「うちにおいでよ、ハナちゃん。お菓子がたくさんあるんだよ?遊びにきてくれたら、好きなだけ食べていいよ?」
夢のようなお菓子の山。本当にいいの?
そこで、私は目が覚めた。これは遠い記憶の夢なのだろうか。いつも同じ夢を見る。
寝過ごすところだった。セットされていなかった役立たずの目覚まし時計の頭を意味もなく叩いた。
今日は、コロナウィルスの所為で遅れた入学式の日、そして、私の初出勤の日である。
受け持つクラスは、3年2組。子供たちは皆素直で可愛かった。
ただ一人、欠席している児童が居た。
そして、数日後、その子は学校に登校した。
「サトコちゃん、もう具合は大丈夫なの?」
そう彼女に聞くと黙ってうなずいた。
サトコちゃんはクラスでは大人しい子で、ほぼ誰とも話さなかった。
黙って教室の隅っこに座っているような子供だった。
そんなサトコちゃんが、学校に来なくなった。電話をしても通じず、私は心配でサトコちゃんの家を訪ねたのだ。
サトコちゃんはご両親は事故で亡くなっていて、お祖母さんと一緒に住んでいると聞いている。家はどうやら、今では珍しい駄菓子屋を営んでいるらしい。
ごめんください、と声をかけて引き戸を開けると、意外にもサトコちゃんが奥の部屋から出てきて私を出迎えた。今まで見せたことのないような笑顔で私にこう言ったのだ。
「やっと来てくれたんだね、ハナちゃん」
「えっ?」
私は戸惑った。私はハナという名前ではない。だが、この名前で私を呼ぶ人を私はたった一人しか知らない。遠い記憶が呼び起こされる。
そうだ。彼女は私がカナと名乗ったのにずっと私のことをハナちゃんと聞き違えてその名で呼び続けていたのだ。
「ハナちゃん、うちのお菓子、何でも好きな物食べていいよ」
「えーでも、これ、売り物でしょ?食べちゃったらお祖母ちゃんにしかられるよ?」
「いいのいいの。気にしないで、ね?だってハナちゃんはお友達だから特別だよ」
「本当にいいの?」
ああ、思い出した。いつも夢に出てくる女の子。何故気付かなかったのだろう。
「サトコちゃん・・・」
私は熱に浮かされたようにその名を呼んだ。でも、どうして?あれは遠い過去の私。
何故サトコちゃんが今ここにいるのだろう。
「ほら、ハナちゃん、この飴、好きでしょう?食べて」
三角の赤い毒々しい色のイチゴ飴を差し出すサトコちゃん。
「ダメだよ!サトコ!現世の子にそんなものあげちゃ!」
血相を変えて、おばあちゃんがこちらに向かってきた。
うつしよ?ってどういうこと?
サトコちゃんは凄い形相でおばあちゃんを睨みつけた。
「なんでいつもサトコの邪魔をするの?もうちょっとでハナちゃんとお友達になれたのに!」
そう言うと、サトコちゃんはどこから持ってきたのか木刀でおばあちゃんを殴りつけた。
鈍い音がして、おばあちゃんが倒れると、そこは赤い血の海ができた。
「や、やめて!」
慌てて止めるが、サトコちゃんは子供とは思えないような力で私を突き飛ばすと、倒れているおばあちゃんを何度も打ち据えた。
「あの時も、黙ってハナちゃんがお菓子を食べてくれれば、ハナちゃんはずっとこっちでサトコのお友達でいてくれたのに、なんで邪魔すんだよ、このクソ婆!」
「やめて、お願い!サトコちゃん!お友達になるから!約束するからやめて!」
すると、サトコちゃんはピタリと動かなくなり、満面の笑顔で振り向いた。
「本当?お友達になってくれるの?約束だよ?」
サトコちゃんの顔がぐにゃりと歪んで、視界がだんだん暗くなってきた。
「松本先生?聞いてます?大丈夫ですか?」
気が付くと私は、何故か校長室のソファに腰かけていた。
「はい?」
私が状況をよく掴めずにそう答えると、校長はため息を吐いた。
「あのですね、先生のクラスの保護者の方から松本先生は大丈夫ですかという問い合わせが多々ありまして・・・」
何のことだろう?校長先生は何を言っているのかわからない。
「居もしない生徒の名前を出席を取る時に呼んだり、誰も居ない所にさも生徒がいるみたいに話しかけたりしていて、生徒が不審に思ったり、怖がったりしているって言うんですよ」
「何のことですか?」
「・・・サトコという生徒はいないのに、サトコちゃんサトコちゃんって誰も居ない席に話しかけているって言うんですよ。」
「サトコちゃんは、居るんですよ。本当です。校長先生、サトコちゃんを忘れるなんて、酷いですねえ」
校長は黙り込んでしまった。
「サトコちゃんが、待ってるんで、私、行きますね」
あの家に行かなきゃ。
だって、サトコちゃんには、私しか友達が居ないんだもの。
作者よもつひらさか