俺は今年三十路の、ありきたりな独身男性。
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住んでいるところは、とある地方の私鉄駅から北に歩いて10分のところにある、ありきたりなアパート。
通勤の便から三日前に引っ越してきたばかりだ。
毎朝アパートから南になだらかな下り坂を歩いて駅まで行き、そこから会社に向かうのだが、その途中にちょっとしたアーケード街を通る。
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昭和の昔からあるような、時代に取り残された、そんなアーケード街。
様々な店が立ち並んでいるが、その多くはシャッターが閉じられており、すでに営業を辞めているようだった。
いわゆる活気のある商店街に特有のいきいきとしたライブ感というものが、全く感じられない。
商店街というのも生き物と同じで、青年期を経て老年期になり、最後はその寿命を終えるものなのだろうか。
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そのアーケード街の出口付近に、古い理髪店がある。
そこはわずか3メートルほどの間口の店舗。
二階建てのビルで、二階は住まいだろうか。
店前にはお約束の赤青のサインポールが置いてあるのだが、止まっている。
両親が片田舎の商店街で理髪店をやっていた俺としては、どこか気になる店だった。
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店舗正面は真ん中辺りに押しドア。
その左手は黒ずんだ白壁、そして右手は全面ガラス面のディスプレイになっているのだが、かなり汚れていて店内はボンヤリとしか伺いしれない
一度ウィンドウの側まで近づき、中を覗いたことがある。
待合のスペースだろうか、ウィンドウの際に楕円形のガラステーブルがあり、その上には数冊の雑誌らしきものが積まれているようだ。
傍らに黒いソファーがあった。
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─この店、俺が通る時はいつも閉まってるけど、やってるのかな?
まあ俺がここを通り過ぎるのは朝は早くだし帰りもだいたい午後8時くらいだから、たまたま営業時間外なんだろうな、などと思いながら、俺はその店の前を通り過ぎていた。
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それは引っ越してからようやく一週間が過ぎた、とある日曜日の昼下がりのこと。
俺は散策がてら、アパート周辺を散歩することにした。
考えてみると、こんな真っ昼間にこの辺りを歩くのは今日が初めてだった。
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いつもの通勤時のように古い住宅に挟まれたなだらかな下り坂を歩き進むと、件のアーケード街の入口が見えてくる。
入口上方には、「ようこそ、サンライズ商店街へ」という錆びた巨大なアーチ型の電飾看板が掲げられていた。
アーケード内に一歩足を踏み入れた途端、何故だろう一気に心は雨雲が立ち込めたような沈んだ気分になる。
そう、それは誤って山奥の廃墟にでも迷い混んだような、そんな重々しい気分。
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どこからか微かに聞こえてくる、空疎で安っぽいBGM。
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ふと見上げると、遥か上方の天井窓から不穏な曇り空が覗いている。
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両側に立ち並ぶ店舗の多くはシャッターが閉じられており、営業している履物屋、着物屋、雑貨屋等々の店も、何だか活気がない。
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数人の店主らが店前で、ただ呆然としながら突っ立っている。
アーケードの真ん中を歩いている俺を、まるで近未来から訪れたマレビトを見るような目で追っていた。
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そしていよいよアーケードの出口に近付くと、例の理髪店が見えてくる。
店前で立ち止まり、何気に店頭に視線をやった。
サインポールはやはり止まっている。
試しに店舗正面中央にあるドアを押してみた。
鍵が掛かっているのか、ピクリとも動かない。
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─やっぱり営業はしてないのかな?
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ドア右手のディスプレイウィンドウは相変わらず薄汚れていて、店内はボンヤリとしか見えない。
楕円形のガラステーブル。
その上に積まれた雑誌。
ただ俺はそこに、以前には無かったと思われる奇妙なモノがあるのに気がついた。
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─なんだろうか?
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などと思いながら一歩前に近付き、ウィンドウに目を凝らしてみる。
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一瞬ゾッとした。
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マネキンの頭部だろうか。
ガラステーブル上の右端に無造作にある。
そう、それはよく理髪店や美容室で見掛けるやつ。
ウィンドウの汚れでボンヤリとしか見えないのだが、茶色い髪に白い顔で口を半開きにして何だかこちらをじっと見ているようで不気味だ。
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─昨日の朝方もその前も、店の前を通りかかり見た時は、こんなのはなかったと思うのだが、、、
じゃあ、この店にはまだ誰か出入りしてるのか?
それとも、、、
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そんなことを思っていると俺は背筋が少々薄ら寒くなり、さっさとその場を立ち去った。
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その翌日、会社を終えた俺は、駅からいつもの道をアパートに向かって歩いていた。
そしてあのアーケード街の出口が近付いてきた時、100メートルほど前方で赤色灯がチラチラと灯っているのが見える。
何だろう?と歩き進むと、1台のパトカーが道脇に停車しているということが分かった。
ちょっとした人だかりまであり気になったが、その日俺は仕事でかなり疲れていたから、そのまま通り過ぎた。
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翌日、帰宅途中に改めてアーケード街の履物屋の商店主に尋ねると、あの理髪店の店内で女性の切断された頭部が発見されたということだった。どうやらその女性は、理髪店店主男性の奥さんだったようで、店主は未だに行方不明ということだった。
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ありきたりな日常に垣間見えた狂気に、俺は背筋が凍った。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう