「やっと薬が完成したぞ!これで人類は真の世界平和を手に入れるのだ!」
とF博士は喜びの声を上げた。助手のTくんも
「やりましたね先生!長年の先生の夢が叶ってとても嬉しいです」と一緒に喜びを分かち合った。
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「うむ。ではさっそくこの薬をマスコミに取り上げてもらおう。いち早く世の中の人に知らせてやらねばならない。」
「分かりました!それではさっそく新聞記者に電話をかけますね!」
「よろしく頼む」
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そこから先はあっという間だった。すぐにF博士が作った薬は世の中に出回り、服用を始める者が多くなった。
その効果も確かなもので国内で信用を勝ち取ったので世界にも流通することが決まった。
F博士は当然の如く世界で最高位の賞状を貰ったし莫大なお金も貰った。
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それから長い年月が経ち、F博士は100歳の誕生日を迎えた。
F博士の誕生日はものすごい賑わいを見せた。政府が国の英雄として大きなパレードを開いたからだ。
国民の誰しもがF博士には感謝と尊敬をしていたので多くのお金が集まった。
パレードは国にとって大きな経済効果も起こした。
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大きな道のど真ん中をオープンカーに乗せられたF博士が行く。運転手は助手が担当していた。
向かう先はバカでかい誕生ケーキの元だった。
ゆっくりゆっくりと拍手の嵐の中、F博士が民衆に手を振りながら進んでいる時、悲劇が起きた。
「パァン!」と銃声が鳴り響いた。F博士は心臓を撃ち抜かれ死亡した。
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犯人はすぐに判明した。運転をしている助手であった。
助手はこっそりと「すぐにそちらに向かいますから」と死んだF博士に耳打ちした。
助手は直ちに逮捕され、当然の如く死刑が言い渡された。
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F博士と助手が死に、何十年も経った頃。
世界中の人間がある共通の悩みを持っていた。
それは「死を自ら決めなければならない」ということだ。
F博士が作った薬は「不老不死の薬」だった。
この薬の厄介な点は3つある。
遺伝性と伝染性があるという2点と全ての病気を打ち消すという点だ。
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初めにF博士はこの薬の効果を全ての人間に発揮させるべく海にばら撒いた。
まず海の魚が吸い込み不老不死になる。その魚を食べた別の魚や生物が不老不死になるのだ。また魚の子ども遺伝により不老不死となる。
そうしてどんどん不老不死になる生き物が増えていったのだ。
病気になっても死ねないのは薬によって常に細胞分裂を繰り返すからである。
古い細胞から新しい細胞へと常に細胞分裂する。それにより、ガンになろうともガン細胞もろとも分裂して新しく変わるので死ねないのだ。
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つまりこの世界の人間たちは皆、自分で死を選ばなければならなかった。
病死や寿命といった避けようのない「死」ではなく、交通事故や溺死といった物理的な要素でしか死ねなくなっていた。
なかなか自ら命を絶てる者はおらず、次第に「元の体に戻りたい」という需要が高くなった。
たくさんの科学者たちが「不老不死を治す薬」の研究開発を始めた。それも世界規模で共通の目的のもと進める一大プロジェクトになった。
共通の目的のもと各国一丸となって協力し合う様は本当にへいわなものだった。
皮肉なことにみんな不老不死なので時間はたくさんあるし、国が莫大なお金を援助したこともあり薬はやがて完成した。
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しかし、この薬は新しい悲劇を生んだ。
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薬を飲んだ瞬間に細胞分裂が止まり、一気に体が朽ち果てて行き苦しみながら死ななければならなかった。
薬の研究開発に携わった科学者たちは初めから知っていた。
「不老不死の薬を打ち消すと死んでしまうこと」は、、、
科学者以外にも勘付いていた人はいるだろう。
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薬の作用で生きていけているだけの人は身体的には寿命を超えているわけだから薬を打ち消した瞬間に枯れ果てて死ぬことなど知っていた者も多いはずだ。
不老不死になる前は「病気」や「寿命」という人の力では防げない理由で死んでいたのに、今では自ら死を選ばなければならなくなった。
自殺するにしても今の世界は昔と比べてとても平和で居心地の良いものだった。
「死」が無くなったことで「時間」が豊富に生まれ、みんな不老不死だから「格差」は減った。それが主な理由だ。
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今の世の中が生きやすいのは科学者たちも実感していたし、不老不死を打ち消すと寿命を超えた人の体は朽ち果て生き絶えることも知っていた。
どうすることもできないことを知っていた科学者たちは世界の人々にも気づいてもらおうと決めた。
「不老不死を止めれば死ぬこと」を。
もちろん子どもや若い人たちは体の寿命が来てないから打ち消しても生きられ続けるだろう。
ただいずれ、自分も同じ立場になることは分かりきっていた。
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平和で暮らしやすい穏やかな世界で唯一にして最大の不幸。
それが不老不死であった。ただ皮肉なことに平和で暮らしやすい世界を作れたのは「不老不死のおかげ」である。
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「平和な死」という点で安楽死は禁止どころか促進された。
誰でも簡単に死にたい時に薬を飲んで死ぬことができるようになった。
より痛みがなくより気持ちよく死ねるような薬の開発が盛んになった。
そうして「安楽死の薬」はより質の高いものになり、今では痛みは完全になく「好きな夢」を見ながら死ねる薬が出るまでとなった。
誰しも死が怖くなくなり、老若男女問わずたくさんの人が毎日命を絶っていった。
睡眠を取る感覚で死ぬ人もいる。
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生きている人の主な仕事は「死体の処理」だった。家の中や学校、会社。そして路上ですら死体が転がるようになったからだ。
人間用のゴミステーションなどもできて駅や公園など至る所に設置された。
次第に子どもですら死体の処理ができるほどになった。しかし「死体の処理」は良い気持ちがする人などいない。
死体の処理も嫌なものだが、もっと嫌なことがあった。
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「人の死を見ること」だ。安楽死で安らかに息を引き取るにしても、至る所で倒れて死なれては嫌な気がしてならない。
ストレスが溜まる人も増えた。そのストレスから死ぬ人も増えたが、人を生み出すことに使う人も増えた。
つまり「性行為である」
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毎日のように死体を片付けて死体となる人を見ることもある世の中だ。
「なぜ、おれだけがこんな事しなきゃいけないんだ」
と思う男もいるだろうし
「なぜ、私だけが、、、」と思う女もいるだろう。
日常のストレスからいっとき解放されるために、性行為をする人も多くなった。
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他にも時間の制限が無くなったことで暇つぶし感覚で子どもを生み出す人もいるし
反対に飽きたからと死ぬ人もいる。
何百年も生きている人もいるし、たった数十年で死ぬ人もいる。
いつまで続くのか分からない、人間の連鎖が続いている。
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道を歩けば死体。学校や会社にも必ず一つはある死体。家に帰っても死体。
そういった具合で今となっては誰しも「生と死」の重さが分からなくなっていた。
生きるのも簡単で死ぬのも簡単であるからだ。
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生きるために必死になれた世界はとうの昔に終わった。
生も死も人々の中で「どうでもいいもの」で価値がなくなった。
多くの人が「もういいだろう」と思った。そして誰と言うこともなく「もういいだろう」と口にした。
やがてどこかの国の誰かさんがボタンを押した。
かつては「絶対に押してはならないボタン」であったが、今では部屋の電気のスイッチと同じようなものとなっていた。
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そのボタンから発射されたミサイルにより、地上は焼き払われた。
地下深くから一片の紙が風に乗せられ宙を舞った。
その紙にはこう書かれていた。
「真の世界平和とは人類が絶滅することだ」と。
作者カボチャ🎃
(助手がF博士を撃った理由)
F博士は薬の作用も薬によってどのように世界は変わるかもあらかじめ予想していたので
死ぬ道を選びました。ちなみにF博士は女性です。