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短編2
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シイの話

先日、実家(和歌山県)に帰ったとき、地元のお年寄りから聞いた話。

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その人は生まれてからずっと龍神村という所に住んでいて、今年で九十三歳になるが、心身ともにかくしゃくとしており、昔のことをよく覚えていた。

山仕事や村での暮らしなど、色んなことを語ってくれたが、途中で牛の話になった。

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「この辺りでは、牛を歩ませる時には、“シイシイ”ちゅうて声かけた。

ほいたら牛が、後ろにシイがおるって驚いて、はよ進むんやら」

聞き慣れない名前が出てきたので、

「そのシイって、どんなもんですか?」

と尋ねると、その人はこんな話を聞かせてくれた。

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龍神村近辺の山中では、時々、シイという獣が出たという。

体は小さいが非常に獰猛で、人が触ろうとすると、手や喉、顔まで傷つけられるそうだ。

牛を襲って殺すこともあり、村人からは忌み嫌われ、また恐れられてもいたらしい。

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「親父が若い頃、虎ヶ峰の峠を行きやったら、連れとった牛がシイにやられたんや。

集落の男衆で山狩りをして、何匹か退治したと聞いたな」

「狼とかではないんですか?」

「全然ちゃう(違う)。見た目は、猪の子に似たぁったなぁ」

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「えっ見たことあるんですか?」

思わず身を乗り出す。

その人は頷いてから話を続けた。

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高等小学校に通っていた頃だという。

義姉の家に、変わった獣がいた。山の下刈りに行った時に捕まえたそうだ。

大きさや体つきは猪の子どものようだが、縞模様はなく、鼻の形も豚や猪とは違っていたそうだ。

義姉に「これがシイや」と教えられたらしい。

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「だいぶ弱っとったけど、変に迫力あったな。怒ると背中の毛ェを逆立てるんや。おとろしかったわ。

あの後、すぐに死んだんとちゃうかな」

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その人がシイを見たのは、後にも先にもそれっきりだという。

狼や川獺と同じく、いつの間にかシイを見た話も聞かなくなったと言っていた。

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話疲れてきた様子だったので、私は御礼を言って、その場を後にした。

車に乗ろうとした時、その家の背戸の方へ、こげ茶色した四つ足の生き物が駆けて行くのが目に入った。

狸にも見えたし、今まで見たことのない獣のようでもあったが、一瞬のことだったのでその正体は分からなかった。

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