クロサイが写真を俺に投げつけた。
「これを盗んでこい」
俺は雇われの空き巣だった。世間は未だに空き巣が単独犯だと決めつけているようだが、その方が有り難い。
こうして金を貰って技術を付け、プロとして、ビジネスとしてドロボーするものとは思っていないだろう。
いろんなオーナーがいるが、クロサイだけは異様で、ある1件の家にしか依頼を出さない。羽振りが良いので俺はしばらくこいつの世話になることにした。
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それは人里離れたところの大きな一軒家で、なんでもバケモノが住んでいるらしい。ただ何を盗んでも警備が強化されないので、俺はバケモノみたいに醜悪な老人が住んでいると読んでいた。どうせ信用するためのテストか何かなのだろう。これまで盗んだものは、書類とか、金とか、絵画とかだ。
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「鈴の音には気を付けろ」
「へい」
「おまえが死ねば他を雇うだけだ」
音なんて鳴った試しがない。
暗い部屋で、クロサイは毎回同じセリフを煙と一緒に吐いて、俺の気分を悪くする。
しかも雨とか雷の日を選んで<明日これを取ってこい>なんて言ってくるものだから尚更だ。そして今日の待ち合わせにも、当然のように俺は遅れて来たわけだ。
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「ところで、俺は遅刻するやつが嫌いだ」
「あっしはそうでもないですよ」
「おまえは時間の価値を分かっていない。時間は金に替えられない。だから俺はおまえに金をやり、時間を奪う」
「ありがたい話です」
「その写真が何か分かるか?」
「首っすね」
「首だ」
「首っすか?」
「首だ」
「首なんか盗んで何に使うんで?」
「それはおまえと関係が無い。使い道はある」
「はあ」
「場所は書いてあるとおりだ。すぐに分かる。さっさと行け」
「ちなみにこの契約はいつ終わるんですかね」
「俺は人間をあまり見ていたくない。なめたチンパンジーのようで癇に障る」
「ボスもチンパンジーってことですかい」
タバコを噛みちぎるような音がしたので、俺はそそくさと部屋を出た。
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そもそも周りに家が無いので、侵入自体は造作もない。柵に足をかけて越えるだけだ。
昔は番犬がいたようだが、鉄製の小屋とチェーンだけがいくつか取り残されていた。
入り口の扉の鍵は、最初に俺が壊したままで放置されており、もはや何のためにある家なのか分からない。
ただ俺は油断だけはしなかった。古い家は音を立てないことが難しい。
そして何より、人の住む痕跡があるからだ。
暖炉の燃えカスや、食器の位置、床の軋み具合から、家主が1日にどんな行動を取るか把握していた。
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シャリン。
居間にいたとき、俺は鈴の音を聞いた。初めてで耳を疑ったが、間違い無かった。
あれは単体ではなく、いくつもくっつけた鈴をじゃらじゃら振る音だった。
それを一定のリズムで廊下に響かせている。
じっと耳を立てていると、それはこちらに近づいてきていた。
<バレたか?>
何かセンサーでもない限り不可能なはずだった。とにかく相手は遠い。バレているなら気配を消し、移動すればいいだけだ。
寝室に移動し、クローゼットに身を潜めた。
家主は俺がいた居間を横切り、鈴を鳴らし、こちらに近づいたが、同じように横切っていった。
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<何者だ?>姿を見ようとも、光がない。
俺はめったに使わない暗視ゴーグルを装着した。こんな野暮ったい物を使うほど面倒な仕事はほとんど無い。
廊下の角から人の影が見えた。俺は部屋に潜み、襖の隙間から、姿が現れるのを待つ。
「う」
女だ。ぼろぼろの着物を着た女が音も立てず歩いてくる。便器に顔を突っ込まれたような臭いがした。そういえば雨ばかりだから気付かなかったが、そのニオイは毎回家中に立ち込めていた気がする。
まずいことに、俺の部屋の前でぴたっと立ち止まった。
<殺るか>
しかし、女はそばに掛けられていた何かに近づき、どこに持っていたのか、麺棒のようなもので叩き付けた。
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そこで初めて気づいたのだが、俺は絶句した、
死んだ子どものようなどす黒いモノが吊るされ、体には小さな鈴がいくつも巻きつけられていた。それを棒で打ち、鈴を鳴らしていたのだ。
すると、死んだと思っていたモノが産声をあげはじめた。
女は<アアア>と不気味に笑いながら、なおも強く打つ。そして女の内股から何色か分からない血のようなものが垂れていた。
こいつはだめだ。俺の分野じゃない。
いったいいくつの鈴があるのか。女はただ、そうやって廊下をぐるぐる回っていた。クロサイの言う通り、目的のものは庭の縁の下、保存ケースの中にあった。
それを黒いポリ袋に移し替え、俺はさっさと家を出ることにした。
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確認が終わると、クロサイはどかっと椅子に腰掛けた。
「契約は終わりだ」
「ちょうど良かったです」
「なんだ、見たのか?」
「はい」
「あれが何なのか知りたいか?」
「はい」
<そうか>とクロサイは、俺が何かに興味を持つのが珍しそうに笑った。
「女房だ」
「はあ?」
「そのままにしちゃまずいもんがいろいろあるんだ。だがあいつを怒らせると面倒でな。何かを守ってるらしい」
「失礼ですが、絞めちゃうのはダメなんすか?」
「変なものが移ったらどうする。おまえもそれ以上は触れないと約束しろ。できなければ今殺す。もう行け」
「分かりました」
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始めから終わりまで不可解だった。
ただ、ああいうものを下手に刺激すれば祟が起きても納得してしまいそうだ。
俺は何となくそこで貰った金を置いておく気になれず、昔別れた子持ちの女に渡し、この仕事と縁を切った。
作者ホロクナ