思い出せない話
ホラー作家だったお爺ちゃんが亡くなった時に一冊の分厚い手帳を貰った。
僕は別に爺ちゃんのファンだったという訳では無いのだけども、廃棄するのもアレだしある程度の仲だった僕が形見に1つと言われて遺族に押し付けられた。
ホラーは苦手だから貰って数年間放置していた。
そんな僕がこの手帳を読み始めたのはここ最近。
本当に何となしにだった。
読んでみてやはり後悔した。
眠れなくなる程に怖い話ばかりだったから。
やはりホラーは好きになれそうに無い。
けども続きは気になる。
気が付けばどんどん読み進めていた。
それと同時に奇妙な感覚に襲われてもいた。
何て言うのかな。
あんなに強かったホラー小説に対する苦手意識がどんどん薄れていくのだ。
怖い。
でも読みたい。
続きが気になる。
気が付くと手帳を読んでいた。
手帳は読み進めれば読み進む程に底なし沼に沈んでいく感じ。
その内にお爺ちゃんの作品が世間一般でどういう評価を受けていたのか少し気になって図書館へと行ってみた。
運良く全集を借りる事が出来た。
一通り目を通して分かった事は世に出ているお爺ちゃんの物語はほんの氷山の一角に過ぎないという事だ。
その後もう一度実家に行ってお爺ちゃんの資料を全て引き取らせて貰った。
遺族も処分に困っていたらしく快諾してくれた。
全て読み終わる迄に半年も掛からなかったと思う。
それこそ未完成の構想、プロットに至るまで全てだ。
それからだ。
中毒・・・禁断症状とも言うべき激しい苦しみに襲われる様になったのは。
読みたいのに読めない。
僕にとってお爺ちゃんの物語は麻薬の様になっていた。
その内にあの身の毛もよだつ様な怪異共が夢にまで出て来る様になった。
ノーシーボ効果って言うのかな?
夢の中で怪異や悪霊の爪や牙にやられると現実の僕の肉体にも傷痕が浮かび上がる。
お笑いなのはこの前サウナに行った時にこの傷だらけになってしまった僕の体を見て勧誘してきたヤクザが居た位だ。
へぇ
アンタ若いのに結構な修羅場をくぐり抜けてるじゃないか。
どうだウチの組に?
相当危ねぇクスリやってんだろ?
顔とガタイ見りゃ分かるよ。
愛想笑いするしか無かった。
その場は切り抜けたが確かに限界だった。
どうにかしてこの禁断症状を抑えたかった。
しかしそれが全ての過ちの始まりだったのかも知れない。
その頃僕は2chのオカルト板をツテに知り合った小さな怪談同好会に足を運ぶ様になっていたのだ。
忌み地とか心霊スポットの類には全部行ったと思う。
怖さを
少しでも怖さを味わって
この禁断症状を和らげたかったから。
けども逆効果だった。
僕の中の怪異は益々暴れ出す。
怪談同好会の女性が何者かに暴行されてしまったのだ。
それはどうやら僕と二人きりで心霊スポットに向かった時の事で、彼女の証言を全面的に信じるならば僕に強姦されたらしかった。
勿論そんな事は絶対にやっていない。
山小屋で二人きりで寝ていたら急に彼女が絶叫したのだ。
ひとりでに服が破れて何者かによって・・・
その時の僕は金縛りで動けない状態だった。
僕の中の怪異が彼女に何かしたのは間違い無いと思う。
彼女に脅迫される形で怪談同好会を辞めた。
どうやら夢遊病と思われたらしい。
僕はそのまま警察に自首しようとしたが止められ入籍を強要された。
一緒に暮らす様になって彼女・・・妻もあの凄惨な悪夢に魘される様になった。
妻の物か怪異の物かわからない沢山の爪跡が僕の背中には残っている。
暗い地下にある牢獄。
異形の怪異共の拳がここから出せと錆びた鉄格子を激しく叩く。
そういう夢から目が覚めると妻を抱いているのだ。
いや怪異に抱かれていると言うべきか?
どっちでもいい。
今はもうどちらが本当の怪異でどちらが本当の僕なのか分からない。
今更気付いたんだ。
お爺ちゃんはこうして何百年何千年も生き続けて来たのだと・・・
僕は牢獄の中で今更気付いたんだ。
思い出せない・・・
思い出せない・・・
ブツブツと異形は妻を犯しながらそう呟いている。
今更気付いたんだ。
この牢獄の正体に。
お爺ちゃんの魂はきっと何代にも渡って子孫の肉体を奪う度に磨り減っていってしまった。
まだ手帳に載ってないとっておきの怪異譚すら忘れてしまった。
思い出したいのに思い出せない。
この牢獄はそんなお爺ちゃんの産み出した苦悩なんだ。
お爺ちゃんの魂に閉じ込められた名も無き古の怪異達・・・
お願いだ・・・誰か僕をここから出してくれ。
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作者退会会員