中編6
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【あの部屋】

私が病棟に勤めていた時のちょっと不思議な話です。

少し長くなってしまいますが、どうぞお付き合いください。

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一つの病棟に40床ほどある内科病棟で働いていました。

内科病棟ですので、終末期の患者さんも多く、患者さんの最期に立ち会うことも多くありました。

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大抵最期が近い患者さんは個室に移ります。

個室の中でも、私たち看護師の中で

【あの部屋】

と呼ばれている個室が存在していました。

(それ以外の病室は基本、〇号室というように病室番号で呼んでいました)

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【あの部屋】に入った患者さんの死亡率が他の個室に比べて異様に高く、

また【あの部屋】で患者さんがなくなると、2-3日のうちに、看護師や医師が想定していたよりも早く亡くなってしまう

(【あの部屋】の患者さんに連れていかれてしまう)

患者さんがいることも多く、なんとなく気味が悪い部屋でした。

一時期、霊感のある看護助手さんがうちの病棟で働いていたのですが、

その方も「あの部屋はすごく嫌な感じがする」と何かを感じていたようでした。

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看護師になりたての頃は夜の病棟に怯えていましたが、何年もすれば、

「誰もいない部屋からのナースコール」

なんてものは意外と多く、機械の不具合だろうといつの間にか夜勤にもすっかり慣れていました。

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そんなある日、終末期の患者さんが部屋移動で【あの部屋】に移動しました。

その患者さんが【あの部屋】に移動してから数日間、

その部屋を訪れた受け持ち看護師達が、

「病室でお線香のにおいがする」

と言うのです。

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人がなくなる直前の何とも言えないようなにおいは確かにあります。

私も臨床で何度か経験しました。

ただそれとは違うらしく「お線香のにおい」だそうです。

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また何か言ってるなあと思いながら、私が受け持った日勤のある日、

ペアの看護師と清拭(患者さんの身体をきれいに拭くこと)をしていたときに

「ポンポンポンポン…」

と木魚のような音が聞こえ始めました。

ペアの看護師と「なんの音?」と話していると

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お線香の香りがふわ~っと部屋の中に漂いました。

「あ。お線香…。」

このにおいのことか。

みんなが話していたことを瞬時に理解しました。

ただ、そのお線香のにおいはずっとしているわけではなく、ふわ~っと漂ったあと消えてしまいました。

でもしっかりとお線香のにおいだと感じました。

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私たちはそのまま清拭を終え、寝たきりになっている患者さんの体位を整えてから部屋を出て、

「本当にお線香のにおいしましたね…」

「した、結構しっかり。しかも木魚みたいなポンポンって音もきこえたよね?」

「聞こえました…。もうそろそろなんですかね」

「尿量も少なくなってきてるしね。まだ大丈夫だと思うけど」

などと会話をし、その日は何もなく日勤業務を終えました。

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翌日、私は夜勤でしたので、お昼くらいまで寝て午後に出勤しました。

【あの部屋】の患者さんは受け持ちではありませんでした。

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夜勤看護師は消灯後、最低でも2時間おきに病棟をラウンドし、

自分の受け持ち患者さんの様子を見て回ります。

ちゃんと眠れているか、機械の設定は合っているか、

点滴やデバイス類が絡まったりしていないか、

点滴は時間通りに減っているか、失禁していないか…などなど。

一通り自分の受け持ち患者を確認し、ナースステーションに戻る途中、

ふと【あの部屋】の中に目がいきました。

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【あの部屋】は個室の中でも広めの個室で、病室のドアは開けたままにしていましたが、

廊下からは、ベッドに横になっている患者さんの足元しか見えないような部屋のつくりでした。

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何となく、【あの部屋】の中に懐中電灯を向けたとき、

部屋の隅、患者さんの足元側に人がいるような気がしました。

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ただその時は本当に何となく懐中電灯をむけただけで、

【あの部屋】の中を懐中電灯で照らした時間は一瞬でした。

【あの部屋】の患者さんは受け持ちではなかったですし、直前に先輩がラウンドしていたため、見るつもりもなかったんです。

ただ、人がいた気配がした…。

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認知症の患者さんや、夜間せん妄の患者さんが、

自分の部屋と間違えて、ほかの患者さんの部屋に入ってしまう

なんてこともなくはない。

気のせいだとは思いましたが、もう一度部屋の中に懐中電灯を向けました。

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今度はしっかりと。

いたんです。女の人が。

部屋の隅に立っていました。

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なぜ女性だと分かったのかは自分でもわかりませんが、女性でした。

髪の毛が長かったからかと言われると、そうでもない気もします。

はっきりと見た目はわかりませんでしたが、

それは『人』で『女性』であるとわかりました。

それと同時に、この世の者ではないこともはっきりと感じました。

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そういったものを見たのは生まれて初めてで、ものすごい寒気がしました。

すぐにナースステーションにもどりましたが、なぜかその女性のことは誰にも話す気にはなれませんでした。

受け持ちの先輩には見えていないのか、あの女性は誰なのか…

考えれば考えるほど、さきほど見た女性の姿が脳裏に浮かんできてしまい、冷や汗が止まらず、

できるだけ考えないようにと、ひたすら記録やサマリーを入力していました。

いつもは大変だと感じる夜中のせん妄患者さんも、その時だけはありがたかったです。

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その後も2時間おきにラウンドをしましたが、絶対に【あの部屋】の中は見ないように病棟を見回りました。

病院で働き始め、「怖いこと」には慣れたつもりでしたが

全くそのようなことはなく…夜勤中ずっと怯えていました。

早く朝になれ、早く朝になれ。そう願うばかりです。

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夜勤は定時に終わり、その日は速やかに帰宅しました。

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1日休みを挟んで日勤で出勤。

朝病棟マップをみると【あの部屋】が空床になっていました。

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どうやらあの日、夜勤明けから日勤に引き継いですぐ、状態が悪化してお亡くなりになったとのことでした。

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その翌日も日勤勤務でしたが、その日は慌ただしい1日でした。

【あの部屋】の斜め前に位置する4人床に入院していた患者さんが、急変でICU(集中治療室)へ移動になったためです。

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「またつづいたね」

「連れていかれなきゃいいけど」

そんな会話がステーション内で聞こえます。

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その日は1週間に1回のシーツ交換の日でした。

うちの病棟では、寝たきりの患者さん以外は業者さんがシーツ交換をしてくれます。

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業者さんがナースステーションにきて

業者「あの、すみません。〇号室の4ベッドのマットレスの下からこのタオルがでてきて…」

私「え?マットレスの下から??」

業者「4ベッドの患者さんのものでいいんでしょうか?患者さんいらっしゃらないので確認できなくて」

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なぜかマットレスの下からタオルが出てきた「〇号室の4ベッド」というのは、午前中に急変でICUへおりた患者さんの使用していたベッドでした。

白い生地に黒の縦ストライプ、黄色い縁の黒字で野球球団の名前がプリントされているフェイスタオル。

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看護師B「え・・・」

    「それ、【あの部屋】で亡くなった患者さんのタオルですよ」

看護師C「あ、ほんとだ。これ【あの部屋】の人のですよ!阪〇の大ファンでしたし、このタオル持ってましたよ。たしか端っこに名前書いてあった気がしますけど」

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タオルの端を確認する。小さく名前が書いてあった。

確かに【あの部屋】で亡くなった患者さんの名前が。

私「とりあえずタオルはお預かりします。ありがとうございます。」

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なぜ【あの部屋】の患者さんが生前使用していたタオルが、今日急変した患者さんのマットレスの下から出てきたのか…

看護師C「えー、やっぱり連れていこうとしたのかな」

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いや、連れていこうとしているのならば、【あの部屋】に入院していた患者さんではなく、あの女性の霊だ…。

私はそう感じた。今までもきっとそうだったんだ。

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タオルはご家族に連絡し、取りに来ていただくことになりました。

ただ娘さんも、このタオルは確かに持ち帰ったはずなのにと不思議そうにしていました。

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急変した患者さんは無事でした。

その数年後私は転職し、その病院を離れました。

今での【あの部屋】にあの女性の霊はいるのでしょうか…

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