「一晩でいいので空き部屋はないか」
山間の旅館に一人の中年男が訪ねてきた。
ハンチング帽を目深にかぶった粗雑な服装のぶっきらぼうな男だった。
「ええ、少しお待ちください」
宿の主人が宿帳を調べた。
そのときだ。
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「わあーん!」
主人の直ぐそばにいたまだ幼い男の子が急に泣き出した。
まるで何かを恐れて怯えるように。
男の子が泣き出したせいかその男は無言で踵を返し宿を後にした。
「何でお客さんを見て急に泣きだすんだ」主人は男の子を叱った。だが男の子は身の毛がよだつことを言い出した。
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「あのおじちゃんは血だらけの女の人を連れてたんだよ」
「えっ」ご主人は息をのんだ。それもそのはず。ご主人にはあのハンチングを被った男しか見えてなかったからだ。
数日後。
その主人は新聞を見て震えだした。
女性誘拐殺人事件の犯人逮捕
事件の内容は男が若い女性を連れ出し山小屋でメッタ刺しにして殺害したという残虐な事件だった。
捕まった犯人はあの時のハンチング帽の男だった。
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男の子には見えていた。
作者眠清志郎