短編2
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人に有らば

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カラスの声が止まない住宅地で、俺はじっとりと汗をかいていた。

自分の住むマンションへ向かう階段を睨みつけて。

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何かいる。

俺はゆっくりと瞼を、目玉を押し込むように強く閉じ、開いた。

何だろう。形容し難いものが立っていた。

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黒くて巨大な芋虫を連想させた。それが立っている。顔はどこにあるのか分からない。

ただ、黒い皮膚が膨らんだり縮んだり、どうやら呼吸しているのだ。

その先端はおそらく俺の位置を捉えていた。味方ではなさそうだ。

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距離は20メートルほどだが、動いた瞬間に向かってきそうな気がしたので、やはり俺は遠くのカラスの声だけで、時の流れを確かめていた。

なぜかこの時間帯は人通りが少ない。

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やがて立っているだけで目眩がしてきたので、一旦コンビニでも行こうと、後退りした。

芋虫の呼吸が止まった。

俺は体の前面から突風のような悪寒に襲われ、走り出した。

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1時間ほど過ごし、たっぷりと人の空気を吸った。気を取り直してマンションに戻った。

夕闇の階段前には、その雰囲気に溶け込むように、まだそいつが立っていた。

子どもの頃にカツアゲされたときのような、恐怖と怒りを同時に感じた。

「ふざけるな」

俺は肩を強張らせ、そいつを通り抜けようとした。

「オマエか?」

ぞっとして立ち止まった。

「こんなカラダにしたのはオマエか?」

芋虫の中から声がしたのだ。

「あんた何だよ。変なきぐるみ着て…ふざけるなよ」

「テもアシも、カオもない。ダイジなものなんだ。オレにはダイジな」

芋虫の先端がこちらを覗き込んだ。窪みがあり、中に人間の歯並びが見え、それがパクパクと動いていた。

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「ダイジな。ヒヒ。オレには。オレはダイジな。ヒヒ」

俺はぐうっと喉を鳴らし、<俺じゃない>とだけ叫んで走り抜けた。

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何日か過ぎた。

あれから奴を見ない。何の災いも無く、さっぱりと忘れかけていた。

今日、マンションに帰る手前。じっと立ち尽くして一点を見ている中年女性がいた。

目をやると、あいつがいた。その先端は俺ではなく、その女性を捉えているようだった。

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少し前にネットを調べて知ったことがある。

このあたりの住人が事故か自殺だかで、全身に油を撒かれて燃やされた事件があった。

ただ誰もその人物を知らず、葬式も行われていないために、どこの人間なのか、本当に死んだかどうかも分からないらしい。

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そもそも人間などと。

俺はそれ以上何も考えず、またコンビニで時間をつぶすことにした。そして自分に恐怖し、小さく震えていた。

Concrete
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