突然の訃報が届いたのは、3年前の夏のことでした。
「昨夜、Dが亡くなりました。通夜の日程は〜」
仕事中に共通の知人から届いたLINEに、私は思わず頭が真っ白になりました。
D先輩は、中学のふたつ上の先輩で、当時から明るく気さくで、とにかく元気で誰からも慕われる兄貴分という存在でした。
私は特別仲が良かったわけではないのですが、お互い地元で就職した事もあって、何かと気にかけてくれていました。
亡くなる三日前にも郵便局でたまたま会う機会があって、その時も仕事の事や今後の夢や、お母さんについて熱く語っていたのでまさか亡くなるなんて、状況が理解できませんでした。
通夜の日、私はどうしても先輩の死を受け入れられず、先輩と親しかったK先輩に思い切って尋ねました。
「あの、D先輩はなんで亡くなったんですか?」
「あぁ、自殺って話だよ。」
あの先輩が自殺?
D先輩と自殺という言葉がどうしても結びつきません。
「三日前に会った時も元気そうだったんですけどね…」
私が何気なく口にした言葉にK先輩の顔色が変わりました
「お前、三日前に会ってんの?死ぬ三日前?」
「はい、たまたま…」
「どこで?あいつなんか言ってなかったか?」
「いや、郵便局で…特に何も。仕事の話とか、今後の事とか、お母さんの話とか」
「お母さん…?」
その時、K先輩が小声で誰かを呼びました。
それはD先輩のいとこのEさんでした。
「こいつ、三日前に会って、お母さんの話聞いたって」
「は?どこまで聞いた?」
明らかに2人の様子がおかしいです。
「あの、最近お母さんがいつも夜来るのでなかなか寝付けないとかなんとか…」
そう言えばこの話を聞いた時私も何か違和感を感じました。お母さんが夜来るから寝付けない…?お母さんは何しに来るんだろう?
「あのな、Dの母親はとっくに亡くなってんだ。」
「え」
「最近夜来るって言ってた?」
「はい」
「じゃあまだ来てたんだ」
Kさんは深刻そうな顔をして、親族の方へ歩いて行きました。
「俺もよく知らないけど、あいつの母親ってあいつが9歳の頃に既に死んでて…たしか病気だと思うけど、それで父親に育てられたんだけど父親も中学上がる前にいなくなって、んで親戚に引き取られて。だからEとは兄弟みたいに仲が良いんだ」
「そうだったんですね。でも、夜来るってのは…?」
「あいつ霊感あるらしくて、子供の頃からいつも母親の霊が見えるって言ってたらしいよ。学校にいる時もそんなんだからいじめられるし、家でもずっといないはずの母親と会話してるんだって。」
私はその時、怖いと言うより悲しい気持ちになりました。
最愛の母を失った悲しみから、いないはずの母親の幻影を見ていたのか、それとも本当に母親の霊が息子の身を案じて側を離れられなかったのか…
「あれ、でもじゃあ夜来るってのはなんなんでしょう?」
「確かにな。いつも見てたなら夜来るなんて表現変だよな。それに最近て言ったんだろ?どう言う事だろ?」
友人のK先輩にはこれ以上の事はわからないようでした。
そうこうしてるうちに通夜が終わり、翌日の告別式も滞りなく終わりました。
告別式の後、私はEさんに親族待合室に呼ばれました。
そこにはD先輩の親族の方が数名待っていました。
「すいませんね、変な事に巻き込んでしまって。」
中でも年長の女性が私に深く頭を下げました。
「あ、いえ、私は何も…話を聞いただけで…」
親族達は顔を見合わせながら、誰が話す?と言った雰囲気でした。
ようやく口を開いたのは、60代ぐらいの品の良さそうな男性でした
「Dの叔父です。Dはうちで引き取って、育ててきました。あれの母親は私の妹でして、昔から病弱でね。それでもなんとか子供ができてそりゃもう溺愛ですよ。目に入れても痛くないどころか、自分の命なんていらないといった感じでね。」
D先輩の叔父さんだというその方は辛そうに、悔しそうに話を続けました。
「それで、無理したんでしょう。ほとんど1人で育てたようなもんだからね…誰にも渡さないぞって感じでね…結局病気で亡くなってしまって…それで父親もすぐに私らに子供預けていなくなってしまって。それからですよ、Dが"お母さんがいる"って言い出したのは。最初はやめさせたんです。気味が悪いんでね。でも段々可哀想になってきてしまって。大好きな母親と、幻でも幽霊でもいいから一緒にいられるなら良いかなと…甘く見ていたんでしょうね。私達も…」
そこから突然親族達の顔色が曇り始めました。先程の年長の女性は手を合わせて何やら拝んでいるようでした。
「離れたくなかったんですね…息子と。昼間はみんな付いてるから、夜だったんですね…」
そこでとうとう、叔父さんは泣き始めました。
「何も今になって…Dが婚約したって時にね…奥さんにDを取られるのが嫌だったんだね…きっと…」
D先輩が婚約しているというのは、そこで初めて知りました。
私は、ここで1番気になっていたことを尋ねました。
「あの、夜来ると言うのはなんだったんでしょう?お母さんはずっと側にいたんではないんですか?」
叔父さんはふぅっとため息を吐いてから話し始めました
「夜来るって言うのは、夜来るではなく、夜狂うだと思います。あれが高校の頃彼女ができてね、毎日彼女の家に入り浸ってそれはそれは有頂天だった時期があったんです。その時期ひどい大怪我をしたんですよ。家の2階から落ちて。」
「家の2階から?」
「ええ、気付いたらベランダによじ登ってて、やばいと思ったけど遅かったって。お母さんが狂ってやったって言ってました。あの時はまさかと思ってましたけど、今思えばあの時何かしら対処すべきだったのかもしれません…」
今回の事も、私の証言?によって婚約者への嫉妬に狂った母親の仕業という事になったらしく、私は証人としてここに呼ばれたらしいです。
しかし、私が証言したところで何も解決はしませんし、婚約者さんは納得できないのでは…?
私は、親族の中に婚約者らしき人を探したのですが、それらしき人は見当たりませんてました。
「Dさんの婚約者という方は今日はいらっしゃらないんですか?」
その言葉に、その場の空気が凍りつくのがわかりました。
そしてまた気まずそうに、叔父さんが口を開きました。
「婚約者って人はね、行方不明なんですわ。警察にも探してもらってるんですけどね…まあ、死んではいないでしょう。殺したらDと一緒にあの世行きですからね。母親がそんな事は許しませんよ。きっと、死ぬ事もできないような所にいるんでしょうね…」
私は言葉を失いました。
年長の女性の念仏だけが静まり返った部屋の中をぐるぐると渦巻いているようでした。
作者文