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長編8
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鬼探し

誠さんが大学生だった頃の話である。

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初夏、ゲーム同好会新入部員の涼子さんから、誠さんは相談を持ちかけられた。一緒にあるゲームをしてほしいとのこと。彼女とは知り合って間もないが、折り入って連絡してくるのは初めてだった。二人は部室で待ち合わせることにした。

 ゲーム同好会とは、市販のボードゲームやカードゲームを遊びつつ、その面白さについて研究したり、部員たちでオリジナルのゲームを作ったりするコミュニティである。

 正午を過ぎて、涼子さんが部室にやってきた。

「これなんですが」

涼子さんは古びた風呂敷をテーブルの上で解いた。

「なにこれ?」

そこにあったのは、ハガキサイズの紙の束が十枚ほど。真っ白で何も書かれていない。最初に誠さんが気になったのは、この程度のものをなぜ風呂敷に包んできたのかだ。

「いわくつきなんですよ」

「いわく?」

「鬼探しという、私の家に伝わる遊びの一つらしいです。前回は失敗したので」

「失敗ってどういうこと?」

「私も何が失敗なのかは分かっていません」

「鬼って何?」

「人の魂と体を切り離す者です」

 随分抽象的だな、と感じた。誠さんはオカルトとは無縁で、彼女の言葉の意味がひとつも理解できなかった。釈然としないまま説明が続く。

「遊び方としては、バラバラに並び替えた紙を2束に分けて、左側の紙を裏返します。そこに質問が一つと、答えが二つ、左右に書いてあります。左の答えを選べば、次は左側の紙を開き、右を選べば右側の紙を開く。というように、最後を開き終えるまで続けます」

 涼子さんはここまで淡々と説明して静かになった。それだけを聞くとゲームブックのようだ。

「あの…それは何が目的のゲームなんだ?」

「やれば分かりますよ。始めるならここに手を重ねてください」

涼子さんが紙の束を差し出したので、ともかく言う通りにした。

「あなたが逃げれば鬼探し、あなたが探せば鬼泣かし」

 涼子さんがまじないらしき言葉を呟く。このとき照明の不調か、一瞬だけ視界が真っ暗になった。

「なんだ今の」

「ありがとうございます。あとカーテンを閉めていいですか?邪魔になるので」

「いいけど何が邪魔なの?」

「あなたがよそ見をしてはいけないんです」

涼子さんは軽やかに立ち上がり、窓のカーテンを閉め切る。何のことは無いが閉塞感が増したように感じた。

「紙は私が開くので、答えは言葉か指をさして教えてください」

 そうして、最初の一枚目が開かれる。

【鬼はどちらか】

 左右には、赤い羽織に黒い目をした女性と、黒い鎧に赤い目をした侍らしき男性の絵が書かれている。

「こっちかな」

 誠さんは深く考えず、侍の方を選んだ。

「そうですか」

 いつのまにか、涼子さんから喜怒哀楽の表情が消えていた。

 次の紙を開く。

【後の世に待つはどちらか】

 左には荒廃した土地と、右には反対の緑豊かな土地が描かれていた。

 誠さんは苦笑した。

「これって心理テスト?」

「思ったままで良いですよ」

「じゃあ地球は環境破壊だらけってことで、左かな」

「そうですか」

 何が良かったのか、涼子さんが微笑んだ。

【おまえが救った者が、敵になれば、後にどうなるか】

 中央には女の子の顔があった。左右には男の子の顔だ。右には怒り、左には悲しみの表情が描かれている。

 と、考えた矢先に誠さんはゾッとした。悲しむ男の子の方のみ、首から下が切れたように無くなっている。右ならやり返して、左なら殺されるということだろうか。

「さあ選んでください」

 少し悪趣味だ。遊びの内容以前に、これを堂々と持ってきた涼子さんの無神経さに対して、誠さんは幻滅しそうになる。彼女が入部したての頃とは随分と雰囲気が違っていた。

「最後はどうなるんだ?」

「それは分かりません」

 涼子さんはこちらではなく、紙に視線が釘付けだった。

 誠さんは黙って右を指さした。すると素早く次の紙が開かれる。

【右足を失うか、左足を失うか】

 絵は描かれておらず、漢字で右、左と描かれていた。

「何の意味があるんだ…」とぼやいたが彼女に反応は無い。

 誠さんは少し悩むが、大した理由も見出せず左足を選んだ。それと同時に、これがただの遊びではないと思い始めた。

【男が死すれば、女はどうなるか】

 中央には自分と似た顔の絵が描かれており、左右には、涼子さんに似た女性の笑顔と泣き顔があった。

「ちょっと待ってくれ」

「はい」

 誠さんは顔を伏せた。この人は何を考えているのだろうか。これが家に伝わる遊びであるはずがない。もしこの悪ふざけが面白いなどと思っているのなら、涼子さんとは決定的に感性が合わない。

「なんで俺たちの顔があるんだ?」

「私には分かりません」

「この遊び、面白いか?」

「全く面白くありません」

「いや…じゃあなんで俺にこんなことをさせる?」

「道をつなぐためです」

「何か悪いことをしたなら謝るよ」

「どう考えても悪いのはこちらです」

「飲み物買ってくる。落ち着かない」

 誠さんは席を立ち、ドアに手をかけた。

 施錠されている。

「あれ」

 鍵は固くなってびくとも動かない。空気が静まり、涼子さんが無言でこちらを見ているのが伝わった。

 背中にずんと重い恐怖がのしかかる。

「座ってください」

誠さんは振り向くことができず、音を立てて取手を揺さぶる。

「いい加減にしろ!辻褄を説明してくれよ」

「ただの遊びなのです。なのに誰も最後を開いてくれなくて、私はここまで来てしまいました。あなたなら決めてくれると信じて」

 これは真面目に対応してはいけない類の人間だ。誠さんは内容を無視し、さっさと終わらせて帰ってもらうことにした。座り直して答える。

「よし、右だ」

 泣き顔の方を選んだ。涼子さんはどこを見ているのか。顔を下げ、眼を上に動かした。そして次の紙が開かれた。

【前に居座るは何者か】

 左側は何か判別できない形状で、元々あった絵が黒い墨で滅茶苦茶に上塗りされていた。右側には墓を意味するのか、いくつもの卒塔婆が描かれている。文字は読めない。

 誠さんは緊張で熱を帯び、汗をかきはじめた。前にいる者と聞かれたら、答えは間違いなく涼子さんである。適当に選ぼうという魂胆はほんの数秒で砕かれた。

「もう意味が分からない」

 涼子さんに対して、一度でいいからまともな言葉を発してくれと願った。頭を抱えていると、異変が起きた。

 部室の机や棚が細かく振動している。そして止んだかと思うと、また。地震にしては様子がおかしい。何事かと思ってカーテンを開けると、まだ昼下がりにも関わらず、外には赤黒い空が広がっていた。

 数百メートル向こうで煙が上がっている。窓を開けると、言葉にならない悲鳴が立て続けに聞こえた。そして衝撃音や、火災報知器のサイレンも鳴り始める。

 何かに破壊されている。

「なんなんだアレは」

涼子さんを睨みつけるが、不気味なほど落ち着いていた。

「あなたの選択です」

「この遊びと関係あるのか」

「選んだのです。あなたは選んだのです。この先に続く道を。だから其れが降りてきました。其れが歩く道を決めるのがあなたのお役目です。先人は失敗しました。誰かが最後を開くまでは逃れられないのです。目をかけられたのです」

「うるさい、ふざけるな!」

 誠さんは冷静さを失ったが、それでも涼子さんの表情は変わらない。何とかして部屋から出よう。そう考え歩き出したとき、左足が力を失い、まともに立てずに転倒した。

 誠さんは悲鳴を上げた。感覚が無くなっていたのだ。

「さあ選んでください」

 焦燥の中、誠さんは机に這い寄り、紙を手に取った。どちらを選んでも悪いことが起こる予感がした。ただ、墓を選ぶのは躊躇してしまう。直感でしかないが、それこそゲームオーバーとも言える絵だ。反対のぐちゃぐちゃに塗りつぶされた絵の正体も分からない。

「正解を選んだらどうなる?」

「正解も不正解もありません。遊びなんですから」

「そういうことを聞いてるんじゃないんだよ」

 掴みかかりたい気分で拳を握りしめた。

「早く選ばないと終焉が」

 背後で【カタリ】という音が聞こえた。

 入り口のドアの隙間から、スーッと赤い棒のようなものが入ってきた。そして施錠による金具の部分を切り落とそうと、前後に揺らしている。

【キリ、キリ、キリ】

 それは血と錆で染まり、刃のこぼれた刀だった。

 誠さんは後退り、窓際の壁に背をぶつける。そういえば良い刀って人を斬るとすぐボロボロになるらしい、などと場違いなことを思い出す。それほど精神が限界に達しようとしていた。サイレンと悲鳴、そして何者かが命を奪いに来る音がそこまで来ている。とにかく成仏してくれと願いながら答えた。

「右…」

 搾り取るようなか細い声しか出なかった。

 しかしその瞬間、刀は消え、今まで聞こえていた音も止み、耳鳴りがした。足も動いたので立ち上がった。

 窓の外にはいつもと変わらない日常がある。何もかも嘘のように元に戻っていたのだ。安堵して振り向いた途端、誠さんはゾクリと体を萎縮させた。

 涼子さんが目をカッと開いたまま、涙を垂らしてこちらを見ていた。もしかして選択を間違えたのだろうか。ならばいよいよ殺される。逃げようにも息が詰まり、そのまま硬直して動けない。

 涼子さんは紙を風呂敷で包み始める。

「彼にとっての遊びなんです。人が選ぶ答えを世の鏡に映し、私を探す道標とする。ほんの数刻ですぐ傍にやってくる。あなたのおかげでこの方は助かります」

 そう言い終わると、踵を返して出ていってしまった。どうやら終わったらしい。ただ、それで恐怖が消えることなどなく、誠さんはすぐに鍵をかけ、しばらく頭を抱え、何もできずにいた。

 1時間ほど経った頃、友人に連絡しようとスマホを開いたら、なぜかその本人から着信が何件もあった。

 電話が繋がったときの第一声を聞き、誠さんは愕然とする。

「さっきカフェにいたら日本刀持った通り魔が出てさ。人の力でどうこうできる感じじゃなくて。もう本当に、口にできないくらいのひどい光景で。でも、隠れてたらいきなり元に戻ったんだよ。怪我人や壊された物が全部、時間を巻き戻したみたいに。でもあれが夢なはずは無いんだ。俺はおかしくなったのか?」

 その声は震えていた。自分が体験したことを説明してもややこしくなるだけだろうと思い、同じように通り魔を見たことだけを伝えた。

 後日。涼子さんは悪魔の使いかと警戒していたが、それから何喰わぬ顔で講義に出て挨拶してきた。

 そのときの記憶も無ければ、風呂敷の存在すら知らないと言う。鬼探しという名前だけは聞き覚えがあるようだったが、もう変なことに巻き込まれたくないので早々に忘れることにした。

 多重人格も疑ったが、そもそもあのときは友達と出かけていたらしい。つまりあそこにいた人物は涼子さんですらない、得体の知れない人間ということになる。

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 不気味なものが尾を引く結末となったが、誠さんは大学を卒業して現在に至るまで平穏に過ごしている。ただ、あのとき【塗りつぶされた何か】を選んでいたらと想像しただけで、今でも身震いしてしまうそうだ。

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ありがとうございます。励みになります。

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世界観が好きです!
それにとても読み応えがありました。

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