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中編5
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とつけむにゃー

「俺は肝試しなんて嫌だ!」

天田浩人はイヤな顔をして断った。

「お前ビビッてんな」

肝試しをもちかけた堀井洋二は意地悪そうに笑った。

天田と堀井は大学のサッカーサークルに所属し、恒例の夏合宿に参加していた。この年は九州のある旅館を宿に近隣の学校の校庭を借りて練習するスケジュールだった。しかし生憎の長雨で屋外の練習ができず、仕方なく学校の体育館で筋トレをこなす毎日だった。

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堀井が肝試しをしようと言い出したのは旅館から数キロ離れた場所にある古い神社だ。この神社はパワースポットとして知られているが心霊スポットというネット上の噂もあった。この日は午後から雨も上がっていた。

「なあ、お前しか車運転できるヤツいねえんだよ。由貴も一緒だ、行こうぜ!」

堀井が言った由貴とはマネージャーの安藤由貴だ。サークルのアイドルで天田も実は由貴に気があった。

「それじゃあ行くか」

「よしっ、じゃ今日の深夜0時に出発な」

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車のナビと堀井のガイドを頼りに車は暗い山道を走った。うっそうとした森の中を走ると暫くして神社の駐車場にたどり着いた。

「俺やっぱいいや。車で待ってるよ」

「はあ?おい天田、お前ここまで来てビビッてんのか?」

堀井が呆れた顔で言った。

「ねえ堀井君、やっぱやめとこうよ」

今度は由貴までもが青ざめた表情で渋りだした。

「おい由貴、お前もビビッてんのか」

「違うよ。あたし霊感あるんだけど、何か感じるんだよ」

そう言うと由貴が腕を見せた。夏の蒸し暑い夜というのに鳥肌が立っている。

「大丈夫だよ由貴、俺がいるんだから。なら天田置いて二人で行こうぜ」

「おい堀井、どさくさ紛れに変なことしたら分かってるんだろうな」

「何言ってんだよ、俺がそんなことするか」

そう言うと堀井が渋る由貴の腕を取り神社の階段を登って行った。

天田が一人車に残った。

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数分後のことだ。

神社の階段を一人の初老の男性が降りてきた。

天田の車を見つけると車に近寄ってきた。

地元の人だろうか、でも何でこんな深夜に。

「ちょっと、あーたたい」

「えっ何ですか?」

「おどんば探しに来寄ったでしょ」

「いや、違いますよ」

男性は天田に話しかけてきた。雨は上がっているのに服はうっすらと濡れ、青ざめた表情だ。

「何しに来寄ったとですか」

「ええ、仲間と肝試しにです」

すると男性が怪訝な顔をして言った。

「悪かこつは言わんけん、帰りなっせ。こんなところ夜に来るとでけん」

「え、何ですか」

「まあ帰りなっせ。人の言うこつば聞かんとおろよかこつになる」

そう言うと男性は元の道に戻ろうとして、振り返って言った。

「こぎゃんこつになるとは。とつけむにゃーことさなった」

そう言うと元来た神社の階段を登って行った。

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「不思議なおじさんだな」

天田は男性の後ろ姿を眺めポツリと言った。

暫くすると堀井と由貴が慌てふためいて階段を降りて来て車に乗った。

「ねえ、ここなら電波届くよね」

「ああ、大丈夫だ。今すぐ電話するから」

天田が尋ねた。

「おい二人とも、今変なおじさんが階段を登って行かなかったか?」

「何言ってるんだ、誰もいないよ。それより警察だ」

パニクった堀井がスマホを取り出した。

「もしもし、警察ですか?今、村はずれの山中の神社なんですが、裏手の崖の下の川に人が浮いてるんです。生きてるか死んでるか分からないんです」

慌てた堀井が急いでまくし立てるように話した。

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堀井の通報の後、警察が直ぐにやってきた。

幸いにも遺体の身元は直ぐに分かった。近所に住む神社の氏子の一人だった。

遺族の話では神社に収蔵されていた神輿が心配になり、家族も反対したが雨の日の夜に神社の裏手の収蔵庫を見に行ったという。それっきり帰ってこなかったということだ。どうやら足を滑らせ崖から落下し、事件性はないとの警察の見立てだった。

遺体発見の数日後、堀井の元に警察から電話が入った。遺族が堀井らにお礼を言いたいので警察署まで来て欲しいという話だった。

堀井、天田、由貴の3人が警察まで出向いた。

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「主人を見つけていただき、ありがとうございます。あの神社に雨の夜に行くなと言ったんですが。こげなこつになって。主人も辛かったことでしょう」

幾分年老いているが品位ある女性だった。

「主人は例大祭の神輿の担ぎ手でして。この長雨で神輿のこつば、たいーぎゃ心配しておりました」

そこまで言うとご主人の写真を3人に見せた。法被にねじり鉢巻き姿の精悍な男性が写っていた。

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「!」

天田は驚いて声も出なかった。

あの夜、天田に声を掛けてきた男性だった。

しかし、あの夜の出来事をその婦人に言うことはできなかった。そして天田はあの出来事を堀井と由貴にも話していなかった。

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「もう一度あの神社に行って、現場に線香を上げていかないか」

天田が提案した。二人も即座に頷いた。

神社の駐車場に到着すると堀井が近くの公衆トイレに駆け込んだ。天田と由貴、二人きりになったときだ。

「ねえ天田君、あの夜のことだけど、変なこと聞いたでしょ。覚えてる?」

「あーあ、車に戻ったときに変なおじさんと会わなかったか、だろ」

「うん、そのことなんだよ」

由貴が天田の顔を覗くようにして言った。

「実はあたし、階段を下りながら人とすれ違った気がしたんだよ」

「えっ?」

今度は天田が由貴の顔を覗き込んだ。

「うん、気のせいだと思うんだけどね」

「ところで由貴ってさ、福岡の出身だよな。聞いてもいい?」

「うん、何を?」

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「とつけむにゃーってどういう意味?」

「えっ、何を聞くのかと思ったら。とつけむにゃーはとんでもないって意味よ」

「そうか」

天田が軽く息を吐き下を向いた。

「やっぱり?」

今度は由貴が天田に聞いた。

「えっ、やっぱりって何かあった?」

再び由貴が天田の顔を覗きこんで言った。

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「階段を降りるとき、あたしの耳にもとつけむにゃーって呟く声が聞こえたんだよ」

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