手のひら怪談 「第17話」                                   

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手のひら怪談 「第17話」                                   

「手鏡」

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先輩看護師のUさんから聞いた話です。

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多分、みなさんもご存知だと思いますが、人は、お亡くなりになる少し前に、奇妙な行動といいますか、普段あまりしない行為をいたします。

そのうちのひとつが、「手鏡」といわれる行為です。

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死期を自覚しているかいないかはともかく、お亡くなりになる前に、ご自身の手のひらを、じっと見つめ続ける患者さんがいらっしゃいます。

行為自体は、そう珍しいことではありません。

おそらく、皆様の中にも、実際にご覧になられた方がいらっしゃるのではないでしょうか。

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私の勤務する病院では、この行為を「手鏡」と呼び、暗黙の了解となっています。

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(手鏡を始めたね。そろそろかもね)

看護師たちは、このような行為を見かけても、小さく頷きあったり、目配せしたりする程度にとどめ、いちいち口に出したりはいたしません。

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ある日、20代前半の若い男性が、救急搬送されてきました。

たしか、交通事故だったと思います。運ばれてきた当初は、内臓が一部飛び出した状態で、一刻を争う事態でした。男性は、激痛に耐えながら、振り絞るような声で、「死にたくない。絶対に生きてやる。」と叫んでいました。

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男性の悲痛な叫びを聞き、なんとかして助けたい、助けなければと祈り願いながら 医師、看護師全員が一丸となって手術に臨みました。

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結果、無事手術は成功し、術後の経過もよく、このまま順調に快復するであろうと誰もが信じ疑いませんでした。

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ところが、ある日を境に、この男性患者さんの様態が、徐々に悪化していったのです。

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怪我とは別の内蔵疾患や感染症を疑いました。

あらゆる検査を試みるものの、数値結果は、全て正常値。なんら悪いところは見当たりません。担当医も首を傾げるほかなく、私たちもお手上げ状態でした。

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ある朝、夜勤明けの同僚看護師のMが、怒りに声を震わせ、ナースステーションに駆け込んできました。

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前日は、重篤な患者の手術が長引いたことで、引き継ぎが遅れ、Mの見回りは、いつもの時間帯より、少し遅く。なるだろうことは、皆が周知していました。

通常と違う流れになると、些末なトラブルや思いがけない医療事故などが発生しやすいのです。

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Mの語る話に、その場にいた皆が驚きを隠せませんでした。

以下、Mの話です。

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深夜1時、居室を巡回するため廊下を歩いている時、嗄(しゃが)れた中年女性の声が聞こえてきました。

低いトーンで、一見、小さな子どもを宥るような口調なのですが、よくよく聞いてみると、パワハラ的と言いましょうか、どこか高圧的な印象を受けたとのことでした。

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ーこんな深夜に、何をしているのかしら。

Mは、怪訝な表情を浮かべながら、声のする方へと辿って行きました。

不可解かつ不快な声は、例の男性の病室から、漏れ聞こえているのでした。

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「ほら、ほら、ちゃんと見て。こうして、手を開いたら、顔の前に手を持ってきて。そうそう、鏡を見るように、手のひらをみるの。ね。」

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「なぁ、なんでこんな事しなきゃならないんだよ。」

「早くここから出してあげたいからよ。ね、お母さんの言うことを聞いて頂戴。これは、よく効くお呪(まじな)いなんだから。」

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母子二人のやり取りに、いたたまれなくなったMは、病室のドアを開けると、

「何をしているんですか。今、何時だと思っているんです。」

と、いつになく、声を荒らげ忠告しました。

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ドアの先には、茶髪のロングへアをひっつめにし、派手な服と化粧が施された中年女性と思しき女が、男性の右の手を男性の顔の前に持ってきては、嫌がる男性に対し、しきりと「手鏡」を見るように催促しています。

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声の主は、男性の実の母親でした。

2週間ほど前から病院に入り浸り、なにかと干渉してくるため、私たちも困惑していました。原則病院は、完全看護です。

重篤な状態にあるならともかく、症状も落ち着き出した頃になって、何故か付き添いをしたいと言い出したのです。

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たしかに、その頃から、症状が悪化し始めましたから、無下に断ることも出来ず、せめて、夜間だけでもとお願いしますと頭を下げられ、しぶしぶ受け入れざるを得なくなったというのが正直なところでした。

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母親の言動は、日に日にエスカレートし、5日程前には、おかしなサプリメントを飲ませようとしてみたり、検査室の中にまで入り込もうとしたり、そろそろ、私たちも限界に近づいていた矢先の出来事でした。

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「息子さんになんてことをするんですか。嫌がっているじゃないですか。ここは、完全看護です。治療の邪魔になりますから、さっさと出て言ってください。」

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母親は、Mの剣幕に、

「あ~ぁ、もう少しだったのになぁ。」

と、なにやら意味不明の言葉を呟くと、チッと舌打ちをして、その場からいなくなったというのです。

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この行為自体は、「犯罪」ではありませんが、治りかけていたのに、症状が急激に悪化したことや、原因不明の体調不良など、振り返ってみますと、この母親が原因で、良くなるものも悪くなっていったとしか考えられません。

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深夜、実の息子に対し、死を間近に控えた患者がするような不吉な行為ー自分の手のひらを、手鏡を見るように眺めるーを強要するなど異常としか思えません。

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男性は、その後、みるみるうちに快復し、10日と待たずに退院することが出来ました。

退院し一ヶ月後、経過観察と受信のため、外来に訪れた男性は、担当医に対し、母親とは、絶縁したと話したそうです。

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「もう、二度と会わなくてもいいようにしてやりました。」

男性は、手のひらを自分の顔に近づけ、じっと見つめる仕草をしたというのです。

「ーそう、こ~やって やったんですよ。」

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男性は、口角を上げただけの不敵な笑みを浮かべ、

「あいつに教わった通りの お・ま・じ・な・い。」

と、言い放ったというのです。

その顔は、あの母親とそっくりで、担当医はじめ、その場にいた看護師全員が凍りついたと話していました。

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思い返してみれば、おかしなことばかりでした。

男性が瀕死の重症で救急搬送されたのも、母親が深夜強引に病院に入り込み、不吉な「手鏡」を強要したのも。

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おまじないは、お呪いと書きますが、看護師の私が今までで一番戦慄した 怖くて忘れられない出来事です。

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