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中編5
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入れ替わる(side:妻)

〇〇くんがビジネスホテルで亡くなった。

今日、キャンプ場のバンガローで、新聞の片隅に小さく報じられているのを見つけたのだ。

痩せ細った身体でホテルの部屋のドアを開けたまま倒れていたらしく『事件性無し』と書いてあった。

もちろん、とても悲しい。

でも、私は逃げ切ったんだ、とも思った。

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私は通販会社のCS部で働いていた。

一般的にストレスの多い仕事という認識かもしれないけれど、私にとっては慇懃にかけ引きを楽しめるゲームみたいな仕事だった。

会社に損害を出さずに、相手も最終的には納得して喜ぶのなら『まごころ』は無くて良いと思ってる。

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あれは、2ヶ月くらい前だったか。

職場で問い合わせ対応中に一度通話を保留にし、再び受話器をあげると、

「おい…。お前、いつまで待たせるんだよ…。」

と、全く違う人に繋がった。

不思議に思いながらもすぐに謝罪をしたけれど、

「…もういい…。また、かける…。」

と言って切られた。

“お前”という言われ方は心外だったけど、それよりも、怒っているのかいないのか、感情の読めない声色が不気味だった。

電話が切れた瞬間にひどい眩暈がして、椅子に腰掛けたまましばらく動けずにいたほどだった。

それ以来、アイツからの電話は度々かかってきた。

しかも、必ず他の人との通話を保留にした時に、混線したようにアイツにつながる。

アイツからの電話を切る度に、まるで精気を吸い取られたかのように強烈な倦怠感に襲われた。

何度も病院で検査を受けたけれど、原因はわからなかった。

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そのうち通勤もままならないほどやつれてしまい、休職することになった。

夫の〇〇くんは

「仕事、辛いならこのまま辞めたっていいんだよ。」

と、全く的外れな気遣いをしてくれた。

鈍くて優しい人なのだ。

休職してしばらく経つと徐々に回復してきて、あと2週間も休めば復帰出来そうだと思い職場にその旨をメールした。

その日のうちに『CS部1番』から電話がかかってきたので、復職の件だと思い通話ボタンを押すと、

「おい…。お前、いつまで待たせるんだよ…。」

一気に全身が総毛立ち、反射的に通話を切ると、これまでにないほどの眩暈を感じて崩れるようにベッドに倒れ込んだ。

動悸を抑えるように呼吸を整えていると、再び携帯が鳴り始める。

ダルい体を引きずるように、のそりと携帯を拾い上げると『〇〇くん』と表示されていた。

果たして、これは本当に〇〇くんなのか…。

たっぷり15コールを数えたところで通話ボタンを押し、しばらく無言で様子を伺ってから、恐る恐る

「……〇〇くん…?」

と呼びかけると、

「うん。ごめんね、寝てたかな。これから帰るけど…」

と話し始めたので、話し終わりを待たずに

「良かった…!早く帰ってきて!私の携帯に電話がかかってきたの…!」

と一息に喋った。

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〇〇くんの帰りを待つ間、体調不良の原因とその対策について必死に考えた。

アイツの電話を初めて取った頃、突然何の連絡もなく仕事に来なくなった若い派遣社員がいた。

確か、無断欠勤当日に連絡したけれど、すでに携帯電話が解約されていて、結局連絡が取れないまま契約解除扱いにしたのだ。

あの時は、なんて無責任な子だろうと思ったけど、もしかして、あの子はアイツの電話から逃げていたのではないか?

あの時、偶然電話に出た私に対象が入れ替わったのだとすると、私も他の誰かに対象を入れ替えさせる必要がある…。

どうやらアイツは電話をかけることしかできないようだし、ルールが分かれば対策は簡単。

電話に出なければいいだけの事だ。

急いで帰宅してくれた〇〇くんに、嫌がらせ被害に遭ってるかもしれないと泣きつき、自分の携帯電話を解約した。

〇〇くんはとても心配して、玄関とリビングに防犯カメラや高性能インターホンを設置した。

しばらくすると、〇〇くんの携帯電話に『CS部1番』から入電があり、〇〇くんが出るとアイツからだった。

〇〇くん、本当にごめんなさい。

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その翌日、玄関チャイムが鳴った。

インターホンのモニターを確認すると、顔馴染みの配達員さんだった。

「はい。」

と応答した途端、急に画像が乱れて暗くなり、

「おい…。お前、いつまで待たせるんだよ…。」

思わず「やだ!どうして!?」

と叫び、その場にしゃがみ込んだ。

それと同時にまた強烈な倦怠感が襲ってきた。

私はすでに〇〇くんに対象が入れ替わったものと思って油断していた。

アイツの連絡ツールは電話だけじゃなかったのだ。

あらゆる音声通話を乗っ取ってターゲットと会話をするのか…。

私はあと何回アイツからの通話に耐えられる?

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しばらく俯いたまま考えを巡らせ、このまま消えることに決めた。

リビングと玄関の防犯カメラに映らないように財布から現金やカード類、クローゼットから普段履いていないスニーカーを取り出し、カーディガンの内側に隠して裸足のまま表に出た。

そのあとはたまたま近くを通りかかったタクシーに飛び乗り適当な駅から適当なキャンプ場に向かった。

キャンプ場のバンガローを潜伏場所に選んだ理由は、電話やインターホンはもちろん、テレビやラジオもない環境だったからだ。

外部の情報は、キャンプ場の管理人が朝晩持って来てくれる新聞だけ。

もう3週間もここにいるけれど、管理人は『DV夫から逃げている』と言う私の言い訳を信じているようだ。

ここにたどり着く途中で、口座から現金を下ろしたり当面の服や食材を買ったけど、その割に〇〇くんは私を見つけることができなかった。

警察に届けているだろうけど、おそらく家出人扱いにされて真面目に探してもらえなかったのだろう。

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私は、〇〇くんの記事に目を落とすと、そっと指で撫でた。

その記事は、人の死について報じているにしてはとても無機質な文面に感じた。

指でなぞりながら、もう一度ゆっくりと読みかえす。

『東京都〇〇区の会社員〇〇さん(29)が都内のビジネスホテルで死亡しているのが見つかり………死亡状況に不審な点はなく事件性は無おいおまえいつまでまたせるんだよ…』

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翌日、管理人がいつものように読み終えた朝刊を彼女のバンガローに持って行くと、ノックをしても応答が無かった。

「外出なんて一度もしたことがないのになぁ。」

と独り言をこぼしながら、玄関の前に新聞を置いた。

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