短編2
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呼ばわり窪

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先日帰省したときに、集落のお年寄りから聞いた話。

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実家のある集落から少し離れたところに、“雨乞いさん”と呼ばれる山がある。その名の通り古くから雨乞いの聖地で、中腹にあるお堂には今でも雨乞地蔵が祀られているそうだ。

その人が若い頃は、雨乞いこそ行われていなかったが、年に一回その山に登り、地蔵様にお餅と供物を供える習俗が、まだ残っていたらしい。

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集落からその山に向かう道の途中、杉の木立の間から、小さな窪地が見えるそうだ。

水が溜まりやすいのか、地面は常に泥濘んで湿っぽく、枯れ葉の腐った臭いが漂ってくるような、陰気なところだったらしい。

地元の人は、そこを「呼ばわり窪」という名前で呼んでいたそうだ。

それには、こんな話がある。

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その窪地の近くを歩いていると、

──お~い……お~い……

と呼ばれることが時折あるという。

不思議に思ってそちらを見ると、人のようなモノが立っていて、こちらに手を振ってくるそうだ。

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形は人間のそれだが、煤の塊みたいに真っ黒で、しかも輪郭がぼやけているように見えるらしい。

──お~い○○!○○!

と、自分の名前を執拗に呼んでくることもあるそうだ。

いずれにしても、

決して返事をしてはいけない、と言われているらしい。

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「実はワシもよぉ、昔、呼ばれたことがあんねや」

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まだ若い頃、集落へ帰る途中に呼ばわり窪の近くを通ったとき、

自分の名前を呼ぶ声を、確かに聞いたそうだ。

「そら出たぁ!」と、声のする方を一顧だにせず、大急ぎで山道をかけ降りたそうだ。

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「あがいに(あんなに)肝の冷えたことはなかったなぁ」

そこまで話すと、その人はタバコをくわえた。

「……もし返事をしたら、なっとう(どう)なるんですか?」

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その人はしばらく黙して遠くを見ていたが、

やがて紫煙と一緒に吐き出すように言った。

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「その黒いのが、えらい勢いでこっち向かって走ってくる。もし捕まってしもたら………

もうアカンそうや」

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現在は年に一回の行事も行われなくなり、雨乞いさんに行く人はほとんどいないそうだ。

道も荒れ放題で、呼ばわり窪の辺りが今どうなっているかは、その人も分からないと言っていた。

Concrete
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