん子だったので、連れられてよく一緒に拝礼したものだ。

でも何故だか、ママはそんな私を見ていい顔はしなかった。

その夜、眠っていると甲高い鳴き声が頭に響き、目が覚めた。午前2時だ。

………?

夢? それとも雨音?

なに………?

雨は止んでいた。

月明かりが部屋に射し込んでいる。

………

そっとガラス戸を開けて、サンダルをつっかけ庭に立った。

満月が煌々と輝いていた。外は昼間のように明るい。雨露が月明かりで光っている。神秘的だった。

ハッとした。

またあの鳴き声だ、夢じゃない。耳を澄ました………。

いったい………、

黒々とした木々の間から青白い光が揺らめいている。

なに?

社の方だ、私は何だろうと近づいた。

鳥居をくぐって社の前に立った。見回したが光はどこにもない。見間違いかしら? でもここまで来たならと、いつも通り拝礼をした。

その時、

目の前を光がキラキラとシャワーのように降り注いだ。

?!

まぶしくなって私は下を向いた。霊の気配を感じ顔を上げると………、

ぇ?

真っ白な狐がいた。

………

この世の存在ではない、一目で分かった。

………

怖くはなかった。それどころかこう思った。

なんて綺麗なの!

………

凛として私を見つめている。その青白い瞳から放たれる光は炎のように揺らめいている。

私は虫のように吸い寄せられた。その狐の大きさは大人と同じくらいだ。

………

口元に指を差し出してみた。そしたらペロッと舐めるじゃない。

ぇ?

冷たい、舌は冷たいこんにゃくのようだ。掌まで味わうように舐めてくる。ウフ、くすぐったい。

今度は背中を撫でてくれと言うように私の足元に伏せた。

いいわ

ひざまずいてプラチナの光を放なっている背にそっと触れた。ガラスのように冷たい。ゆっくりと撫でていく。なんて滑らかなの。絹のような毛並みだった。うっとりと時を忘れて撫で続けた。

それがお狐さんとの出会いだった。

《2》

私は大人しい子供だった。一人っ子だから少しわがままで甘えん坊だったかもしれない。それに親からすればちょっと変わった子だったろう。なぜなら私には幽霊や精霊が見え、奇妙な音や不思議な声も聞くことができたからだ。それが普通だと思っていた。けれどママに話すと沙耶だけよと言われた。あなたは霊感が強いから社に近づくと、狐に取り憑かれるかもしれないわという。お祖父ちゃんは氏子をやっていたのでその関係で神主さんが時々家に来た。そいつ、曰く『この娘は憑き物体質だ、一度お祓いをしてあげなくちゃならない』と言った。私はそいつが嫌いだった。だっていやらしい目で見るんだもの。視える事や聴こえる事はそれから誰にも話さなくなった。

お狐さんとの秘密の交流が始まった。何をするでもなく背を撫でる、ただそれだけで良かった。もしかしたら前世では私達は恋人同士だったのかも知れない。いつしか特別な感情が芽生えていった。

雨が降っていた。お狐さんは来なかった。

ところが

お風呂に入ってパパとママにおやすみを言ってベッドに入った。真夜中2時過ぎ霊的な気配がして目を覚ました。上体を起こして部屋を見回すと………

あ!

ドアの側にお狐さんがいた。首を傾げて私の様子を伺っている。

………

お部屋に入って来たの?

………

来て

音もなく近寄りベッドにスッと乗った。自分の部屋でお狐さんに会うのは初めてだ。気持ちがたかぶった。

私達は見つめ合った。縦に長い瞳は真っ青でサファイアのように美しい。私は両腕を差し出した。すると彼は抱きつくように前足を私の首に巻き付けチュッとキスをしたのだ。

ぇ?

私はびっくりした。

………

そのままタオルケットの中に潜り込んできた。一緒に寝たいのかしら………。もぅ、私のファーストキスを奪って! こうしてやるっ、私も寝そべって彼を抱きしめ豊かな毛並みに顔をうずめた。冷たくて心地いい。その躰からはミントのような香りがした。

背を撫で、抱きしめて添い寝をする。嫌がる素振りも見せない。むしろ、私を求めているようだ。そして朝には彼はいなくなっている。そんな夜を重ねていった。

好き………

今夜もベッドで背を撫でていた。あれ以来ずっとだ。暑かったから私は肌を出していた。ママが見たらはしたないと怒るだろう。

ゆっくりと何度も撫で、時折り頬ずりもする。ん? するとゴロンと仰向けになるじゃない、初めてお腹を見た。こっちがいいの? その通りにしてあげた。アソコに目がいった。

………

あら………

………

ことさらにそっと触れてみた。ピクッとした。ピク、ピク

ウフフ

ガバっと跳ね起き抱きついてきた。

! 

私も彼を抱きしめキスをした………

好き………

好きよ

………

求められるままに応じ、私は人ではなくなった。綺麗なハーフムーンの夜だった。

《3》

紗耶ちゃん、大丈夫? とママが聞いてくる。

………

最近、食欲もないし熱も出る。でもそんな事どうでもいい、シロくんさえいればいいの。私達は愛しあっていた。

お祖母ちゃんとママがひそひそ話をし、お爺ちゃんとパパが時々怒鳴り合っている。

屋敷神のせいだ! あれは先祖代々の……… 命には替えられないでしょ!

あの神主が家に来てこういった。

狐が憑いている。手遅れにならんうちに、魂抜きをして解体するのが良ろしかろう

???

さっぱり意味が分からなかった。しばらくして最悪な事が起こった。神主と2人きりで部屋に閉じ込められ延々と変な呪文を聞かされたのだ。

すごく苦しくて辛くて、途中で何度も失神した。その度に触られたみたいで身体中、変な感触が残っている………。

許さない、殺してやる。

それにこいつが現れてから彼と会えなくなった。どういう事なの!?

会いたい! シロくんに会いたい! 解いて!

《4》

身体が痺れたことは覚えている。気が付くと病室のベッドに横になっていた。

隣にママがいた。昏倒して病院に担ぎ込まれたという。大事を取ってしばらく入院することになった。

怖かったでしょう、もう大丈夫よ。

帰りたい、シロくんに会いたい。

可哀想に………、神主さんが退治してくれるからね。

余計なことはしないで! 許さないから!

………

私は嫌な予感がした。

4日目で退院した。帰宅は夕方になった。家には入らずママを振り切ってまっすぐ社へ向かった。2人の思い出の場所、そしてシロくんの家。

!!

あり得なかった。そこに社はなく跡には真新しい土が被さっていた。側に来たお爺ちゃんが申し訳無さそうに言う。

紗耶、御免なぁ、辛い思いをさせてしまって。わしがもっと配慮をしておれば………、あんな悪霊を呼び寄せることはなかったんじゃ。だが安心おし、〇〇神社の神主さんに祓ってもらい社も壊した、もう紗耶の前には現れないからのお。

ポロポロと涙がこぼれた

うわあぁぁー!

私は膝から崩れ落ち激しく泣いた。

《5》

その夜、夢を見た。薄暗い部屋の中にいた。祭壇の蝋燭が揺れている。私とシロくんは神主と睨み合っている。奴は刀を抜き、向かって来た。彼が私の前に立ち塞がり、振り下ろされる刃を見えない力で受け止めた。キンっという金属音が響く。尻尾が9つにパッと分かれたと同時に、鞭のようにしなりあいつの首や手脚、胴に巻き付いた。奴はもがいたが、無駄な足掻きだ。咆哮と共に九尾が瞬時に引かれ、奴は爆発したようにバラバラになった。ざまあみろだ。八つ裂きになった四肢や胴体で、部屋は血まみれだ。私達は血に塗れながら口づけをし、復讐という美酒に酔った。

数日後、神社が青い炎に包まれ跡形もなく焼失したという。焼け跡からバラバラになった遺体が見つかり、連絡が取れない神主だと特定された。私はひどいとか怖いとか思わなかった。むしろ胸がスッとした。

シロくん………

あれ以来、彼には会っていない。でも丑三つ刻になると社があった場所から、青白い狐火が揺らめくのを時々見る。

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