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中編3
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湖面の月を掬う

中国人の社員から聞いた話。

怪談というよりは寓話です。

中国では「湖面の月を掬うようなこと」という慣用句があるが面白いことに二つの意味がある。1つ目は無謀な愚かしい挑戦の意味で、2つ目は誰もなしえない偉業を達成することを意味する。基本的には前者の意味で使うが文脈次第では後者の意味として使うこともある。

またこの慣用句にはある物語がある。

昔々、ある村に月の美しさに魅了された男がいた。初めは月を眺めることで満足していたがそのうちそれだけでは満足できなくなり、月を独り占めしてしまいたいと思うようになった。

そしてその男は月が昇るたびに湖に映った月を桶や柄杓、あるいは匙などを使ってなんとかして掬って家に持ち帰れないか試した。

当然そのようなことがうまくいくわけもなく年月だけが経っていった。

そしてとうとう男の寿命が尽きようとするとき枕元の息子にこの使命を引き継いでくれるように懇願した。

愚かではあったが孝行な息子だったので必ずやと答え、男も安心して息を引き取った。

さて息子も夜毎さまざまな方法で月を掬おうとするものの当然うまくいかない。

そうこうするうちに息子も歳を取りこの挑戦をさらに次世代に託すことにした。

そのようなことを何世代も何世代も重ね、もはやなぜこのようなことをするのか理由すらわからなくなりはじめたころ、とうとうある男が湖面の月を掬うことに成功した。

桶に掬われた月はもはや湖面には映ってはいなかった。喜び勇んだ男はすぐに家に帰り、水瓶にしずしずと桶の水を注いだ。すると月明かりの届かないはずの屋内にも関わらず水瓶の中で煌々と月が光っていた。

これで先祖も報われると嬉しく思いながら男は日々水瓶の中の月を眺めながら暮らした。

そんなある日の夜、男の家の戸をコンコンと叩く音がする。誰ぞと男が問うと透き通った女の声で「私は貴方様に影を攫われてしまった月でございます。後生ですから影を返していただけないでしょうか?」と返ってきた。

男が戸を開けるとそこには絶世の美女が恭しく立っていた。

女を家に上げると男はこう言った。

「影を返してやりたいのは山々だがこれは先祖代々の悲願でもある。簡単に返してしまっては先祖に申し訳が立たない。そこでどうだろうか?一月に一晩で良いので我が家の水瓶に降り立ってはくれぬだろうか?」

「かしこまりました。お約束はお守りしますので影は返していただきます。」

そう言うやいなや女は水瓶に手を差し入れ両手で大事そうに月を掬い上げるとこくんと一息で飲んでしまいました。

男が慌てて見やると水瓶の中にはもはや光はなくただ静かに波紋が揺らめくのみでした。

さらに女のいたはずの場所を振り返ると女は忽然と消えておりました。

急ぎ湖に向かうとやはり湖面には美しい月が揺蕩っていました。

あれは夢だったのだろうかと不思議に思いながらも男が日々を過ごしているとある夜再びコンコンと戸を叩きあの透き通った声で「お約束通り参りました。」と声がします。男が戸を開けるとするっと光が走り男の横を抜けて行きました。男が水瓶を覗くとより一層美しい月が音も立てずに光を放っておりました。

その後も毎月の男と女の奇妙な逢瀬は続き、男が亡くなった後も家宝の水瓶には今も毎月一晩だけ月が現れるそうです。

またこれが月に一度月が空からいなくなる理由でもあるそうです。

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