手のひら怪談 「第19話」

中編6
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手のひら怪談 「第19話」

「新説:三枚のお札」

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このお話は、一部 惨酷な表現を用いています。

苦手な方は、閲覧を控えてくださいますよう お願い致します。

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数年前まで、隔週1回ずつ、近所の保育園と隣町の高齢者入居施設で絵本の読み聞かせのボランティアをしていました。その時の不思議な体験です。

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ある日、いつもの高齢者施設での読み聞かせを終え、玄関先に向かう長い廊下を歩いていると、ひとりの女性入居者さん(Aさん)に呼び止められました。

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「お願い。次に来るときは、これを読んでいただきたいの。」

そう言って手渡された本は、『にほんむかしばなし』と書かれた古い児童書でした。

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Aさんから促され、中を開いてみて驚きました。

編集:監修欄には、昭和初期に活躍した有名作家3名と、挿絵を担当したであろう〇〇画伯の名が記されています。

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当然ですが、全員他界しておられます。裏表紙には、初版昭和34年2月と記され、色褪せた朱色の角判が押印されていました。

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正直人前に出るのは苦手でしたし、声も低くこもりがち、要所要所で詰まったり、噛んでしまう素人芸。名前すら覚えてもらえないようなボランティアです。読み聞かせの会の代表である友人の誘いがなければ、引き受けるつもりなどありませんでした。

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私はその旨をお伝えし、やんわりと断るつもりでAさんにお話しました。

「だからいいのよ。そんなあなたにこそ、読んでいただきたいの。」

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目次に並んだお話は、誰もが知る有名なお話ばかりでしたが、Aさんに言われるがまま、パラパラとページを捲(めく)ってみました。

お話の魅力を際立たせる〇〇画伯の挿絵は、画伯の名にふさわしい素晴らしい絵柄なのですが、なぜか言いしれぬ違和感というか不快感を覚えました。

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臨場感がありすぎというか。

リアルすぎるのです。

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児童書は、ひとことでいうと、文字が読めるようになる幼児期から、思春期を迎える少し前のほぼ小学校高学年までを対象とするものがほとんどですが、この本に描かれているお話は、内容に救いがなかったり、終わり方もスッキリとしない寂しさと侘しさ、悲しさを含む、実に、「後味の悪い」ものばかりでした。

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読み聞かせをする本に、特に決まりはないものの、事前に所属する会のリーダーにお知らせし、許可を得なくてはなりません。

この本は、許可にならないな、仮に、許可を得られたとしても、別の人に代えてもらおうと思いました。

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Aさんは、「とにかく、これは、あなたに読み聞かせしてほしいの。」と頑なにおっしゃって引こうとはしません。

「これは、警告よ。け・い・こ・く。」

そう言い張り、一方的に捲(まく)し立てると、踵を返し、サンダルの音を響かせながら早足に去っていきました。

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―警告?どうして私なの?私じゃなきゃだめなの?

困惑した私は、早速、ボランティアの会のリーダーに相談の電話をしましたが、保育所での仕事が多忙なのか、

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「別にそこまでおっしゃるのなら、読んであげなさいよ。『にほんむかしばなし』でしょう。多少後味が悪くてもいいのよ。時代にそぐわないお話は、読まなきゃいいだけの話でしょ。そこは、あなたの判断におまかせするわ。」

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「・・・でも、この手のお話は、もっと上手な人のほうがいいと思うんですよ。たとえば、元女子アナのMさんとか。」

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「そうそう、あなたは、自分が思っているほど、下手ではないのよ。そ人、Aさんだっけ。あなたのファンなのよ。きっと。」

「そんな、困ります。一度、本に目を通していただいてからき・・・。」

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私が、言い終わるか終わらないかのうちに、

プツン

鈍い音とともに電話が切られてしまいました。

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唖然としながらも、途中、電車に揺られながら、第一話目『あかいろうそくとにんぎょ』と第二話目の『杜子春』を読みました。さすが、名作ですが、どちらのお話も、暗い寂しいトーンが漂うお話です。

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―これは、だめだなぁ。

パラパラとめくるうち、いつの間にか、あの女性入居者Aさんの「この本は、あなたに読んでほしいの。」「これは、警告よ。」を思い出しました。

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―そうか。Aさんは、いつ覇気のない暗い顔をして、ボソボソと読み聞かせをしている私を元気にしようと、逆に、この古くて暗いお話ばかりが集められたこの本を与えてくれたのかもしれない。」と良い方に解釈しようと思いました。

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心を立て直し、再度目次に目をやると、作者不詳『しんせつ:『さんまいのおふだ』に目が止まりました。

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私は、思わずぽんと膝を叩きました。

―なんと!このお話は、唯一明るく爽快なお話ではないか。

そもそも、小川未明、芥川龍之介、浜田広介、新美南吉、壺井栄・宮沢賢治といった・・錚々たる方々、日本文学史に記載されるような作家たちをよそに、ラストを飾るとは。

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私は、編集;監修をした方々の意図がどこにあるのか知りたくて、目を輝かせながら、読み始めました。

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〇〇画伯の絵は、リアルで、遁走する小僧さんの跡を追いかける鬼婆の形相、朽ち果てた廃虚、立派な山門のお寺など、眼を見張るほどでした。

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ストーリー展開も、和尚さんが、豆になった鬼婆を口に入れて食べてしまうところまでは、誰もが知るお話と寸分たがわぬ内容でした。

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ところが、後半のクライマックスからラストを読み、私は、戦慄し、電車内にも関わらず、その場に嘔吐してしまいました。

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豆になり、和尚さんに食べられた鬼は、和尚さんのお腹の中で、再び鬼に再生したのです。

鬼は、和尚さんの胃の中で成長し、和尚さんの腸(はらわた)を食いちぎると、血を滴らせながら、這い出て来ました。

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息も絶え絶えの和尚さんは、念仏を唱え激しく抵抗しますが、鬼は、和尚さんの頭を鷲掴みにし、法衣を取り去り、身体の皮を剥ぎ取ると、肉を喰らい、骨までしゃぶり尽くし寺から出ていきました。

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天井裏に隠れていた小僧さんは、朝になり、皮だけになった和尚さんの亡骸を前に泣き続けましたとさ。

しょせん、人間は、鬼には勝てっこないんですよ。

                              了

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―あとがきー

この本は、みなさんがよくしっているおはなしばかりがあつめられています。ですが、そのないようは、しあわせなおはなしではなく、どりょくや やさしさや ぜんいがとおらない、ざんこくで、ひさんなものばかりです。

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でも、よのなかのだいぶぶんは、そういったことでみたされています。そのほうが、しんじつであり、げんじつかもしれません。

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むしろ、しんじつやげんじつをみず、ハッピーエンドにすりかえてしまうことのほうが、もっとざんこくでひさんなことだと わたしたちはおもいます。そのことをつたえたくて、このほんをよにだしました。

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なにこれ。

どういうこと。

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降車してから、駅舎に顔を出し、嘔吐したことで、車両を汚してしまったことを詫びました。駅員さんたちは優しく、逆に、どこか具合が悪くないか、病院に行かなくても良いかと気遣っていただきました。

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翌日、私は、読み聞かせの会のボランティアを辞め、早々に引っ越しをしました。

件の『にほんむかしばなし』は、リーダーを介し、施設にお返しするようにお願いしました。

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後日、届いたリーダーからのラインには、また、施設に問い合わせたところ、Aさんは、既に退所しており、消息不明との回答があったそうです。

例の児童書『にほんむかしばなし』は、あまりに古く傷んでいたため、地元の図書館への寄贈も叶わず破棄したとのことでした。

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Aさんは、私に「警告」だと言いましたが、今に至ってもその意味が理解できません。

Aさんの目には、私の姿がどのように見えていたのでしょう。

「新説:さんまいのおふだ」を描いたのは誰なのか。

作者不詳のままでよろしいですよね。

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