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中編4
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チューハイおじさん

彼氏との同棲を機に暮らし始めた家は、郊外の閑静な住宅街にあり、落ち着いた環境が気に入って引っ越しを決めた場所でした。

自宅前の道を真っ直ぐ10分ほど歩くと広い公園があるのですが、住み始めてしばらくすると、ちょうど道が突き当たる位置に設置された公園のベンチに、毎晩1人きりで座っている男性が居ることに気がつきました。

私は21時頃、彼は日付けが変わった0時過ぎの帰宅ですが、どちらの時間帯にも、植え込みと木立の隙間からベンチに腰掛ける後ろ姿が見えるので、少なくとも毎日3時間は座っているようでした。

席の隣には決まって500mlの缶チューハイが置かれているので、私たちは『チューハイおじさん』とあだ名を付けて、

「よっぽど家に帰りたくないんだね。笑」

なんて話していました。

ちなみに"おじさん"と言ってはいるものの、座っているベンチは道路側に背を向けるように配置されているので、私も彼も後ろ姿しか見たことがありません。

誰も知らないチーム名がでかでかとバックプリントされている古びたスタジャンや、少し背中を丸めた寂しげな佇まいから、多分くたびれたおじさんだろうと勝手に想像していたのです。

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ある日、彼が帰宅するなり、

「ねえ。今朝、チューハイおじさんがあのベンチで亡くなっていたらしいよ。朝から結構な騒ぎだったみたい。結局、事件とかではなかったらしいけど。」

と話し始めました。

私は彼よりも早く家を出るので近所付き合いが無いのですが、彼は昼過ぎに出勤するので、近所の奥様達と話をする機会が多く、今日の井戸端会議でそんな話題が出たと言うのです。

でも、そんなはずは無いと思いました。

なぜなら今日の帰宅時、私が公園前を通った時にチューハイおじさんがいつものベンチに座っているのを見かけたのです。

「ん?いや、いたけど。さっき。」

と私が言うと彼は、

「え?そんはずないよ。その話を聞いたから、出勤前にベンチを見に行ったし。ベンチの所、ロープみたいなのが張られてたよ。」

と少し語気を強めました。

「帰りは、人が亡くなっていた場所を夜通るのがなんとなく嫌で、バス通りの方を迂回して帰ってきたんだけど。」

(…私にも教えておいて欲しかった)と思いながら

「意識して確認したわけじゃないから、普段通り目の端で誰かが座っているのを見ただけだけど…。チューハイおじさんだったと思うなぁ。

亡くなったのはチューハイおじさんとは別の人だった可能性は?」

「え〜、そんなはずないと思うけど…。」

と、どちらも引かず、深夜1時近い時間でしたが、『明日は2人とも休み』という心の余裕も手伝って、

「じゃあ、まだいるかもしれないから、今から見に行ってみる?」

と私が提案すると、

「そうだね。行ってみようか。ついでにコンビニも行っていい?笑」

と彼も乗り気になり、公園まで行くことになりました。

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深夜の住宅街は、心なしか普段よりも暗く感じ、私たちは少し早歩きで例の公園に向かいました。

やがて道の突き当たりに照明の消えた公園がボンヤリ見えてきたので、

「どう?まだ座ってる?」

と近眼の私が聞くと

「…本当だ、座ってる。でも、まだロープが張られてるベンチによく座れるなぁ…。」

と、彼がなかば独り言のように呟きました。

さらに歩みを進めながら、

「やっぱり亡くなったのは別の人だったんだね。チューハイおじさん、事件があった事を知らずに座っているんじゃない?」

と私が言うと、

「うん…。そう、だ…ね……」

彼は中途半端に言葉を切り、急に立ち止まってベンチの方をじっと見つめました。

時間にしてほんの5〜6秒ほどでしたが、進行方向を凝視してからハッと息を呑み、小さな声で鋭く

「ダメだ戻ろう!」

と言うと私の手を強く引いて、来た道をほとんど走るように戻り始めました。

私はわけが分からず、

「え、どうして?コンビニも行かないの?」

と、公園の方を振り返りながら聞くと、

「振り返らないで!いいから早く!!」

と言うのです。

普段は穏やかな彼の緊張をはらんだ様子に、それ以上何も言えなくなってしまい、手を引かれるまま帰宅しました。

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家に着いてから、一体どうしたのかと聞くと、迷うようにしばらく黙り込んでから一言、

「…こっちを、向いてた。」

と答えました。

私は嫌な予感を感じつつも、努めて明るい声で

「あぁ、そうなんだ。だからって引き返さなくても。笑 そんなに怖い顔してたの?」

と聞くと、彼は自分の記憶を確かめるようにゆっくりと、

「うん…。怖い顔っていうか…笑ってた。」

なるほど、確かに夜中に1人で笑っていたら不気味だと思っていると、彼は続けて

「最初はスタジャンのバックプリントが見えて、ああ、やっぱりチューハイおじさんだなって思ったんだけど、近づくにつれて顔もまっすぐこっちを向いてることに気づいたんだ。」

彼の言わんとすることがすぐには理解できず、

「ふぅん?」と、曖昧な相槌を返すと、

「いや、ありえないだろ。背中を向けてるのに、顔も180°こっちに向けるなんて…。

しかも、声も出さずに大きく口をひらいてニヤニヤ笑ってた。どう考えても正常な状態じゃなかったよ。」

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結局、チューハイおじさんはやはり前日未明に亡くなっていました。

でも確かにあの夜にチューハイおじさんの格好をした“何か”がベンチに座っていたのです。

あの時見たものが何だったのかわかりませんが、もうこの町では暮らせません。

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