「あいうえお怪談」
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第1章「あ行・い」
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第8話「いじめの代償」
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家庭科の教員に欠員が出たからと、急遽、臨時教諭として出向くことになった知人Uさんが話してくれた実話系怪談。
心霊+人怖話。
センシブルな内容に加え、かなり後味が悪いため閲覧注意とさせていただいた。
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それでも、何かを感じてほしくて敢えてタブーを冒してみた。
読んでもらえたら嬉しい。
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キーンコーンカーンコーン
五時限目を告げるチャイムの音がなり終わらぬうちに、優子たち2年B組は、エプロンに三角巾、マスクにグローブ(ゴム製の使い捨て手袋)を装着し5階にある調理実習室へと移動した。
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冬休みを2週間後に控え、いつもなら、かったるい午後の授業だが、今日の五・六時限目は、家庭科の調理実習。それも、「クリスマスケーキ」と「三色ゼリー」を作るとあって、優子は、朝からワクワクが止まらなかった。
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お菓子作りが得意な優子は、この日を、誰よりも心待ちにしていた。
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調理実習室では、6人一組のグループに分かれ、各々テーブルに着いた。
テーブルの上には、既に、材料が用意されていて、黒板の前の教卓には、見本として、調理担当教諭の坂本先生が作った生クリームにクリスマスらしい装飾が施されたデコレーションケーキと、赤と緑とサイダーをゼラチンで固めたゼリーが三色の層を成し、透明なカップの中で美しく輝いていた。
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後は、黒板と渡されたレシピのプリントを参考に、互いに協力し合いながら、時間内に完成できるよう手際よく作る・・・いや、作れるはずだった。
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いつも優子のグループにいた子が、インフルエンザに罹患したとのことで、空いた席を埋めるため、クラスで一番鈍臭い里美が加わることになった。
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里美は、何をやらせても遅く、学業成績も芳しくなかった。体型も もったりとして、制服を着た姿もどこかだらし無く見えた。
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優子の通う学校は、県立の女子校で、原則アルバイトは禁止だった。
ある日の深夜、繁華街を歩いている里美を見かけたクラスメートのひとりが、里美は、学校に内緒で繁華街でバイトをしていると吹聴した。
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その噂は、尾ひれがつき、パパ活をしているといった根拠のない話にまでエスカレートしていった。
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もちろん、そんな事実はなく、単なる噂に過ぎないことは分かっていた。
教員たちの中には、厳しく注意喚起するものもいたが、所詮、焼け石に水。
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世間を賑わす事件のように、身体を傷つけたり、持ち物を隠したり、なくしたり、壊したりといった、あからさまないじめはなかったが、生徒たちのほぼ全員が、一様に蔑みの目を向け、挨拶は愚か、言葉も視線も交わすことなく無関心を装い、一切関わりを持たないようにしていた。
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学校の裏サイトでは、里美に対する誹謗中傷、人格否定のような書き込みが多く見られた。
学校側も憂慮し、何度も削除したが、主犯格の人物を特定するには至らず、結局、うやむやなまま 2年生の二学期を終えようとしていた。
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優子は、裕福な家庭に育ち、幼い頃からバレエやピアノを習っていたせいか、姿勢も良く四肢も長く美しい「見栄えのする」子だった。
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勉強に運動、楽器演奏に、料理・・・何をやらせてもそつなくこなす優子にとって、里美は、真逆の存在。つまり理解できない類いの人間だった。
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里美のグループ加入は、優子他4名にとって想定外の出来事であった。
考えに考えた挙げ句、里美には、分量の砂糖を入れ生クリームを泡立てるだけの簡単な作業を頼むことにした。
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ところが、そもそもステンレスのボールが、どこにあるのか、どんなものなのかすら分かっていなかったらしかった。
頼みの坂本先生は、席を外していて見つからない。
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誰に聞いても、皆、作業に夢中です、とばかりに無視をした。
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「未だ終わらないの。」
グループのひとりに急かされた里美は、つい傍にあった、雪平(ゆきひら)鍋で泡立ててしまう。
ハッとした優子が駆けつけるも、時既に遅し、剥がれ落ちた鍋の色が生クリームをグレーに染めてしまっていた。
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席を外していた坂本先生が、調理室に戻り、その様を見て絶句して叫ぶ。
「みなさーん、よく見て。生クリームを混ぜる時は、必ず、ステンレスのボールを使いなさい。常識で考えれば分かることよ。こんなの食べられないでしょう。」
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調理室には、
「呆れた~。馬鹿じゃない。」
「グループリーダーの優子~しっかり。」
「今日は、いつもより時間かかるね。」
「また、里美かぁ。」
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大きな嘲笑とわざとらしい溜め息が響き渡った。
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「ごめんなさい。やり直します。」
里美は、ステンレスのボールの中に、生クリームと砂糖を加えて最初からやり直そうと 泡だて器を握りしめた。
その時、里美の手から、泡だて器が取り上げられた。
「もういい。あなたには、別のことをしてもらうから。」
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「え!でも・・・。」
困惑する里美に、
「いいから、黙って見てて。」
優子は、坂本先生に頼み、冷凍庫からボールいっぱいの氷を入れると、その上に空のボールを置いた。
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それから、手早く空のボールに砂糖適量と生クリームを入れ、泡立て器で撹拌し始める。
すると、生クリームは、みるみるうちに、液体からクリーム状に変化していった。
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「凄い。優子凄い。」
グループ内から、歓声が上がった。
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あっけにとられている里美に、優子以下4人は、ゼラチンを溶かすだけの作業をしてもらうことにした。
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ところが、里美は、レシピを読むことをせず、いきなりゼラチンに熱湯を注ぎかき混ぜてしまたのだった。
その場をしのぎ続けてきた優子も、今度ばかりは、声も出なくなった。
ゼリーは、固まらず、綺麗な三層になるはずが程遠い異物と化してしまたのだった。
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キーンコーンカーンコーン
五時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
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里美は、中休みの間中、グループ内だけでなく、周囲のクラスメートたちから、激しく糾弾され続けた。
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「ごめんなさい。ごめんなさい。」
を繰り返し、里美は、号泣しながら廊下へと駆け出していった。
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キーンコーンカーンコーン
六時限目を告げるチャイムの音が響いたが、里美は、二度と調理室に戻っては来なかった。
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里美抜きのグループ5人で、他のグループから遅れること20分。なんとか作り終えることが出来、いざ、試食という段になり、
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キャー
廊下から、絶叫が聞こえてきた。
「な、中庭に人が倒れてる。」
「血、血、血が。」
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「誰か飛び降りた。」
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ざわつく人だかりをかき分け、窓の外を見下ろす優子の目に、もみの木に囲まれた中庭に、赤黒い血に染まった里美が仰向けに倒れているのが見えた。
降り出した雪が、動かなくなった里美の身体に降り積もっていく。
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即死だった。
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「それで、坂本先生は、責任を取って辞職なさったんですね。」
尋ねる知人Uの言葉に、校長先生は、小さく首を横に振った。
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「同じグループのリーダー格の生徒が、すっかり精神を病んでしまいましてね。入退院を繰り返すうちに、あろうことか、この事件があってから、五時限目と六時限目のチャイムが鳴ると、里美さんの幽霊が出るという噂まで立ってしまったんです。」
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「出るんですか。」
「出ません。ですが・・・。以来、PTAは紛糾するし、同窓生や親たちには怒鳴り込まれるしで。」
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「それは、大変でしたね。」
―対応も後手後手で、まずかったんだろうなぁ。
Uさんは、思ったという。
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あれから、優子は、心身を病み、自宅に引きこもるようになった。
調理担当教諭の坂本先生が、優子の自宅を訪問するも、「透明な里美が呼んでいるの。こっちは、そっちより楽しいよって。ホントかなぁ。」
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言葉を失い、項垂れる坂本先生の前で、優子は、口角を上げながら、にじり寄った。
「今度は、失敗しないからっていうんだけど。嘘よね。だって、里美は、鈍臭いから。ひゃはははははっは。」
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キーンコーンカーンコーン
はるか、遠くから、
五時限目開始を告げるチャイムの音が聞こえてきた。
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「ねぇ、先生。お菓子作りって難しいよね。特に、スポンジケーキとゼリーってさ。何度も何度も失敗しないとさ。わからないんだよね。出来ないんだよね。そもそも、好きじゃないとさ。私のように―死にたくなるんだよね。」
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その声の主は、目の前にいる優子ではなかった。
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坂本先生は、顔をおおい、「許してください。許してください。」
と魚のように平たくなって謝り続けた。
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「あんたひとりが謝ってもダメ。だって、ほらぁ。こんなにたくさんいるんだよぉ。私のような子どもたちが。」
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優子に取り憑いた里美が、指差す先には、鉄の柵が嵌められた窓があった。
優子が飛び降りないようにと、優子の両親の苦肉の策だった。
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その窓の外には、たくさんの小学生から高校生ぐらいの子どもたちが、折り重なるように、真っ黒い目玉のない顔で、謝り続ける坂本先生と、よだれを垂らしながらケタケタと笑い続ける優子を、いつまでも睨みつけていた。
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「許さない。許さない。許さない。許さない。」
「死ぬまで苦しめ。」
「命あるかぎり」
それが、本当の「いじめの代償だ」
と。
作者あんみつ姫
楽しいはずの「調理実習」について尋ねると、
「嫌な時間でした。」
「調理実習?良い思い出がないですね。」と答える人が意外と多いのに驚かされます。
かくいう、私も苦手でした。
実技科目って、優劣がはっきりわかっちゃうんですよね。
もういいかげん、学校変わらなきゃダメですね。