脳内お花畑という言葉をよく耳にするし目にする。能天気を言い換えた言葉というかなんというか、いつの間にか流行ってた言葉ではあるが、僕はこの言葉を聞くとあの事を思い出してゾッとする。これは、僕が体験した中でかなり不可思議でそれでいてゾッとする話である。
大学生になって秋ごろの話、その頃の僕は無気力という言葉にふさわしいダラケっぷりを周りに晒していた。というのも先生と知り合ってから頻繁に呼び出されるいうゆる"オカルト集会"を頻繁に行っていたためでもある。そこで、初めて姉弟子と会ったのだがそれは別の話。
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曰く付きの物を手に入れては、自慢だったり、曰くの説明だったり、実際に拾った場所で肝試し何かをしたりしていた。そうやって少しづつではあるが、精神をすり減らしていったある日のこと、講義の中ぼぅーとしていた僕の頭の中で辺り一面の花畑がイメージとして現れた。空は快晴、周りは花、花、花。ピンクの花が一面に咲いていた。
そんな花畑の真ん中で僕はただ座っていたのだが、億劫になって立ち上がると辺りを見回して適当に歩き始めた。退屈になるほどの一面花畑に僕は(もしかしてここが天国だったりするのかな?)と妄想の中で思ったりしてたのだが、暫く歩いていくと茶色の地面が見えてきた。そこには、河原にあるようなスベスベした丸い石と透き通った水の川に彼岸花、地蔵、積み上がった石、すみ渡る紫の空、向こう側には黄色の花畑が……。
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と、ここまでで妄想が途切れる。講義終了を知らせるチャイムがなったからだ。イソイソと身支度を済ませて廊下に出るとアイさんとばったり出くわした。
で、開口一番に「行っちゃ駄目だよ」と言われた。僕は「はい?」と間の抜けた声で聞き返したのだが、アイさんは「そこ、行っちゃ駄目。戻ってこれなくなるから。見たものはすぐ忘れて。無理でも忘れて」とだけ言うとそのまま帰ってしまった。狐につままれた気分で先生の家に向かった。チャイムを鳴らすと「はいはい」と言って先生が戸を開ける。
で、先生も開口一番「お前、死にかけたか?」と言われた。僕は「はい?」と間の抜けた返事をして「アイさんにも似たようなこと言われました」と言うと「そのようだな、メールが来てた」と言ってメールを見せてきた。見ると『お弟子君が危ない。死に近い。ナントカしてあげて……』という内容。ゾッとして鳥肌が止まらなかった。
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先生の家に上げてもらい、事のいきさつを話したが、授業中にぼぅーとしてただけで、頭の中のイメージでそれが出てきただけと言ったが先生が難しい顔で、「おそらくお前が脳内で見た景色は三途の川だ」と言った。
「三途の川って……確か仏教の?」
「そうだ、まぁ人によって見る三途の川は違うんだけどな。それはまぁいいとして……。何がキッカケでそうなったのは知らんがその妄想を忘れるかどうにかしない限り最悪の事態を考えることになるな」
「最悪の事態って……」
先生が両手で自らの首を絞める真似をして白目を向いて「こうなる」と冗談半分を僕に見せた。つまりは「死」だ。先生はオブラートに包んだつもりだろうが表現がへたくそすぎる。というかちょっと待ってくれ。妄想で死ぬってなんだ?もしそれで死んだら末代までの恥というか産まれてこなかったことにされかねない。僕は慌てて「どうすればいいですか?」と先生に尋ねた。
「三途の川は生きてる人間には馴染みはない。どうにかしろと言われても出来ないような出来るような…。でもまぁ、知り合いに頼んでみるかな」とケータイを取り出してどこかに電話し始めた。
何コールかして誰かが電話に出たらしく先生が「おう、俺だ。そうだ……まぁ頼むわ……俺か?こういうのは専門外だ…あぁ……了解了解、また何か手に入ったら横流しするから」という言葉が聞こえてきて先生が電話を切った。そしてら笑みを浮かべて「んじゃ、寺に行くぞ」と僕の襟首を掴むとズルズル引っ張っていく。この人細身の癖になんて力だ。
そうやって無理矢理車に押し込められて着いた先は廃屋といっても差し支えない一軒のボロ屋だった。見た目完全に寺に見えない。というか寺じゃない。不良が集まって肝試しするような感じの廃屋のような所だった。
先生が「邪魔するぞ」と言って玄関から靴を脱いで上がっていった。僕も靴を脱いで上がる。ギシギシとなる廊下を歩いていく。外観からは想像できなかったが家の中は小綺麗で穴とか腐ってる箇所は何処にもない。と先生が「今日はここだな」と言って横の襖を開ける。部屋には、スキンヘッドにサングラス・片手にタバコ・袈裟ではなく黒スーツを着ている如何にもヤクザな雰囲気を放つ人物が寛いでいた。
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「おう、ようわかったな」
「いつものことだ。そんなことよりコイツが俺の弟子というか教え子みたいなもんだ」
「は、はじめまして」と言うとその坊さんもどきの人は、かっカッカと笑って「成る程な、最近じゃ見ない良い霊感を持ってんじゃないか。だから、引かれたんかねぇ~。まぁいいや、ちょっとそこ座れ」と言い差布団を出してきたのでそこ正座する。先生は座布団無しで座り……というか寝っ転がって寛いでいる。この人何してんだ?と横目で見ながらそう思っていると坊さんもどきのヤーさんはじっと僕を見て「成る程成る程」と頷いている。
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「コイツぁ災難だったなぁ~。でもまぁ、なんだ?今の程度なら何とかしてやれるな」
「え?これなんとかなるんです?」
「まぁな。というかお前さんが体験したようなことはちょこちょこあるんよな。別に珍しいことじゃないんよ。つか、アレでも対処可能なんだけどな」と寝っ転がってる先生の方に指を指す。先生は大あくびをして耳の中に指を突っ込んで誤魔化してる。
「でもまぁ、俺の方が適任ではあるんだけどな。ちょっとこっちこい。」と呼ばれ案内されたのは広い道場のような部屋……いや、仏間というべきか。木像で出来た不動明王がそこに鎮座していた。
「とりあえず、だ。ここで簡単にお祓いとお清めをしてやるから。あ~、あとお経唱えてる間これ噛んで」と一枚の葉っぱを渡された。僕がどぎまぎしてるのを横に先生も意地悪な顔をして「ホレホレ、早く噛めよ」と言い坊さんも「噛め噛め」と意地の悪い顔をして促してくる。僕は思い付きってその葉っぱを噛む。クソ苦い。その辺にある葉っぱみたいな感じで青臭い。俺が苦虫を噛み潰したような顔をしてると不動明王に向き直った坊さんが読経を始めた。
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般若心経のような普通のお経のような、でも言葉の節々に「その精神を奉る~」とか「まだ逝かぬものへの~」などおよそお経に関係ない言葉が混じってちょっと吹きそうになったが先生が「この罰当たりが」と言って横から頭めがけてチョップを入れてきた。物凄く痛い。暫くお経を聞き続けていると頭の中にある花畑のイメージが浮かんできたがそれがだんだん軽薄になっていき完全に消えてなくなった。
お経が終わり坊さんがこっちを見て、「もう大丈夫やぞ。」と言いニカッと歯を見せて笑った。
帰る途中に先生に「お経の前に噛ませたあの葉っぱは何ですか?」と聞いたら先生は「あれはトゲを切っておいた柊の葉だよ。柊の葉は魔除けになるっていうからな。意味は特に無いとか言ったりするが気持ち程度の問題だろ」
そんなことよりと先生は続ける。
「お前はお前が思ってる以上に霊的攻撃に晒されやすいらしいな。今回のこともそうだったが、今から考えるとこの先少し不安になってくる。自分で色々対処を考えとけよ」と脅す。僕は「そういう先生はもし何かあったらどうするんですか?」と言い返すと「俺は黄泉返りだからどうにでもなる」とそう呟いたのを微かに聞いた気がした。
作者赤坂の燈籠