中編5
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殺人衝動

これは私が大学生の時、当時住んでいた北海道の某心霊スポットに肝試しに行った時の話です。

大学一年の夏休み、私はサークルの先輩に聞いた"地元で有名な超ヤバい心霊スポット"とやらに友人2人を連れて訪れました。

元来インドア派であまりアクティブな方ではないのですが、親の目の無いはじめての一人暮らしに相当浮かれていたんだと思います。

そこは、山奥にある墓地でした。

墓地と言っても所謂霊園のような場所ではなく、ざっくり言えば"たくさんの人たちが一ヶ所に集められている場所"でした。

地図にも載っていないし、先輩達に聞いても具体的な場所はわからないらしく、私達はその墓地があると言われている場所を1時間ほど散策して、ようやくそれを見つけました。

一見すると見逃してしまいそうな、膝丈ほどの小さな石碑に苔がびっしりとこびり付いていて、手入れもされていないのか周囲は背の高い草に覆われていました。

結論から言うと、ここでは何も起こりませんでした。

確かに雰囲気は抜群、とても1人では来られないような不気味な場所でしたが、怪奇現象どころか動物の声のひとつも聴こえませんでした。

私達は半ばホッとしたようながっかりしたような複雑な気持ちでその場を後にしました。

私の身体に異変が起きたのはその道中です。

来た道を戻っていくと、行き道では草木の影になっていて気付かなかった古い木製の案内板のようなものが立っていました。

かなり古いもののようで、ほとんど朽ちていて文字は読めませんが、どうやら2方向を指しているようでした。

片方は私達が先程訪れた墓地の方を指しています。もう片方は今そことは全く別の森の奥の方を指していました。

「どうする?」

「せっかくだし行ってみるか?」

「でも道がないよ。腐って別の方向指してるだけじゃないの?」

等と言いながら行きあぐねていると、友人の1人がある事に気づきました。

「あれ、この板が指してるのってあれのことじゃないか?」

懐中電灯で案内板が指す方向を照らすと、10メートル程先に祠のような物があるのが見えました。

なんだ、すぐそこじゃん。

と私達はその祠に向かって歩き始めました。

祠の形や色まではっきりと見えるぐらいまで近づいた時、私は突然目眩に襲われました。

視界がぐにゃりと曲がり、やばい、と思った次の瞬間何かに引っ張られるような感覚で後ろ向きに倒れてしまいました。

それに気付いた友人が慌てて起こしてくれて、大丈夫か?普段運動してないから疲れたんだろ。等と心配して声をかけてくれているのが聴こえているのですが、私はそれどころではありません。

倒れた直後から私は今まで感じたことの無い感覚に襲われていました。

それは、殺人衝動でした。

とにかく目の前にいるこの友人達を今すぐ殺したい。殺したい。殺したい。どんな方法でもいい、とにかく苦しめて、断末魔の声を聴いて、息の根が止まるのをこの手で味わいたい。殺したい。殺したい。殺したい。

もちろん私は人を殺したことなんかありませんし、殺人がどんなものかなんて想像もつきません。しかしその時は、とにかく殺人欲求に支配されていました。

同時に僅かながら自分の本来の自我も残されていて(そのおかげで今こうしてその時の状況を皆さんに伝えることができています)、私は本能的にその祠から遠ざかろうともがきました。

その、私の尋常じゃない雰囲気を察したのか、友人の1人が私の肩を抱いて祠からズルズルと遠ざけてくれました。

祠から離れるにつれ、徐々に殺人衝動は収まり、車まで戻った頃にはすっかり落ち着いてそのまま眠ってしまいました。私の記憶があるのはそこまでで、気がつくと私は自分の部屋の玄関先で寝ていました。

靴も衣服もそのままでドアに鍵もかけずに玄関で眠ってしまっていたのです。

時刻は昼過ぎでした。

車に乗ったのが恐らく深夜の0時過ぎぐらいだと思うので、半日近く寝ていた事になります。

私はポケットから携帯を取り出し、友人に電話をかけました。友人Bは応答がなく、Aは2度目の着信でようやく応答がありました。

「昨日はごめん、なんだか俺車に乗ってからの記憶が無くて…」

「ごめんじゃねーよ。起きたならとにかく病院行け。Bは入院する事になったぞ。」

「入院?なんかあったの?」

「マジで?お前がいきなり殴りかかって怪我させたんだろ!」

「は?俺が?」

驚きはしましたが、完全に否定できない自分もいました。あの衝動、あの欲望がそう簡単に鎮まるはずがないと思ったからです。事実車に乗ってからの記憶はありませんし、その間に何があったかは友人達の言葉を信じるしかありません。

友人によると、祠の近くで突然私が倒れたかと思うと痙攣し出し、唸りながら焦点の合わない目で涎を垂らしていたのでこれはまずいと思い車まで運んでその場を離れようと試みたが、後部座席でBに背中をさすられていた私が突然

「殺す殺す殺す」

と呟きながらBを何発も殴りつけ、靴のまま顔や胸を蹴りまくり、最後に酷い言葉で罵声を浴びせたかと思うとそのまま気を失ってしまったらしく、BはそのままAの車で救急病院に直行し、私はいくら起こそうとしてもびくともしないので無理やり部屋に押し込んで帰ってきたと言うのです。

Bの意向で大ごとにはしたくないとの事で被害届等は出されず、私はただただ泣きながらBに謝りました。

その後しばらくして私は大学を辞めました。

そんな事件を起こしてしまい友人に会わせる顔が無かったと言うのもありますが、一番の理由は、AとBに対してのみ、あの衝動が治らなかったからです。

ふとした瞬間、彼らの声を聞いたり顔を見たりするだけであのどうしようもない感情が襲ってきてまた意識が飛びそうになる場面が何度かあり、私はその度に逃げるように彼らの前から走り去って、徐々に距離を置くようになりました。

それでも同じ大学、同じ学部の仲間ですから完全に遠ざける事はできず、私は大学を辞める事を決意したのです…

もし今彼らと再会したらどうなるのか想像するのも怖いですが、当然彼らとは連絡も取っていませんし、今何しているのかも分かりません。

ただ今でも、当時の彼等との思い出の写真を見返したり、彼等の顔を思い出すだけであの全身の毛が逆立つような血が沸騰するような頭の中が真っ白になってゾクゾクするようなあの感覚が蘇ります。

恐ろしい事に、私はその快感が忘れられず、彼等の写真を今でも大事にパソコンやスマホに保存していて、たまに見返しては彼等への残酷な欲望に浸っています。

これはたぶんやめられません。

やめられるとすれば、実際にこの欲望が叶えられた時だと思います。

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