いきなりですがみなさん、人を殺したことってありますか?
あります。
と答える人は恐らくいないと思いますが、隠しても匂いでバレてしまうかもしれないですよ。
私はイチゴ農家をしてます。
ありがたいことに、口コミとかSNSの発達のおかげもあり全国各地から注文をいただきます。
本当にありがたい事です。
家族経営で、直売所も兼ねているので、近隣の方や観光で近くまでいらした方には新鮮なイチゴをご購入いただいています。
常連さんもたくさんいて、今回はとある常連のお客様のお話です。
昔からの常連のお客さんの中に、建設会社の社長さんがいます。
今回お話しするお客さんは、その社長からの紹介で来店されました。
10年ほど前の話です。
その方は年齢が50代後半〜60代前半ぐらいの恰幅のいい男性で、一見気の良い田舎のおじさんという印象でした。
同時に、着ている物や乗っている車などから相当羽振りの良い方だなと感じたのも覚えています。
初めて来店された時、その方(仮に小林さんとしましょう)は、2人の若い男性と一緒に来られました。
彼らは30〜40代ぐらいのこれまた屈強な、それでいて目つきの鋭い少し強面の男性で、一目で堅気の方じゃないなと言うのがわかりました。
そのいかにもな2人が、小林さんに対しては非常に低姿勢で、ぺこぺこしてるんです。
小林さんの態度も、私達に対する明るく気前のいいおっちゃんと言う感じではなく、話し方も声色もドスが効いていて、こちらまで背筋が伸びてしまうような威圧感がありました。
そこで私たちは
小林さんてもしかして、そっち関係の人なのかな…と思い始めたんです。
かと言ってそれを尋ねる事もできませんし、確認のしようが無いため
「それっぽい人」
ということで私たちの中ではある意味名物客になっていました。
とはいえ、1人のお客様として見れば、こんなこと言っちゃ何ですが、所謂太い客と言うのでしょうか、一度に十万円近く購入して頂くこともあったので、何の仕事してる人なのかな?と言うことさえ目を瞑ればとてもとてもありがたいお客さんでした。
しかし、ある時期を境に妙な現象が起こり始めたんです。
小林さんは旬の時期には月に一、二度ぐらいのペースで買いに来てくださるんですが、ある頃から小林さんから妙な臭いがする様になったんです。
ドブ臭いような、生臭いような獣臭いような…錆びた臭いも混ざってるような気もするし、とにかく嗅いだことのない、それでいて非常に不快な臭いです。
初めは、小林さんが内臓を患ったのだと思いました。
内臓疾患によっては酷い口臭がする…何て話を聞いたことがあったので。
ただ、口臭では無いんです。全身から臭うと言いますか、小林さんが来店した瞬間から突然その空間が臭いだし、帰られた途端に残り香も無くサッパリ臭わなくなるんです。
とにかく不思議でした。
不思議でしたが、一応食べ物を扱っているので、他のお客さんの手前あの臭いは勘弁してほしいな…と言うのが正直なところでした。かと言って、臭いのでどうにかしてください。なんて言えるはずもありません。ましてや相手はあの小林さんです。
そんなある日、たまたま店に私の先輩である柏木さんが来店していました。
柏木さんとはそんなに親しい仲では無いのですが、娘さんがイチゴが大好物ということで良く買いに来てくれていました。柏木さんはお喋りが好きで、来店するといつも20分近く立ち話をしていきます。
私は気が気じゃありませんでした。その日は小林さんからの予約が入っていたんです。
2時に来店される予定でした。
時計は既に2時を回っています。
柏木さんにあの臭いを嗅がれたら店に悪い印象を与えてしまう…
店が臭うわけでは無いのですが、店の常連らしい客から悪臭がすれば店自体の印象も悪いですよね。
小林さんには申し訳ないのですが、なるべく小林さんと他のお客さんには鉢合わせしてもらいたくないと思っていました。
しかし、結局柏木さんが帰る様子はなく、その内一台の高級車が駐車場に現れました。
小林さんの乗る真っ白なレクサスです…
運転席から若い運転手が降り、後部座席のドアを開けると小林さんが伸びをしながら降車し、こちらに気付くと軽く手を挙げニコっと笑いました。
小林さんは来店するや否や
「いやー急で悪かったね!もうできてるかな?まだだったら待つから大丈夫だよ!」
と、いつもの気前のいい挨拶を済ませ、カウンターに肘を乗せその場で携帯をいじり始めました。
「じゃあ俺はこの辺で」
柏木さんが顔をしかめながら店を出ていきました。
この臭いじゃあそうなるよな…
私は何度も振り返る柏木さんに会釈をしつつ、さっさと済ませて帰ってもらおうと用意していた品物を渡し、代金を受け取りました。
いつもならありがとうと言ってニ、三言葉を交わして帰っていく小林さんがこの日は何だか神妙です。
「さっきのお客さんさ、俺の事ジロジロ見てたろ。にいちゃんもなんとなく俺の事避けてるような感じするけど、もしかして俺臭うか?」
突然の問いかけに戸惑いました。
「いえ…あの…」
咄嗟に否定できず、かと言って肯定もできずしどろもどろになってしまいました。
「前からか?いつから臭う?」
臭いません。と言うのは逆に不自然になって来たし、自分でも臭いには気付いているようだったので
「3ヶ月ぐらい前からでしょうか…」
「やっぱりなぁ。これな、臭うって奴と何も感じない奴がいるんだよ。にいちゃんは臭う方かぁ。なんでだろうなぁ。」
と首を傾げつつ、小林さんはお付きの運転手に合図をしました。
すると運転手は店を出て、車に向かい、トランクを開けました。
トランクから何やら紙袋を取り出し、戻ってきました。
どうぞ。
と言って運転手はそれを私に手渡しました。
中には日本酒と、ポチ袋のような小さな紙の袋が入っていました。
「えっと…」
と私がまた戸惑っていると、小林さんが申し訳なさそうに口を開きました
「清酒と塩だよ。お清めしてあるから、俺が帰ったら塩撒いて。酒飲んで変な味がしたらお祓いに行くといい。何も感じなけりゃそのまま料理にでも使ってくれ。迷惑かけてわるかったね。」
何のことだろう?何はともあれこんな物受け取っていいのか…?悩みましたが、断ったらそれはそれで面倒になりそうなので素直に受け取り、小林さんは満足したように帰っていきました。
翌日、柏木さんが店に現れました。柏木さんはどこか落ち着きのない様子で
「昨日俺が帰る直前に来たおじさんだけど、あの人って普通の人?」
私を見るなりそう尋ねました。
「昔からの常連さんですよ。あ…臭いですか?臭かったですかね…」
私が気まずそうにしていると、柏木さんは驚いた様子で
「あれ?お前もそういうの感じる人だっけ?」
私は何のことか分からず
「私もですし、うちのものはみんなあの臭いに困ってたんですよ。」
「そっか、そういう家系なのかな?霊感とかある?」
霊感等というものは今まで感じたこともないし、幽霊も見たことはないと伝えました。
「たまたま波長が合ったのかな。あの臭いは霊の匂いだよ。あの人何してる人か知らないけど、相当怨まれてるね。」
「柏木さんて霊感とかあるんですか?」
「少しね」
正直半信半疑でした。こんな話、ネットか創作の中だけの話だと思っていました。
ただ、あの臭いが他では嗅いだことのない何か普通じゃない臭いだったのは確かです。霊の臭いと言われれば納得してしまうような、とてつもなく不快な臭いでした。
「怨まれてるって事は、生き霊ってことですか?」
わたしが尋ねると、柏木さんはわたしの方にグッと顔を寄せました。
「生き霊からはあんな臭いしないよ。それに一体じゃない。」
私は嫌な予感がしました。
そして柏木さんは、私だけに聞こえるギリギリの声量で、こう言いました。
「自分が手を下したにしろ、誰かにやらせたにしろ、あの人たぶん人を殺してるよ。しかも二、三人じゃない。」
小林さんが来店する事はそれ以来ありませんが、未だにイチゴの注文は入り、お付きの方だけが来店されます。
もちろん、事の真相を問いただせる筈もなく、今でも常連さんとして、良いお付き合いをさせて頂いています。
作者文