「もしもし、ゆり?」
「あぁ、その声はナツ?久しぶり~。元気だった?」
久しぶりに彼女に電話をしたのは、息が詰まりそうだったからだ。
「うん、まあ。」
「って、なんかあまり元気なさそうじゃん?まさか、今はやりの肺炎?」
「ううん、体はなんともないよ。元気だよ」
「体は、ってことは・・・何かあった?」
「・・・うーん」
ナツは歯切れの悪い返事をしている隣で、ひっきりなしに携帯にメッセージが入る。
そう、携帯は今は見たくないのだ。固定電話でナツはゆりに電話をしている。
携帯電話なんて、便利なようで不便なものだ。これがある限り、これに縛られるのだから。
「実はね・・・」
最近、彼氏の束縛が強いのでもう別れたい。そう言うとゆりは
「そういうヤツってサイコパスが多いから別れた方がいいよ」
と言った。
「うん、今もずっとラインが入り続けてるんだ。だって異常でしょ?彼、今仕事中のはずなのに、5分おきくらいにラインが来るの。仕事中に隠れてやってるとしか思えなくて」
「ヤバいよそれ。さっさと別れた方がいいよ」
「うん」
本当は話したいことはもっと山ほどあるのだが、ナツは早々に話を切り上げ、慌てて携帯を見る。メッセージ20件・・・電話する前に確認したばかりなのに。ため息をつきつつメッセージを見る。
「おーい、家に居るの?」
「今日、仕事休みのはずだよね」
「何でライン返してくれないの?僕、さみちい;;」
うんざりした。既読スルーするとますます煩くなるので、寝てたと返事した。
下手に友達と電話してたなど言おうものなら、誰?とか根掘り葉掘り聞かれて、ありもしない浮気を疑われて面倒だ。
「ちょっとお腹空いたから、今からコンビニ行くね?」
いちいち報告しなければ行けないことに息苦しさを感じた。
財布と携帯を手に、部屋に鍵をかけて、外に出るとすぐにメッセージ音がした。
ため息をつきつつまた彼かと確認した。
「え?」
ラインではなく、メールの方だった。
「あまり出かけないほうがいいよ」
誰?差出人は『STAY HOME』
何の冗談なの?これ。悪戯?この時期に便乗した愉快犯だろうか。
速攻でそのアドレスを拒否した。
それと同時に電話がかかってきた。ひぃ、何?
知らない電話番号だった。出るべきかどうか悩んだが、もしかして派遣先だったらと思い電話に出た。
「アドレス、拒否したって無駄だから」
とてつもなく暗く低い声でナツにそう告げた。ナツは慌てて電話を切った。
誰?こんな悪戯をするのは。どうして電話番号までバレてるの?
ナツは恐怖を感じた。もちろんこの番号も着信拒否。
コンビニから帰ってくると、ドアポストに何か白い紙が挟まっているのに気付き、ナツはそれをつまみ出して開いてみた。
「家から出るなって言っただろう?」
ナツは手が震えて、その紙を落とした。出かけるときにはこんなものはなかった。誰?
ナツは怖くなり、思わず携帯を出して彼に電話した。仕事中だとわかっては居たが、怖くて彼にどうにかして欲しかった。案の定、電話に彼は出なかった。
だが、ほんの2~3分後に着信があり、彼の番号だと確認すると慌ててその電話に出た。
「どうしたの?ナツ」
「ごめん、仕事中だってわかってたんだけど」
「大丈夫だよ。それより、どした?何かあった?」
彼の優しい声に思わず涙が出た。
「泣いてるの?ナツ?大丈夫か?」
「マキくん、私、怖い・・・」
「何があったの?」
「変な電話があったり、手紙が・・・」
うまく説明できない。
「なんかあったんだな?すぐ行く!」
「で、でも・・・仕事が・・・」
「そんなの何とでもなるよ。仕事より、俺はナツが大事なんだ」
ナツはその言葉に感激しつつも、申し訳ない気持ちになった。
こんなに思ってくれている彼を疎ましいと思っていたのだ。
彼と近くのファミレスで待ち合わせをした。
「そっかぁ、そんなことがあったのか・・・」
「家も特定されているみたい。でも、誰がこんなことするのか見当がつかなくて」
「ストーカーってのは一方的に好意を持つものなんだよ?ナツが知らない所で、もしかしたら密かにナツに思いを寄せているやつが居るってこともあり得るんだよ」
「私、怖い・・・」
「ねえ、ナツ。何か心当たりない?例えばSNSやってて何か写真をアップしちゃったとか」
「あるかも・・・食べたご飯とか、買ったアクセサリーとかの写真載せてる」
「あのね、自分の顔や所在を晒さなくても、その画像のご飯がどこの店の料理だとか、買ったアクセサリーがどの店に売ってるとか知ってたら、意外と特定できるものなんだよ?」
「嘘・・・」
「嘘じゃないさ。ナツだって自分が食べた料理と同じ写真が上がってたら、あ、これひょっとしてあのお店の?とか気付いちゃうだろ?だから安易にSNSとかしないほうがいいよ?」
「うん、わかった。アカウント、全部消す」
「そうだね」
「家に帰るの、怖いよ。きっとそいつ私を見張ってる・・・」
「じゃあ、しばらく俺の家に来なよ。彼氏が居るってわかったら、そいつも諦めるんじゃない?」
「いいの?」
「もちろんだよ。だってナツは俺の大切な彼女だよ?守って当然」
こうしてナツは、マキオと同棲することになった。
マキオと同棲するようになって、あのストーカー行為からは解放されたが、相変わらずマキオの束縛はきつかった。仕事の時間が少しでも押すと、どこに行ってた?としつこく聞かれた。
「あぁ、ゆり?私」
「ナツ、どした?珍しいじゃん。また何かあった?あの彼氏とは別れたの?」
「・・・いや、それが今その彼と同棲してる」
「マジで?どういう経緯でそうなっちゃったの?束縛きつくて別れたいって言ってたじゃん」
「そうなんだけど・・・」
ナツは今までのことを全てゆりに話した。
「ふーん、でもさあ。そのストーカーってさ、姿は見たことないんでしょう?電話や手紙だけだよね?何か変じゃない?」
「変って?」
「だってさあ、ストーカーってさ、自分の存在を相手に認めてもらいたいから、相手の目の前に現れて自己主張するんじゃないの?」
それはそうだ。以前にもストーカーに遭ったことがあったが、その男はナツの行き先々に姿を現してはナツにつきまとっていた。
「彼氏の自作自演だったりして~」
「まさか!マキくんが自分でストーカーを演じてたって言うの?」
「あり得なくない?」
「ないない。だって、その時間帯、マキくん、仕事だったんだもの」
「そっかぁ。あたしの勘違いかあ」
「そうだよ」
その後は他愛もない話をして、その日は電話を終えた。
その数日後、ゆりは事故に遭った。
ナツが病院に駆け付けた時は、面会謝絶でかなりの重体らしかった。
その後、彼女が植物状態になったことを知った。ついこの前、電話で話したばかりなのに。
どうやら、ゆりは信号待ちで誰かに押されて、車にはねられたようで、その犯人は今もつかまっていないということだった。許せない。親友をこんな目に遭わせるなんて。
やはりマキオとの生活はうまく行かず、ナツはマキオに同棲の解消を求めた。
「どうして?ナツ」
「ごめん、マキくん。私達、少し距離を置いた方がいいと思う」
ナツは自分のアパートに戻ることにした。
ドアポストにまた白い紙が挟んであった。恐る恐る、ナツは手に取る。
開くと一言、書いてあった。
「おかえり」
こいつは、私が家に帰ってきたのを知っている。どこかで私を見張っているのだ。
それからも、怒涛のようなストーカー行為が始まった。
アドレスを拒否しても、次々と違うアドレスからメールが入ったり、拒否しても違う電話番号から電話がかかったりして、イタチごっこだった。
「きみは家にいなければならないんだよ?仕事にも行っちゃだめ。他の男と会っちゃだめだからね?僕だけのものだよ」
警察にも相談したが、パトロールを強化する程度のことしかしてくれないらしい。何かあったらすぐに電話してくださいと携帯電話の番号を渡されたが、何かあってからでは遅いのではないか。
「ねえ、ナツ、大丈夫?」
マキオからの久しぶりの電話に、思わずナツは号泣した。
やっぱり私にはマキくんが必要。
ナツはまたマキオの元に戻り、マキオと結婚することにした。
結婚生活が始まってしばらくすると、マキオはナツに仕事を辞めるように言ってきた。
「もうナツが働く理由なんてないでしょ?派遣だし」
その言葉にナツは苛立った。派遣だって立派な仕事だし、ナツは今の仕事が意外と好きだし遣り甲斐を感じていたのだ。ナツとマキオは口論になった。
「もういい、ナツは俺のことなんてどうでもいいんだろ?」
そう言うと、マキオは寝室で不貞寝した。
マキオがあんなに理解が無いとは思わなかった。女は家に居て家事さえしてればいいみたいな、古臭い考えの男だとは思ってもみなかった。その時、マキオが脱ぎ捨てたジャケットのポケットで携帯が震えた。ナツは、それを取り出すと、発信は会社の同僚からのようだった。しばらく振動していたそれは、動きを止めた。たぶん、諦めたのだろう。ジャケットとバッグを片付けようとして持ち上げた瞬間に、ファスナーが開いていたのか、何かが転がり落ちた。確認すると、それは携帯電話だった。
「なんで二台持ってるの?」
浮気用?まさかね。一台は会社の支給品か何かかな?
何気なく触ると、メッセージが入った。どうやらDMらしい。
そのDMを何気なく開くと、アドレスに偶然手が当たってしまった。
「なにこれ・・・」
そこには、以前、ナツに送られて来たメッセージがあった。
「STAY HOME」
やはり、ストーカーは自作自演で、マキオが送ったものだったんだ。
そのあくる日、ナツはマキオを追求した。
「私がどんな怖い思いしたか、わかってんの?あり得ない!」
「だってぇ、ナツは俺に冷たいんだもの。俺がこんなにナツを愛してるのにさぁ。なんで?なんで俺から逃げようとすんのぉ?ナツ」
「逃げようとなんてしてないよ。マキオの束縛がきついから息苦しかっただけ」
「束縛がきつい?当たり前じゃん。俺以外の男と話すとか、想像しただけでも、ハラワタが煮えくり返るんだよね。女もダメぇ。ナツは俺だけ見てればいいのー」
「頭、オカシイんじゃない?」
「あの女もさあ、バカだよねえ。俺のナツに余計なアドバイスをしようとするから、あんなことになっちゃってさあ。自業自得だよねえ」
「え?なに?」
「頭きたからさあ、トンって押したらさあ、あの女、気取ってハイヒールなんて履いてるからさあ、面白いように前のめりの転んじゃって」
マキオがクスクス笑い始めた。
「嘘でしょう?まさか、アンタが、ゆりを・・・」
「あの女は悪魔だよ。だから退治したの」
「人殺し!」
「俺はナツのためだったら何でもできるよ?人殺しもねえ」
「ち、近寄らないで!」
「そんな冷たいこと、言うなよぉ。愛してる、ナツ」
ナツが逃げようとすると、腕を掴まれて押し倒された。マキオの手には手錠が握られていた。
その日からナツはずっと、この部屋で監禁されている。
仕事はマキオが勝手に職場に辞めると電話した。
「さあ、ナツ、ご飯だよ。ちゃんと食べないとだめだよ?」
左手は手錠で柱に繋がれているので、右手だけで食事をしなくてはならない。
大声を出して助けを求めようとも思ったが、その度に刃物で脅され、首を絞められたこともあって、恐怖で全てを諦めてしまった。
この男は狂っている。
マキオは自分も仕事を辞めて、今は貯蓄を切り崩して生活をしている。私を監視するためだ。
このままでは、私に未来はない。全てを諦めて、マキオの言う通りにした。
すると、徐々に束縛が解けて、手錠で繋がれることはなくなった。
マキオは、完全にナツを支配したと思っていたが、そうではない。
だから、こうして、今、ナツは、眠っているマキオの後ろに立ち、まさに包丁を振り下ろして突き立てようとしているのだ。
マキオに永遠のSTAY HOMEを贈るために。
作者よもつひらさか