中編6
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生活保護と村の因習

いわゆる僻地、陸の孤島、限界集落と言われるような地域では都会では考えられないような習慣、常識、倫理観が醸成されることがある。

これはとある村落でのそんな因習にまつわる話です。

とはいっても現代でも続いているものですので要所要所にフェイクを入れてあります。

県外から就職で引っ越してきた福祉ケースワーカーのA子さんは○○村を含む地域の担当となりました。

福祉ケースワーカーとはなんらかの福祉の助けが必要な人が正しく福祉の援助を受けられるように、また福祉サービスが適切に利用してもらえるようにアドバイスと監督を行う仕事です。

早速A子さんは○○村の生活保護世帯の方々を訪問面談しましたが、その際に非常に大きな違和感を感じました。

その違和感とはどの世帯も自動車を保有しているのです。

ご存知の方も多いかもしれませんが生活保護を受ける人は一部の資産の保有が制限されます。

家、土地、貯蓄、積立保険そして車など現金化できるものは全て換金し生活費に充当させる必要があります。それらを消費してなお生活費が無い場合に生活保護の申請が通ります。

例え車がないとどこにも行けず生活が成り立たないような地域であるとしても認められません。

ですが一部例外はあります。

いくつかありますが代表的なものに「公共交通機関の利用が著しく困難な場合に、同居する障がい者の家族の通院、通勤、通学などにのみ使用する」というものがあります。

この村落の生活保護受給世帯で自動車を保有されている世帯はどこも足の悪い家族がいました。

なのでその人たちの通院や通学などのために自動車の保有が認められているようでした。

ケースワーカーとしてA子さんは各世帯に生活の状況などの聞き取りをする際に自動車保有の条件である障がいのある家族についても確認をしました。

偶然なのかどの世帯も足の悪い障がい者の家族は年齢を問わず女性でした。

またその足の具合ですが共通して片足が足首のところで不自然に捻れているのです。

痛みはないらしく車椅子などは不要で日常生活は問題ないのですが走ったり、長距離を歩いたり、階段や坂などを登り降りするのは困難なようです。

また車の利用状況についても確認しました。

これは本来の通院や通学のみの使用が守られているかの確認ですが実態として多くの場合で守られていません。

厳密に言えば病院の帰りにスーパーに寄ることなども許されないのですが、ある程度は黙認されているのが実情です。

どの世帯も送迎の途中でなんらかの用事を済ませているようでしたが、村内にまともに買い物をする施設などもないためA子さんは仕方ないことだと思いました。

多くの受給者の方から車がないと生活ができない、取り上げられたら生きていけないとの声も聞くことができました。

地方都市ですら車がないと不便なことが多いのですからこのような何もない地方では車は生活必需品とも言えるであろうことはA子さんも理解しています。

A子さんは車の使用状況については適切に利用されている旨を書類に記載しました。

街に戻り事務所に帰社したA子さんは事務処理を進めながらもあまりに今日A子さんが見た村の状況について気になってしまったので上司に聞いてみました。

「すみません、本日訪問した○○村のことで相談というか報告なのですが・・・」

「ああ、何かあったかね?」

「ええ、自動車を保有されている世帯が非常に多くて・・・。ただどの世帯も障がいのあるご家族がいらっしゃりちゃんと許可を取られているのでそのこと自体は問題ないのですが、あまりに多いかなと違和感を感じました。」

「・・・ああ、あそこは足が悪い人が昔から多いからねえ。」

「また足の障がいの状態も共通する点があり、また女性に偏っていることも気になりました。」

「まあまあ、たまたまそういう地域なんだよ。さて今日は処理すべき書類も多いだろうから無駄話はここまでだ。業務に戻ってくれるね?」

半ば打ち切られる形で話は終わってしまいました。

釈然とはしなかったものの新人であったA子さんはそれ以上この件を聞くのは良くないことなのだろうと感じ書類仕事に戻りました。

黙々と書類の処理を進めていると定時になったのでタイムカードを切り、またデスクに戻ります。ここからはサービス残業です。

引き続き書類の山に取り組みそろそろ終わるぞというところで同僚のB美さんが晩御飯に誘ってくれました。

いい加減疲れていたので残りは明日朝イチ処理することにしてこの日は退勤してしまいました。

職場から車で10分ほどのうどん屋さんに入り、席に着くとB美さんが切り出しました。

「今日○○村について話してたでしょう。あの村は少し頭おかしいところあるからあまり村について聞いて回ったりしないほうがいいよ。

まあそうは言っても気になるだろうし、知らずに地雷踏んでも仕事に差し障るだろうから私が知ってる範囲で教えてあげるよー。それに私あの村出身だしね。」

「え?B美さん○○村のご出身だったんですね。」

「そうそう。ただあの村はちょっとアレだから大人になってから街に出て今はできるだけ関わらないようにはしてるんだけどね。」

「そのー、アレってのはどういうことなんでしょうか?」

「引くくらい狂った風習が昔からあるのよ。

あの村では産まれてきた女の子の足を捻るの。そうするとその子はお淑やかで女性らしく嫁の貰い手に困らないって言われてるの。」

「本当ですか?」

「本当本当。まあ最近ではやらない家も増えてきてるし、おまじないのノリで形式的にひねって子供の成長を願うみたいにしてるとこもあるみたいなんだけど、今も家長や姑さんが本気の力で捻ってうまく治らずに障がいが残る女の子もまだまだ多いみたい。実は私も障がい者手帳もらえないレベルではあるんだけど足やられてるんだよね。」

そう言ってB美さんはちらっと足をA子さんに見せてくれましたが素人目にはどこが悪いかはよくわかりませんでした。

「いやー、一応見せたけど見てもわからんよね。ただ全力で走れないんだよ。

物心ついた頃から走れないことは自覚してたからスポーツとかには一切興味持てなかったけど、中学入ったあたりにもし走れてたらスポーツにも興味を持てていたのかな、何か部活とか入ったのかなとふと思ったの。それがいつか村を出ようと決めたきっかけだったのよ。」

「そうなんですね。やっぱり走り回れないイコールお淑やかに育つというイメージから始まった風習なんでしょうか?」

「昔婆ちゃんに聞いたことがあって。あ、婆ちゃんも足悪いんだけどね。何で自分も婆ちゃんも足悪いのって聞いた時に教えてくれたの。

昔、村によく働く美人な娘がいたそうなの。この娘が町の金持ちの商家の息子に見そめられて縁談が組まれたんだけど娘は山向こうの農家の男と愛し合ってたらしいの。

父親に何度も農家の男と添い遂げたいと懇願するも商家との繋がりを作りたかった父は頑として受け入れなかった。

しかし諦めの悪い娘に腹を立てた父は何と棒で娘の足を殴り折ってしまったの。

その後、足の治りが悪く以前のように働けなくなった娘に対して農家の男は冷たい態度を取るようになったの。農家だからこそ元気に働けることは必須だったのかしらね。

一方娘の美しさに惚れ込んでいた商家の息子は娘に働けなくてもいい、私のそばにいてくれと囁き娘もその言葉にコロッと落ちてしまったの。

その後2人の結婚式も無事に終わってしばらくした頃、地域一体に干ばつが起こって多くの餓死者が出たんだけどこの村は町の商家からの援助を受けられたために1人の餓死者も出さずにこの災害を乗り越えることができたそうなの。

このことから村では足の悪い女は村に幸福をもたらす、良い嫁ぎ先に恵まれるという風に解釈されるようになってこの狂った風習が生まれたそうよ。」

「世のフェミニストが聞いたら卒倒しそうな話ですね。」

「そうよね。ただ婆ちゃんはこの娘は足が悪くなったおかげで幸せになったんだ、農家に嫁いでたら毎日しんどい仕事をしなくてはならなかったけど、商家に嫁いだから何不自由なく暮らせたんだよって言っててそれは確かにそうかもなって思った自分もいたんだよね。まあ私はこれからもバリバリ働きますけどね!」

「今あの村の生活保護受給者の割合60%超えてますよね。まともな産業もない地域ですし。現代では商家ではなく県に養われているんですね。」

「そうそう、足が悪い女がいるから車が持てる、だから暮らしていける。因果なものよね。あながち言い伝えも間違いではないのかもね。」

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