中編6
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あっちむいてほい

ある夏の夕暮れ時に男は近所の銭湯に向かっていた時のこと。

細い路地を立ち並ぶ家々の外壁に沿って歩いていた。

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男がタライにタオルや石鹸を入れて歩いていると小さな女の子が歩いているのが見えた。

夏とは言え陽が落ちてきているから少しばかり心配になった。

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すれ違う時にチラッと目をやると女の子はふっと消えた。

「あれ?今あの子消えなかったか?」不思議に思い、咄嗟に背後を向くと

「おじちゃん!【あっちむいてほい】しよ!」

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先ほど消えたはずの女の子が元気な声で言うのだ。

『今日は暑かったし、さっきのは見間違いだったのだろう』

男はそう自分の中で納得した。

「ねぇ!【あっちむいてほい】しようよ!」

女の子は再びそう言う。

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「一回だけだよ」と女の子に言って【あっちむいてほい】をすることにした。

じゃーんけん、ポン!じゃんけんに勝ったのは女の子の方だった。

「あっちむいて〜ほい!」

女の子が元気な掛け声と共に右を指した。

男は左に顔を向けた。

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しかし女の子が変なことを言うのだ。

「わーい!私の勝ちだね!」

「いや、指差した方が違うからやり直しだよ」

と左に向けた顔を女の子のいる方に戻しながら言ったが女の子はいつの間にかいなくなっていた。

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『あれ?また消えた』

変なことがあるものだと思いながら再び細い路地を歩き始めて銭湯に向かった。

不思議なことに一向に銭湯に着かない。それどころか周りの景色が変わらない。

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太陽だけが沈んでいき、辺りは真っ暗になった。

それは異常な光景だった。

太陽が沈んだとは言え夏の夜は明るいものだが、真冬の夜のような暗さがある。

ジッと止まっていても何も変わらないのでとりあえず歩き続けることにした。

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歩いているとあることに気づいた。

自分が歩いている方向、それは先ほど女の子が【あっちむいてほい】で指を刺した方だったのだ。

『もしかしたら』

男は思いつきで自分が顔を向けた方、つまり女の子の指した逆へ歩いてみた。

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すると振り返った瞬間に女の子が立っていた。

「あ!」と男が声を出して驚いた。

「なーんだおじちゃんも帰っちゃうのか」

女の子が立っていた。

女の子はうつむいて悲しげな表情をしている。それを見ているうちに可哀想な気持ちになってきて話しかけてしまった。

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「何か辛いことでもあるの?」

その瞬間女の子は口が耳に届くくらいニンマリと笑いながら言った。

「おじちゃん帰るの遅くなるよ」

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『人が心配してやったのに何て失礼な子だ!』男は心の中で怒鳴り、女の子の言葉を無視して横を早歩きで抜けた。

程なくしてあり得ない違和感に気づく。全然、歩が進まないのだ。

道がゆっくり動いているように感じる。

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一歩ずつ歩いているのだが進んでいる気がしない。

それにズ、ズ、ズ、ズと何かを引きずる音が背後から聞こえる。

それが段々と強くなって、、、

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男は帰れない焦燥と不審な音に段々と恐怖を感じ始めた。

「何で帰れねんだよ!ふざけんなよ!!」

怒りを露(あら)わにしながら歩を進めた。

まだ進めない。ズ、ズという音も大きいままだ。

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ドッシャーン!思いっきり何かに躓き前に倒れた。

「は、なんだよ。いってぇな!」

男は倒れながらそう言った。その瞬間に今までの変な音や道が進まなかった原因を知ることになる。

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男は自分の片足が使えなくなっていることに気づいた。不思議と外傷があるわけでもなく痛みもなかった。

自分の足からさらに奥は闇だが何かがあるのを感じ、目を凝らして確認すると

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あの女の子が頭から血を出しながら真っ赤な顔で転がっていた。

「☆♪○*%#〆<>→$%#3<×:→2*〒☆!!!!!!!!!!」

男は意味不明な言葉でとてつもなく大きな声で叫んだ。

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そんな男に対して女の子は冷ややかに言った。

「ほらね」

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「大丈夫ですか!しっかりしてください!大丈夫ですか!」

大きな声が聞こえてくる。それはどうやら自分の耳に入っているようだ。

うっすらと目を開けると日差しが目に飛び込んできた。

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「うわ眩しい」そう言いながら目を開けると警察の姿が見えた。

「あー、良かった。やっと目を覚ましましたね」

警察は肩にかけた手を外しそう言った。

「あの、私に何があったんですか?」

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男は最後女の子を見た時に気絶したためそれ以降のことを覚えてなかった。

「いや、それはこっちが聞きたいですよ。僕は近所の方から道の端で倒れてる男性がいるとの通報を受けて駆けつけたのですから」

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「あの女の子見ませんでした?小さな女の子!血だらけでそこに倒れていたと思うんですが」

男は慌てながら警察に聞いた。

「女の子なんていませんよ。いたとしたらそこのお地蔵さんが倒れてただけです。ちょうどあなたの足があった所くらいに転がってました」

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男は瞬時にそこが事故現場だったのではないかと思い警察になぜお地蔵さんがあるのかを尋ねた。

「あー、そのお地蔵さんはそこの骨董品屋が商売繁盛のために置いているだけですよ。事故とかは関係ありません」

「そうですか」

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男は少しがっかりしたように言った。

女の子が事故に遭ってその霊に出くわしたなどであれば自分の身に起きたことを納得できたが、そうではないなら自分に起きたことが不思議でならない。

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男は身を起こそうとしたらグラついた。

「おっと、大丈夫ですか?」

警察官が咄嗟に肩を貸してくれて何とか立ち上がれた。

男は自分の片足が痺れて動かないことに気づく。

あれは夢じゃなかったんだなと思った。

「ありがとうございます」

男は警察官に顔を向けてお礼を言った。すると警察官の顔があの女の子に変わり

「やっぱり帰るの遅くなったでしょ」

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初めに会った時のような笑顔と声で言われた。

「全くだよ」

なぜか男は親近感を持ち優しくそう返した。

「何が全くなんですか、さっきから事故現場がどうとか意味不明なことばかり言って」

いつの間にか警察官は元の顔に戻っており、呆れた口調で言われた。

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「すみません。女の子がいたもんですから。あ、何でもありません。ふふふ」

男は微笑みながら謝る。

「コケた拍子に頭でも打ったんじゃないんですか?もうしっかりして下さいよ!」

ため息まじりに警察官が言う。

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男は肩を貸してもらいながらふと思いつきで

「ねぇお兄さん帰りがてら【あっちむいてほい】でもしますか?」

と誘った。

「もう!ふざける余裕があるんなら一人で帰ってもらいますよ!」

そう叱られて警察官は一瞬男から自分の肩を外した。

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「あ、すみません」

慌てて警察は肩を貸そうとしたが男はよろけることも無く立っていた。

「いえ、大丈夫です」

男の片足はいつの間にか元通りになっていた。

「本当に大丈夫ですか?」

心配そうに警察は言うが男は元気な声で返す。

「あー、大丈夫です!何か前より調子が良いほどです!ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。一人で帰れそうです。この度はありがとうございました!」

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その声はハツラツとして気持ちの良いものだった。

警察官も納得したように「そうですか、ではお気をつけてお帰りください」

その後警察と別れ男は一人で歩き始めた。

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帰りがてら何となく細い路地に入ると小さな女の子が走って来た。

「おじちゃん!【あっちむいてほい】しよ!」

男はそっと手を女の子の頭に乗せて優しく言った。

「またね」

そのまま女の子の横を抜けようとした。すれ違い様に「うん!またしようね!」

女の子は初めに会った時のような声で言った。

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夏の日差しが照りつける昼、男は一人どこか寂しく不思議とそれを喜びつつ家路につくのだった。

Concrete
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