私と同じ職場にKさん(仮名)という、ひと回り年上の先輩社員がいる。
そのKさんは自身はまあまあ平凡なサラリーマンなのだが、
自分の周囲でトラブル、それも人間絡みのものではなく霊的なものをいくつか体験しており、
営業職という仕事柄、人づてにその手の話を聞くことも多い、という人だ。
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そのKさんは入社から営業畑一筋でなかなかの成績を上げており、
トラブルの多さを除けば周囲からも正当に評価されていた。
のだが、先日、本人と会社の上層部の申し合わせの結果、
唐突に営業部門から今の経理部門へと異動してきたのだ。
この会社で営業といえばKさんというイメージがあっただけに、
自分を含め、社員揃って、「何かあったな」という空気になった。
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ある日。
慣れない手付きで慣れない事務の仕事を終えたKさんに、
思い切って異動の経緯を聞いてみた。
Kさんらしくない暗めの顔貌で、少しはぐらかされ、
君はまだ…若いからなあ、とか呟いていたが、
[誰にも言わない、その場所に行かない]
という条件付きで話をしてくれることとなった。
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時期的には、、梅雨入りの少し前頃、
某新型感染症が落ち着きをみせてきたので、
対面での訪問も少しずつ再開してきた頃だった。
いつものように、営業に慣れた手付きでノルマの達成状況等を確認し、
いつもは行かない1軒を含む営業に向かった。
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前提として、ウチの会社は、大企業のように代わりはいくらでもいる、という訳では無いので、
社員一丸で利益を出せるように営業部門全体で顧客のリストを共有している。
リストアップされている顧客の世帯は、優・良・可・不可・(無)の順にランク付けされており、
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優=お得意様
良=1件から数件の契約成立
可=契約不成立、だが話は聞いてくれる
不可=話すら聞かず門前払い
(無)=訪問歴無し
という目安があった。
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これまでKさんの実体験や、聞いた怖い噺はほぼ総て(無)の世帯だった。
今回の営業廻りにも(無)が1件含まれていたが、地図アプリで見る限りは、
周囲には人通りや周辺施設が多い。
もしこれが曰く付きだったら一周して凄いな、
といえるような普通の人家だったので、
今回は何も起こらないだろうと予想していた。
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実際に来て見ても、どこにでもある小奇麗な一軒家だった。
インターホンのボタンを押す。
ピンポーン
○○○○○(社名)の者ですが 、、、!
? 返事がない。
ピンポーン
、、、
返事が、いや、違う。
人の気配がない。
試しにドアノブを回してみると、不用心にもドアが空いていた。
用心しつつドアを少しだけ開けて
「ごめんください」
、、、
「あのー、どなたか、
居られますでしょうか」
、、、
(誰もいないのに、ドアは開けっ放し、電気も付いてる。
まあ、家の奥に誰かがいて、だんまりを決め込んでるんだろうな)
そうは思ったが、営業たる者、せっかく来たからには玄関の様子くらいは確認しておきたい。
不法侵入にはならない程度にドアを開き、玄関に足を踏み入れた.
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その時.
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うわっ!?
shake
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寒い!
まずKさんが驚愕したのは、その家の内部だけが、
まるで冷凍庫であるかのような寒さだった。
これまでにも経験がある、屋内の冷房の設定温度が低すぎる、
という次元ではない。
服を着ていても全身が寒さで震えが止まらない、というほどだった。
ドアを少しだけ開けていた時には、
少しも冷気を感じ取れなかったのだが。
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次に驚いたのは、その玄関を開けたすぐ目の前にトイレがあり、
そこから左右に廊下が伸びているという奇妙な間取りだった。
そして、そのトイレの扉には大小さまざまな小袋? のようなものが画鋲で固定され、
開けた玄関ドアの内側にも同じような、
怪しげな模様の小袋のようなものが夥しく吊られていた。
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唖然と佇むKさん。
その目の前を、
シャッ
と、何か小動物のようなものが左から右へ一瞬だけ横切って行った。
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第六感で、Kさんはここは危険だと確信し、
全速力でドアを閉め、素早く自動車に乗り撤退した。
自身の今までの経験から、
エンジンが故障するのか? 事故に遭うのか?
と、恐々していたのだが、
結局は何も起こらず、
その日の営業を無事に終えた。
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Kさん「問題は…その次の日からだったんだよ。
最後に見た青黒い、小さい馬か山羊みたいなものが、
たびたび シャッ、シャッ、って
視界を横切るようになってさ。
眼科と精神科に行っても、
検査で異常は無いからストレスが原因とだけ言われて。
だから仕事に集中できない、
食事中も視界の端っこを駆け回ってるんだよ。」
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「それで、顔見知りの、A(仮名)っていうプロの祈祷師に祓ってもらったんだけどね、
そのAでも詳しい正体は分からない、
違う世界に行きかけてしまったのだろう、と。
ただ1つ、
『今の営業の仕事を続けてたらまた出てくる可能性があります。
ですので、
それが嫌でしたら最低でも営業職はやめたほうがいいでしょう』
ってアドバイスをされてしまってね。
そんなこんなで、今はもう大丈夫だ。
でも、あの家は結局よく分からなかった。
この前、機会があったから、
恐る恐る遠くからもう一度例の家を見てみた。
その時は、
普通に家族さんが住んでた。普通の中年の夫婦と大学生くらいの息子さんが、
家の玄関のドアを開けてしゃべっていた。
とにかく、余計に首を突っ込まなかったから、大事には至らなかった。
ただ、営業のKさんはあの家から帰って来てないけど。
ハハハッ。」
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Kさんはそこまで話し終えると、私、橋岡が見たことのない、
奇怪な模様の小袋をズボンのポケットから取り出し、
その中にあった青黒い飴を口に入れて舐め始めた。
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本日の早朝、会社員の橋岡 達也さんが、
勤め先の社内で死亡しているのを出勤してきた社員が見つけ、
警察に通報しました。
橋岡さんの口の中からは毒物が検出され、
死因は毒によるものとみられています。
捜査関係者の話によると、橋岡さんは先月夫と離婚しており、
死亡推定時刻に社内の防犯カメラには人が映っていない事から、
自殺とみて捜査しているとのことです。
作者三日月レイヨウ
わかる人にはわかる、あの『営業のKさん』シリーズのリスペクト二次創作です。
「た ぶ ん」同一人物ではありません。